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サラリーマンだった私が不動産事業家になるまで-自分のキャリアを育成して、経済的な自立を達成する方法ー

天野真吾(湘南再生大家)さん_画像 第22話

■ チャレンジし続ける人って面白い

先日、『 チャレンジし続ける人って面白い 』というタイトルのセミナーを行いました。不動産投資、不動産事業関連のセミナーとは思えないタイトルです。

不動産関連のセミナーでは、物件購入、融資、客付け、リフォーム・リノベーション等の話に偏りがちになる傾向があります。「 利回り 」「 レバレッジ 」「 複利 」「 資金効率 」「 金融機関 」「 出口戦略 」等々の話になりがちです。

私は「 不動産投資 」をする人ではなく、「 不動産事業 」として取り組む人を増やす活動をしたいと考えています。

その点、「 不動産投資 」は、「 限られた自己資金を最大限利用して、不動産という媒体から最大限の収益を生むための投資 」と捉える方が多いように感じます。別の言い方をすると、「 不動産で楽をして儲けたい 」という人が、一定数いるということです。

「不動産で楽をして儲けたい」と思うことは、「 不動産投資 」の世界に住む魔物に取りつかれている状態です。そこに「 待った! 」をかけて、不動産事業の面白さ、事業としてチャレンジする面白さを多くの不動産投資家の方々に届けたいのです。

さらには、若い事業家・起業家を育成するため、先輩として明るい道標となりたいとも考えています。自分自身も事業家として最大限のチャレンジをして実績を出して、「 大人になるって楽しい 」と感じてもらえる人を増やしたいのかもしれません。



■ 現代は「 自分自身のキャリアを創造する 」必要がある時代

ところで、今回のセミナー後、皆さんと歓談しているときに、「 天野さんは、どのようにして現在の事業家マインドを習得したのですか? 」とういうことをよく質問されました。

皆さんが、私がどのような思考プロセスを辿り、現在の事業ポジションに行きついているのか、興味があると気付かされました。そこで今回、私のサラリーマン時代について触れながら「 自分自身のキャリア育成 」について考察します。

私は、静岡市の高校を卒業後、一浪して首都圏の大学に進学しました。勉強はそんなに得意ではありませんでした。大学時代、縁があり経済学部に所属をして、会社の経営により深く興味をもつようになりました。

優良企業と不振企業の差は何なのか、成長企業はどのような理由で成長軌道を描けるようになったのか調査・分析、実際の企業研究が好きでした。

大学卒業後は、ITとオフィス機器を扱う国内IT系商社へ就職しました。環境創造企業という肩書をうたっていたところに興味を持ち、入社しました。新卒の同期の新入社員は約200名弱いて、人数が予想より多く驚いたことを記憶しています。

私はIT部門を希望して、希望通りの配属となり、私のキャリアがスタートしました。その後、約3年半、IT部門のエンタープライズ( 企業 )向け営業職として、キャリアを磨きました。

ある時、会社からIT部門にて会社をあげてのプロジェクトがぶちあがりました。新会社を設立して、新規事業を立ち上げる話でした。私は、縁がありその創業メンバーに選ばれました。

若くして、新規事業に携わることができた事は、私の財産になりましたが、当時はこんなにベンチャー企業というのは大変で、販売することがこんなにも難しいものなのか、ということを痛感しました。大企業の名刺というのは実に偉大だと感じました。

ベンチャー企業は、会社名を誰も知りませんし、信用が全くありません。その後、約2年間をベンチャー企業で過ごし、新事業を通じてキャリアを積む中で、コンピュータ業界の中心地であるアメリカの会社で仕事をしたいと考えるようになりました。

当時のコンピュータ業界はオープン化の流れが加速しており、その主力製品を製造販売している会社で働きたいと思ったのです。いい商品をお客様に届けて、会社の経営改善に貢献したいと考えました。

それだけではなく、若くもあり、もっと大きな仕事をしたいと考えるようにもなっていました。若さは無鉄砲でもあり、自分の実力と関係なく、好き勝手なことを考えるものです。



■ 外資系ITグローバル( 世界最大 )企業への転職が転機になる

無事に転職に成功し、運よく、業界最大手エンターテイメント企業を担当することになりました。その企業のインフラ再構築プロジェクトに提案段階から参画できたのは、私の人生の転機ともいえるプロジェクトでした。

