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35歳で6棟129室のオーナーに。中西紀二さんが「大家業は人生貢献業」のモットーに辿り着くまで【前編】

FIRE/中西紀二さん_画像 FIRE/中西紀二さん

2021/6/28 掲載

サラリーマンを卒業した不動産投資家たちの今に迫る本連載、今回登場いただくのは、35歳の時に不動産投資家の父親から6棟129戸を引き継ぎ、現在で11年目という中西紀二さん。

中西さんの経営の特徴は、積極的な入居者との関わり。専業大家になって11年、高い入居率を維持する中西さんですが、スタート時は試行錯誤の日々だったとか。2回に分けてお伝えします。

■ 35歳の時、不動産投資家の父から物件と会社を引き継ぐ

編集部

自己紹介をお願いします。

中西紀二さん

中西といいます。福岡県出身の46歳です。妻と息子3人の5人家族で、福岡市内と近郊に6棟129戸を所有しています。予備校で宅建資格取得の講師として働いた後に不動産管理会社に転職し、2010年に父親がやっていた法人を引き継ぐ形で不動産賃貸業を始めました。

家賃収入は年間約1億円。そのうち半分ぐらいが返済で、残り5千万から一定の経費を引いた残りが実質の利益となっています。福岡にいる頃はこの物件の運営を仕事にしていましたが、2021年1月に山梨県南アルプス市に移住し、今はそこで体験型フリースクールを運営しています。

編集部

二代目大家さんなのですね。

中西紀二さん

そうなんです。ただ、地主系ではありません。今ある物件は父が商売をする傍ら法人を作って買い進めたものです。私はその会社と一緒に物件を引き継ぎました。全129戸すべてファミリータイプというのが特徴で、RC4棟、軽量鉄骨1棟、木造1棟という内訳です。

写真1
桜の木がある物件では毎年お花見を開催

編集部

なぜ、お父様の業務を継ごうと思ったのでしょう?

中西紀二さん

最初はあまり継ぐ気がありませんでした。父が敷いたレールに乗っかるという甘えた道が嫌だという意識があったと思います。きっかけになったのは、転職の計画がダメになってしまったことです。

編集部

何があったのでしょうか?

中西紀二さん

その頃、管理会社で働いていたのですが、別の管理会社から引き抜きのような形で声をかけていただき、前の会社に退職届を出したあとで、その話がなくなってしまったんです。

はしごを外されたとはまさにこのこと。家族もいるのに、収入がなくなってしまうという大変な状況でした。そこで渋々ながら父親に「 お願いします 」と頭を下げたという事情です。

編集部

宅建の講師業や管理会社での職務経験で不動産自体の知識はつけられていたと思いますが、自分がいざ大家になったときに違いはありましたか?

中西紀二さん

それまではサラリーマンでしたから、限られたフィールドの中で動くという制限がありました。ところが経営側に回ると、どう動くか、何にお金を使うか、すべてが自分次第です。そんな自由さに逆に戸惑い、何から始めたらいいのかもわからない状態でした。試行錯誤しながら、自分の頭で考えることを意識して進めてきました。

アパート
冬の物件に飾られたイルミネーション

■ 「 入居者の人生の一部を預かっている! 」という気づき

編集部

そんな中、ある出会いが中西さんの経営スタンスを大きく決定づけたとのこと。それはどんな出会いだったのですか?

中西紀二さん

大家になって半年後ぐらいに、退去立会いに行きました。その方は建物の竣工当初からお住まいで、居住年数が22年を超えていました。手続きはスムーズに終わって鍵を受け取ったのですが、なかなか帰ろうとしないんです。そのときに聞いた言葉に、大きな衝撃を受けました。

「 うちの子はここで生まれて、ここで育って、ここから社会に巣立っていったんですよ…… 」

雷に打たれたような衝撃で、全身に鳥肌が立ちました。「 ああ、大家業ってこういうことか! 入居者さんの人生の一部を預かっているんだ 」と気づいたのです。 その時、「 大家業は人生貢献業 」というフレーズが頭に浮かびました。それ以来、入居者さんの人生に貢献したいという思いを軸に、不動産経営を行っています。

編集部

「 大家業は人生貢献業 」と感じたことで、大家としての考え方や行動に変化はありましたか?

中西紀二さん

はい。入居者さん向けのイベントを始めました。物件の共用部を使ってパンマルシェを開催したり、焼き鳥を焼いたり、カレーを振る舞ったり、餅つきをして配ったり。だいたい物件毎に年2回ぐらいのペースでやっています。

また、エントランスホールのある物件では、手書きのチョークボードを置いています。こうした取り組みにはコストがかかりますし、イベントをやったからといって翌月から家賃を上げられるわけではありません。でも、長期的に見ると明らかに良い効果が出ていることを感じています。

写真2
七夕の時期のエントランス(多くの入居者が願い事を書いた短冊をつけてくれる)

編集部

どのような効果があったのでしょうか?

