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● 大家デビューは突然に。 4,783 アクセス |
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はじめまして。 二代目元銀行員で三代目大家の岡元公夫と申します。 今年からコラムを執筆させて頂くことになりました。 主に大家・元銀行融資担当者・海外投資家向け不動産コンサルタントの立場から、いろいろと書いていこうと思っています。 今回は、自己紹介も兼ねて、昭和時代の大家さんの原風景と、私がなぜ大家をするようになったかをお話しさせて頂きます。 私が、生まれ育ったのは東京都区内の城北エリアです。 現在も住んでいる実家の隣に、昭和40年ぐらいに建てられた木造モルタル2階建ての風呂無しアパートが2棟あり、祖父と母が自主管理していました。 その当時は、管理会社という概念が無かったと思います。 地場の不動産屋さんに管理を任せるにしても、家主の立場が強く、不動産屋さんは、客付させてもらう代わりに、無料で管理を受けていたようです。 住宅が圧倒的に不足していたので、敷金2か月・礼金2か月・広告料無しでも、空いたそばからすぐに次の入居者が決まっていました。 礼金が取れるので、「 店子( 当時は入居者さんではなく店子さんと呼んでいました )さんは更新せずに退去する方が良い 」と祖父が言っていたのを覚えています。 今のテナントリテンションの発想とは真逆ですね。 昭和40年代から50年代にかけて、店子さんは、月末頃になると実家にお家賃を現金で持参されていました。 振込みとか口座引き落としとか、そういう発想が無い時代でした( 大体、銀行も機械化が進んでおらず、振込手続きも窓口で高い手数料を支払わなければなりませんでしたから… ) お家賃を受け取る時には、母が店子さんと世間話をよくしていました。 店子さんの状況は、毎月リアルに把握できたのです。 うちに限らず、大家さんのところに家賃を持参せずとも地場の不動産屋さんに持参して、茶飲み話をしていたケースも多かったのではないでしょうか。 祖父は、毎年暮れには、店子さんに近所の米屋でつかれた大きなまな板のようなお餅を配っていました。 大家さん、不動産屋さん、入居者さんの実際の距離も精神的な距離も近い、古き良き時代でした。 今も、その当時の感覚で経営されている地主大家さんがいらっしゃいます。 借金が無いので、あえて募集条件を下げたり、リフォームをしたりせず、空室があっても、、年金と合わせて十分豊かな老後を送られているので、無理に埋めようとしない方もよく見かけます。 不動産マーケットに空室の多い築古物件が出てくるのは、そのような大家さんが亡くなって、相続した方が不動産経営を継続せずに処分するケースであることがよくあります。 自分はというと、小学生の時から、アパートの清掃・植栽立木の選定等の手伝いをして、お小遣いを稼いでいました。 今振り返ると、根っからの自主管理大家さんなのかもしれません。 また、不動産自体も好きで、新聞の折り込み不動産チラシを良く見ていました。 この習慣は、IT化により媒体は変われども、現在まで続いています。 自分の投資対象エリアを長期間定点観測することはとても大切なことだと考えています。 就職はというと、平成初期に住友銀行( 現三井住友銀行 )に入行し、都心・名古屋の各拠点を歴任。主に法人融資を担当していました。 東証一部上場の大手不動産会社から地場の不動産屋さんまで幅広く担当し、オーナー経営者の方への相続対策や事業承継対策を提案してプロパーローンを手掛けたり、会社の実態把握や担保徴求の為に、東京のみならず各地の不動産を調査・評価したりして、自らの不動産投資に向けて、良い経験を積ませて頂きました。 社会人になった当初から不動産投資には、ずっと興味がありましたが、当時はバブル崩壊により不動産価格は長期の下落基調の状況下です。 業務上も不良債権化した不動産融資の処理を手掛けたりもしていたので、不動産投資を積極的にする雰囲気はまだありませんでした。 転機は、7年前になります。 こじんまりと実家の隣のマンションを自主管理していた父が、突然心不全で他界したのです。 前日まで元気で、普通に生活していたのに、本当に突然の出来事でした。 また母も病で既に不動産経営は、できない状況でした。 自分は、銀行員としての職務に専念しており、不動産経営に対するアドバイスは逐次していましたが、実際の運営には全くタッチしていませんでした。 何の引き継ぎも無く、いきなり自主管理大家さんになったのです。 しかも、父もきちんと自主管理していたわけではなく、ほとんどその場しのぎの対応で、調べてみると、空室も多く、滞納もあり、資金繰りも逼迫していました。 また私には3人の弟妹がいて、父は遺言書を残していなかったことから、一つ間違えれば相続争いに突入しかねない状況でした。 大家になって物件を増やしていきたいとは、ずっと思っていましたが、実際に大家になった時は、すぐに立ち行かなくなりそうな波乱万丈の始まりでした。 続きは次回に。 2012年1月25日掲載 |
岡元公夫さんのご紹介 ![]() 岡元公夫さんのブログ 年はアラフォー。 亡き父と2代続けての元メガバンカー。 銀行員時代は、東証一部上場の大手不動産会社から 個人の大家さんまで、融資主体に幅広く担当。 実家は祖父の代からの小規模ながらの大家さん。 2004年 実家の跡を継ぎ、東京城北エリアでマンション・アパート・戸建を取得開始。 2008年2月 不動産賃貸業の修行の為、不動産開発・運営会社に転職し、プロパティマネジメントの責任者となる。 2009年10月 不動産収入が年間6千万円ほどになり、デッドクロスもクリアできる目途がついたことから、サラリーマンを卒業。 2011年 東京エステートバンク株式会社(東京房屋®)を設立。国内・台湾・中国の投資家・会社経営者の方にコンサルティングを行っている。 ■所有物件 築35年RCマンション 1LDK×4戸、2K×8戸 築20年RCマンション 1R×10戸 築13年鉄骨マンション 2LDK×6戸、2DK×6戸 築5年木造アパート 1R×5戸、2DK×2戸 登記上築52年(実態は新築同様) 木造戸建 2LDK×1戸 区分所有マンション 2LDK×1戸 合計 45戸 駐車場12台 バイクガレージ26台 H22/9に築古戸建1戸取得 H23/9に築古戸建1戸取得 現在、料理中 ■保有資格 宅地建物取引主任者 ファイナンシャルプランナー その他生損保等金融関連諸々 ■税理士試験科目合格 (簿・財・相・固) |
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