そこで、BtoBのビジネスモデルの面白さに取りつかれることになります。

私がIT企業に入社したのは、企業の経営改善をITから支えたいという想いからでした。私の仕事は企業のIT部門、経営部門メンバーと話をして、提案して受注して、システム構築して、運用メンテナンスしていくというサイクルで廻っていました。

何か販売をして終わりというビジネスモデルではなく、最低でも5年、長ければ10年、20年以上もビジネス関係は続いていきます。そこにもやりがいと面白さを感じました。

サラリーマンは、適性や能力を考慮して、知識と経験を積み上げながら年収を上げていくことを目指すものですが、私は45歳くらいまで働いた時点で、IT業界で50歳を超えて第一線で大活躍することは、本当に難しいという感想を持っています。

年収を上げようと必死で何十年と頑張っても、ある時、お払い箱になる可能性もありえます。会社は、チームが一致団結してプロジェクトを遂行するという素晴らしい経験をさせてくれる場である一方、厳しい側面もあるのです。

そのことが、私がサラリーマンをやりながら、不動産投資を始めた理由でもあります。また、余談ですが、サラリーマン時代の私は、収入アップを目指しながらも、支出を収入の5分の1に抑え、貯蓄や株式投資に励みました。

この貯蓄があったから、不動産投資で思い切りスタートすることができたと思います。( その時の話は、大家列伝に詳しく載っています )。

■ 事業家という生き方

私が自分の人生を経済的な面からアプローチした場合、「 自分自身のキャリアを創造する( 会社員時代も不動産事業を始めてからも同じ )」⇒「 生き生きとした人生を過ごす方法 」につながると考えています。

私もそうでしたが、これからの時代は、サラリーマンが独立起業をして、自分自身の事業を自分の名前で創造していくことがもっともっと増えていくと思います。

私はサラリーマン時代、企業経営のインフラと言われている「 コンピュータ・IT 」を得意としてきましたが、独立起業した際は、企業ではなく、個人の生活を豊かに出来るビジネス、コンシューマーを対象としたBtoCモデルを選択しようと考えました。

コンシューマーのインフラ事業を考えると「 衣 」「 食 」「 住 」の「 住 」⇒「 住まい 」の事業を展開することをターゲットに考えました。だから、不動産事業に参入したのです。

そこから差別化できる事業を考え抜いて、自分が大きくリスクをとってでも「不動産再生事業」を展開しようという思考にいきつきました。そして現在、ある程度の事業家として実績ができたため、今後は事業家育成活動にも力を注ぎたいと考えています。



自分のキャリアには、周囲に感謝と敬意を払い、これからもチャレンジしていく生き方をしていきたいと思っています。それでは、また次回のコラムでお会いしましょう。

■ 追伸
写真は10月28日に福岡で行われた「 2大著名投資家不動産投資スーパーセミナー 」のものです。お世話になって皆様、本当にありがとうございました。

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健美家不動産投資コラム

プロフィール

■ 天野真吾(湘南再生大家)さん

amano

不動産投資家
湘南エリアで妻と二人暮らし
FB:湘南再生大家

■ 経歴

□1969年
静岡県生まれ

□1991年(22才)
大学卒業後、国内IT系商社に入社

□1997年(27才)
外資系ITグローバル(世界最大)企業へ転職
IT系・営業畑(エンタープライズ事業:企業営業担当)に勤務

給料の20%以内の支出で生活し支出を抑制
自社株や本業とは別の会社社長業で資産を拡大する

□2008年(39才)
不動産投資を開始

ワケあり物件を再生する手法で、福岡県、神奈川県・埼玉県・静岡県・愛知県、東京都で一棟物件を購入(一部は売却済み)

□2012年(43才)
家賃収入のCFが本業の3倍を超え、セミリタイアを希望するが、会社から引きとめられる

□2015年(46才)
セミリタイア(事業家としてスタート)

□2016年(47才)
所有物件は12棟・約200室。資産20億円・家賃年収2億円

■ 主な所有物件

□埼玉県さいたま市の中古RC一棟マンション(3LDK×21戸+テナント2戸)



□東京都板橋区の中古RC一棟マンション(3LDK×23戸)



□神奈川県海老名市の中古RC一棟マンション(3LDK×24戸)



□神奈川県厚木市の中古RC一棟マンション(2LDK×12戸)



□神奈川県座間市中古RC一棟マンション(1LDK×12戸)



□愛知県名古屋市の中古RC一棟マンション(1K×20戸)



■ 著書




■ 趣味は海外旅行







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