中西紀二さん

ひとつは、居住期間が長くなったことです。それと、入居者からクレームの電話がかかってきた時の話し方が、いわゆるクレーム的な口調ではなく、サービスリクエストという感じに変わりました。

一番顕著なのが、家賃を滞納する人が完全にいなくなったことです。イベントで大家の顔を見る機会が増えた影響だと思います。もちろん、押しつけがましくなってはいけないので、そのあたりは注意して、程よい距離感を心掛けています。

実は、父がやっていた頃はちょっと問題のある入居者というか、家賃滞納常習の方も何人かいらっしゃったんです。でもそういった方は皆さん出ていかれて、いいお客さんばかりになりましたね。

編集部

エントランスのチョークボードをたびたび書きかえるのは大変だと思います。反響はありましたか?

中西紀二さん

はい、最初は「本当にやる意味があるのだろうか?」と自問自答しながら続けていました。でもあるとき、新しい入居者の方が、「 近所の新築物件と比較検討してこの物件を選んだ。立地条件や家賃帯、内装が気に入ったのも理由だけれど、一番の決め手はエントランスのチョークボードだった 」と話してくれたんです。

まさか、新築物件よりうちを選んでもらえると思っていなかったので驚きました。「 こういうことをしている大家さんって見たことがないから、この物件だったら安心できるね 」と家族で話し合って決めたそうです。その時は嬉しかったです。きっと、長く住んでくださると思います。

写真4
クリスマスイブの日のエントランス

■ 規模拡大はしない、目標は今いる入居者の人生に貢献すること

編集部

お父様の物件を引き継いだあと、約11年間、物件数を増やさなかったのはなぜでしょう。規模を拡大しようという意識はなかったのでしょうか?

中西紀二さん

初期の頃は規模拡大も目標の一つとして掲げていました。当時はメガ大家やギガ大家という言葉も出てきて、多法人スキームがもてはやされ、優秀な不動産投資家なら規模拡大できて当然という風潮がありました。そんな影響も受けていたと思います。

実際に何度か買付を入れたのですが、いずれも購入には至りませんでした。管理会社で働いたときの知識から、排水管などかなり細かいところまでチェックして、過剰な指値を入れてしまったのが理由です。よく考えると指値が通らなくてもお買い得な物件だったなーと、当時を振り返って少し悔むこともあります( 笑 )。

編集部

最初から規模拡大しないと決めていたわけではなかったのですね。

中西紀二さん

はい。ただ、今はあのとき買えなかったことは運命であり、それでよかったと思っています。大家業は人生貢献業だということに気づいてからは、単純に規模を拡大していくことに、前向きになれなくなった自分がいたのです。

新たに物件を買い進めることと、関わる人の喜びに貢献したいという思いが自分の中でうまくマッチせず、ジレンマを感じるようになったんですね。今は「 6棟129戸の全世帯の幸せに貢献する! 」ことが目標です。

普通に生活するには十分ですし、これ以上の規模拡大はしなくてもいいと割り切ってやっています。

編集後記

2代目大家として、いきなり129室を引き継いだ中西さん。やさしい中西さんと話していると、規模を追わず、「 今いる入居者さんを大切にする 」と目標を定めたことが、とても自然な気がしました。午後4時公開の後編では、福岡を離れ、「 フリースクールの経営 」という新しい道を歩み始めた中西さんの今をご紹介します。

プロフィール

■ 中西紀二(なかにしのりつぐ)さん

中西紀二さん

有限会社ウエストセンター 代表取締役
一般社団法人ワンオブハート代表理事
フリースクール「みんなのおうち」代表
山梨県南アルプス市に妻と息子3人で暮らす

Twitter@93Vrnvz27LrHGKm
HP:https://oneofheart.com/


■ 経歴

□1974年
福岡県朝倉市で生まれる

□2010年(35歳)
宅建資格取得の講師、不動産管理会社の社員等を経て、父親の運営する資産管理法人と物件(6棟129戸)を引き継ぐ

家賃収入約1億円(返済比率は約50%)

□2019年
次男の不登校を機に、妻と息子3人が山梨県に移住

□2021年
家族を追う形で山梨県に移住

不動産賃貸業を続けながら、山梨で体験型フリースクール「みんなのおうち」を開校・運営する

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