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「会社員に向かない自分」に気付かないフリをしていないか?

張田満さん_画像 第55話

先月でサラリーマンを辞めてから丸4年が経過しました。人生80年だとすると、5%の時間を自由に過ごせたことになります。これも、所有不動産からの安定した家賃収入のおかげです。

今、私が穏やかな気持ちで生活を送れている一番大きな要因は、ストレスがないことだと思っています。

目の前の線路から降りることが許されないと信じ込んでいた会社員時代は、ストレスが蓄積されるばかりでした。でも、今は生活の中でストレスを感じることはありません。

■ 心も身体もストレスでいっぱいだった勤め人時代

私はサラリーマン時代、今とは正反対の生活を送っていました。一言でいえば、不規則・ 不健康。 当時を振り返ると、長距離をクルマで移動する出張が多く疲労も蓄積し、就寝も睡眠時間も日によってバラバラでした。

仕事の忙しさで心の余裕がなくなっていた時は、どうでもいいような事で妻と口論をしたり、まだ幼い娘を怒鳴ってしまったりと、家族をストレスのはけ口にしてしまったこともあります・・・

( そんな状態でも私を支えてくれた家族には申し訳ない気持ちと感謝の気持ちでいっぱいです。)

スポーツや趣味に充てる時間は皆無で、慢性的に背中と肩の痛みがあり、喘息のように咳きが止まらなくなることも普通でした。心も体もボロボロでした・・・。

そんな状態で、ススキノへ繰り出しては深夜から朝方まで深酒・・・。翌日、自身の暴飲暴食を後悔することを繰り返していました。今思うと、本当に身勝手で、何の解決にもならない最低のストレス発散方法だったと思います。

私は仕事イコール「 難解だと思うステージにチャレンジしていくこと 」だと考えています。高みに向かって追求を続ける中で、忙しくなるのは当然です。

しかし、仕事とは関係のない場面で頑張らなくてはいけない部分については、納得するのが簡単ではありませんでした。

例えば、東京勤務時代の激混み電車での通勤。上司の理不尽な指示に心を押し殺して、価値のないように見える業務を遂行する時間。本心ではやりたくないと思っている事なので、とても強いストレスを感じていました。

また、会社に拘束される時間が長すぎることも疑問に思っていました。残業や休日出勤、徹夜などで仕事量を補うことで、失われてしまう本来の時間があります。これは、人間の生活バランスを崩してしまうシステムといえると思います。

私自身は2つの会社でサラリーマンを経験しました。営業業務と映像制作と異なる業種と職種でしたが、どちらも仕事自体には強いやりがいを感じていました。

でも、それでもストレスが蓄積して私のキャパシティーを超え、「 病気 」や「 アクシデント 」という形でストップサインが現れました。私の場合、これはメニエール病であり、交通事故でした。



■ ポジティブ思考では乗り越えられない壁

会社員時代の自分は、そんな毎日でも、がんばるしかないと思っていました。さんざん悩んだ末に、私は2つの誓いをたてました。それは、「 イヤなことも人生の修行のひとつと考えよう! 」「 本当に限界になったら辞めてしまえばいい! 」というものでした。

この2つの誓いを立てたあとは、急に気持ちがスッキリしました。しかし、「 イヤなことも修行のひとつ 」という部分は、長くは続きませんでした。

修行というのは本来、目指す場所があり、そこに向かって努力するための行為です。サラリーマン社会の中で出世や昇給を目指すなら会社での苦労は修行といえると思います。

でも、もともと出世欲がない上、不動産投資の存在を知って会社の外に目指すものができた自分にとって、納得できない仕事を修行と考えることは、その場にとどまるために「 自分をごまかしている 」「 問題をすり変えている 」ことと同じでした。

こんなことを書くと、サラリーマンという生き方を否定しているように見えるかもしれませんが、そうではありません。どんなに多忙を極める仕事や複雑な人間関係も、楽しみながらバリバリとこなし突き進んで行く人もいます。

