3Dプリンター住宅への注目度が高まっている。健美家読者にとっては、賃貸住宅に応用できるのかどうか興味深いところだろう。
そこで3Dプリンター施工による、日本国内における初の建築確認申請を行い確認済証の交付を受けた株式会社MAT一級建築士事務所の代表取締役 田中 朋亨氏を取材した。3Dプリンター技術の現状や留意点など、建築家ならではの見解を聞いた。
現時点で3Dプリンターを用いた賃貸住宅の建築に着手可能
これまでに3Dプリンターを用いた住宅などの建築事例がいくつかあるが、国内で初めて建築許可を取得した建築物の施工事例として報告されたのが冒頭の写真の、群馬県渋川市内での倉庫である。この倉庫を起案し設計から施工までを手掛けたのが、MAT一ナ禍以前からいち早く3Dプリンター住宅の可能性に目をつけていた。
「3Dプリンター事業をやろうと思った当初、日本では建築分野において3Dプリンター事業は広がらないと言われていました。しかし今の日本の職人不足や資材高騰の国内の建築市場を考えたときに、大きな可能性があると感じました。
そこで事業再構築補助金を申請し、2回目で採択されたことで、数千万の大きな投資をして、世界最速クラスの出力ができるオランダのCyBe Construction社の3Dプリンターを購入しました」
現在、同社では浴室やトイレ、キッチン設備などを備えた「家族葬ホール」を、3Dプリンターを活用して施工中である。
家族葬ホールができるということは、賃貸住宅も3Dプリンターを用いて建てることができるのか?
「はい、もちろん可能です。ご依頼いただけば、賃貸住宅にも着手できます。ただしコストは安くないですよ」
昨今3Dプリンター住宅の事例が国内でも報告され、早く安く施工できる点が注目されてきた。田中氏の実感では、工期が通常の建て方に比べて半分から3分の1程度に短縮できる利点はあるものの、コスト面では販売価格を数百万円で家を建てることは、運搬費や設置費用なども加味すると難しく、実情が正しく理解されていないと指摘する。
「3Dプリンター用のモルタルはコストがとても高く、コンクリートの10倍ほどの価格がします。一般的な形の建築物を造る場合は鉄筋コンクリート造で作るのと同程度の費用がかかると思ったほうがいいでしょう。ただし3Dプリンターの特性を活かした曲線的や立体的な建築物を造る場合は、従来よりもコストダウンできます」
3Dプリンターで住宅を手掛けるうえでもう1点、よく誤解されている点がある。それは3Dプリンターでできることは、建物の非構造部材である「壁面」を主にプリントすることで、建物を建てるためには躯体が必要となることだ。
「日本の建築基準法上、3Dプリンターだけで家を作ることができません。必ず何かしらの躯体が必要で、鉄骨造にするか、鉄筋コンクリート造にする必要があります。建築物としての安全性は、鉄骨造や鉄筋コンクリート造で担保されます。そうでなければ確認申請が通りません」
意匠性の高いもの、頑丈で断熱性や保温性に優れたモノに適す
3Dプリンターの魅力は、工期の短さやコストではなく、もっと別の点にあると田中氏は考察する。
「従来、家を建てるには施工の現場で熟練の職人さんが必要でしたが、今は職人不足で人工代も上がっています。当社で施工する場合、私が設計図を書き、別の従業員が3Dデータを作り、3Dプリンターでプリントできる壁面などをプリントしていきます。3Dプリンターの操作は特別な教育を施せば熟練の技など必要ないため、20~23歳の従業員が担当しています。人手不足の解消や工期の短縮に役立つことは明らかです」
どんな工法にもそれぞれに特性があり、メリットやデメリットがある。それらを考慮したうえで何に適合するのかを見極めることが重要だ。
「3Dプリンターを活用することで、意匠性が高いものを創ることができます。またモルタルで積層されていくため重たくなりますが、逆にいえばそれだけ頑丈です。こうした利点から用途を考えていただくといいでしょう」
さらに住環境は鉄筋コンクリート造と同等程度なため断熱性や保温性に優れ、夏は涼しく、冬は暖かいといった利点もある。
「豪雪地域に3Dプリンター住宅は適さないと言われることもありますが、実際にはそんなことはありません。日本の建築基準法を準拠した躯体を持つ安全な建物であれば豪雪地域でも関係ありません。ちなみに今、軽井沢の別荘エリアで、長さ30mほどある道路との境界塀を3Dプリンターで作っています。3Dプリンターを用いて1週間程で池を作ったこともあり、さまざまな活用の方法があります」
今後も3Dプリンターを活用して、さまざまな建築物にチャレンジしていく考えだ。MAT一級建築士事務所のフェイスブックページでは池や椅子や植木鉢や看板オブジェ、倉庫として利用するための建物など3Dプリンターを用いて手掛けてきたことが報告されている。ぜひこちらでも近況をご覧いただきたい。
まずは賃貸住宅の館銘板や塀など3Dプリンターで部分的に作ってみるだけでも話題を集めそうである。2024年はますます3Dプリンターが住宅業界に浸透することになるのか? 引き続き注目したい。
※取材協力:株式会社MAT一級建築士事務所 代表取締役 田中 朋亨氏
住宅・工場・医療施設・店舗・倉庫・その他各種施設等の設計施工を手掛けている。世界最速クラスの出力が可能な3Dプリンターを自社で所有し、3Dプリンターによる施工も可能。すでに倉庫、家族葬ホール、池などに3Dプリンターを活用している。