会社という組織の中にいなければできない大きな仕事というものもあります。そこに目標を見出し、生きがいを感じられるなら、それはすばらしいことだと思います。

スポーツや勉強教科などに得手不得手があるように「 勤め人として働くことにも得手不得手がある 」と思います。そういう意味で、仕事のストレス耐性のキャパシティーが小さい自分は、サラリーマンには向いていない人間でした。

それなのに、他の生き方を知らなかったため、病気になるまでストレスをためながらも、「 その場所でがんばる 」ことを続けていたのです。そこが問題だったと思います。

■ サラリーマン時代の自分に言ってやりたいこと

私はサラリーマンを卒業したことで、全く別の人間に生まれ変わったように感じています。今の私は体の痛みや病気と無縁な超健康体です。この4年間、一度も病院に行っていません。

それだけでなく、会社員時代はなついてくれなかった長女とも仲良しになり、妻とのケンカもなくなりました。ストレスがなくなったことで、他人にも寛容になれたように感じています。

今は家族一緒にゆったり食事をすることや、散歩したりなど、平凡でなにげない日常の素晴らしさに気づけるようになれました。( これは、それができなかった会社員時代を知っているから、気づけることだと思います。どんなことにでも意味はありますね )。

仕事とは人生を豊かにするもののはずなのに、仕事のストレスで健康な身体と心を失ってしまったら、何のために働いているのかわかりません。

ボロボロだった私に、今、声をかけることができるなら、「 残業や休日出勤は減らしていいんだ。上司や同僚に何か言われようが、優先すべきは、自分の心と体の健康だよ! 」と伝えたい。

その仕事を続けるかどうかは別として、一人の人間として、一番大切なものを見誤ってはいけません。最後に、私の好きな言葉を紹介します。

「 心の底から平気で、出世なんかしなくていいと思っていれば、遠くの方でちぢこまっている犬のようにはみえないんだ。」
〜 岡本太郎 〜



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健美家不動産投資コラム

プロフィール

■ 張田ミツルさん

horiuchisan

□1972年、北海道生まれ
□5人家族(妻&三姉妹)、マレーシア在住

☆不動産投資を始めたきっかけは大家列伝に詳しく載っています
大家列伝【前編】
大家列伝【後編】

・【インベスター Japan】
不動産投資家の本音に迫る!専門チャンネル
・ツイッター:@MH_Minority
・ブログ:harry326
・Facebook:張田ミツル
・Instagram:mh.mitsuru

□不動産賃貸業
□講演家
□文筆家
□映像クリエーター

■ 経歴

□1990年
地元の高校を卒業後、メーカーに営業職として入社

転勤で東京勤務になった初日、駅の人出を見て「今日は祭りか」と思ったら普通の日でショックを受ける。
田舎に比べて生活自体にお金がかかる東京暮らしに疲れていたため、数年で再び札幌勤務となりホッとする。

□2002年(30才)
映像制作会社に転職、アシスタントディレクターとなる

□2007年
結婚

□2008年
7月:メニエール病になるが、約3週間でまあまあ回復  
8月:北海道の人気番組のディレクターとなる

□2009年
交通事故に遭ったのを機に不動産投資の勉強を開始

□2010年(37才)
8月:1棟目のアパート購入(2LDK×4)

□2011年
8月:2棟目のアパート購入(1LDK×1、2LDK×2、3LDK×2、テナント×1)


9月:3棟目のアパート購入(1K×10)


□2012年(39才)
2月:4棟目のアパート購入(1DK×8)
5月:5棟目の戸建て購入(6LDK)
6月:映像制作会社を退社
8月:自分の会社を立ち上げる
9月:6棟目の戸建て 購入(4LDK)

□2013年(40才)
2月:7棟目のアパート購入(2LDK×6)
7月:8棟目のアパート購入(2LDK×4)

□2014年(41才)
マレーシアへ移住

□2018年(45才)
札幌の大学(北海学園、札幌大学等)で講師を務める

新築RC物件・海外物件など含め、計100室を所有する

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