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利回り19%のビルを売却した理由。先に利益を提供する。

広田健太郎さん_画像 第26話

■ ビルを買いました

3月1日午前10時半に銀行で中古4階建てのビルを決済した後、その足で200メートル先にあるそのビルに向かいました。昼の商店街と夜の歓楽街がちょうど交わる交差点の角地。昼も夜も需要が見込める立地です。

全空で雨漏りがあり、残置物も山積みの状態で数年経過していたため、再生するには時間とガッツが必要です。とはいえ、僕にはビルの再生後がイメージできていますし、その日を考えるとドキドキします。この感情を共有できるテナントさんに入居してもらうつもりです。



その後、ビルの中からランチタイム前後の周辺の人の流れを1時間ほど確認して、午後からは越後湯沢のリゾートマンションへ向かいました。新幹線で30分の距離ですが、指定席が混んでいそうだったのでグリーン席の切符を購入。席に着いてすぐに寝てしまいました。

契約は何回してもいつも初めてのように緊張します。エネルギーを消耗していることを実感します。湯沢に到着後、持ってくるはずだった13冊の本を自宅に忘れてしまったことに気付きましたが、ゆっくりと休めということかもしれないと気持ちを切り替えました。

湯沢で2泊した後は、1週間ほどビルの入居希望者の方や内装業者さんと打ち合わせをして、マレーシアに向かいます。日本にいる時間が限られていることで、人と会うことにせよ、仕事にせよ、今までよりも濃い時間を過ごすようになりました。

日本にいる間は少しやることが増えますが、マレーシアでは何もしないのでちょうど良いかもしれません。マレーシアではエネルギーの充電、オーバーホール、インプット、日本ではアウトプットして結果を出す。こんなイメージです。

■ 利回り19%のビルを手放した理由

先月、僕のビルの中でも利回り&家賃でトップ3に入るビルを1棟手放しました。「 もったいない 」「 こっちに売って! 」等々、周囲から言われましたし、自分でも「 本当にこのビルを売って良いのか 」と何度も迷いました。

手放した今も後悔がないと言えば嘘になります。それでも、それを遥かに上回る大きな満足感がありますし、次の人生へ進むのに必要なステップだったと心から思っています。なぜ、このビルを手放したのかを少しお話します。

昨年の4月に、コラムでも紹介した牢屋ビルを購入しました。その牢屋ビルは、「 半径300メートル以内 」と決めていた僕の商圏エリアを大きく外れた隣町にあるビルでした。

かなり安く買えたとはいえ、自分のエリアを広げることへの葛藤と、そこから半径300メートルを自分のエリアにするために、2〜3年間は不動産漬けの生活を再びしなければいけないという覚悟を求められる大きな決断でした。

6月の決算までは決算に集中して、暑い7、8月を遊んでオーバーホールした後に、9月から牢屋ビルの再生をしようと考えていたところ、6月中旬に一本の電話がありました。そして、色々と考えて僕は牢屋ビルを売ることにしたのです。

今、振り返ると恐ろしいことです。もし、去年6月にあの電話がかかってこなかったら、僕は今頃、隣町でのビジネスに全精力を傾けていたでしょう。

それはそれで面白い人生だったかもしれません。家賃収入がさらに増え、新しいビルも買い増していたでしょう。でも、海外に住むことにはなっていなかったと思います。住みたいなと思いながら、仕事が忙しいから無理だということになっていたと思います。

あの1本の電話が僕にブレーキをかけてくれたおかげで、僕は自分を見つめ直し、まったく別の人生を歩むことになったのです。

9月に牢屋ビルを売却した後に、僕は買主様のおかげで人生を軌道修正できたことのお礼を述べました。そして、買主様が本当は僕のエリアでビルを所有したいことを聞いていたので、こう述べました。

「 もしご興味があれば今回のお礼に、近い将来、僕のビルをお譲りします 」。

僕の近い将来は1〜2年後でしたが、買主様の近い将来は1〜2カ月後でした。

「 では、11月にぜひ売ってください 」。

決済を終えたばかりの銀行の出口での会話です。僕は内心それは早いなあと思いながら、それでも買主様に喜んでもらえるならと、11月で承諾しました。それが今回売却した利回り19%のビルです。

お礼であるならば、僕の心からのお礼をするべきです。僕は、基本的には一生所有するつもりでビルを買っているため、どのビルも優秀です。それでも、その中でも可能な限り良いものをお譲りしようと思いました。

僕が1番最初に購入したビルは、父親からの想いが詰まっているビルですから絶対に売れません。( 僕は所有物件に思いっきり感情を込めます )。2番目に大切な油田ビルは、やはり大きなターニングポイントになったビルですから売りたくありません。そして3番目のビルが今回の19%ビルでした。

テナント数が7室もある比較的大きな物件で、間違いなく喜んでもらえると思いました。損得だけで考えればこんなことはしないでしょうし、プロの投資家失格かもしれません。

それでも、あのまま隣町でビジネスを始めていたかもしれない僕と、マレーシアでリラックスしている僕を比べると、答えは1つです。ですから「 損得ではなく、僕ができる範囲で最大のお礼を買主様にしよう 」という気持ちでした。

買主様には、「 このエリアは全く売り物がないからありがたい 」と言ってもらいました。他の人から「 自分が1,000万円高く買う 」と言われたりもしたほど相場より安くお譲りしたつもりです。

それでも、銀行の借入返済後に1,500万円以上の現金が残りました。当時の僕がいかに安く買えたかということです。僕が買った当時、「 なぜこれを買ったの? 」と不思議がっていた周囲の人たちが今回の結果を知ったら驚くと思います。

■ 人に利益を提供すると、それ以上のものが返ってくる

そして、この売却の後、冒頭のビルを買えたのですから、「 ご縁のある方と全力でおつきあいし、こちらから先に利益を提供すると、思ってもみなかった形でそれ以上の利益が自分に返ってくる 」ということを実感します。

自分で言うのも変な話ですが、僕が自分の利益を先に確定してから色々と話を進めようと思っても、こういう流れにはならなかったと思います。利回り19%ビルを手放すことを決めたら、しばらくしてから最高の立地のビルを買えることになりました。ここ数年、そんなことをよく実感します。

レッド吉田さんのコラムにあったDr.コパさんのお話ではないですが、僕は中古のビルを買い始めてから、その土地や建物の持つエネルギーをとても感じるようになりました。( 余談ですが、あの後、コパさんの本を7冊も買ってしまいました )。

今回のビルは利回りはあまり期待できませんが、僕の運気をさらに上昇させてくれると思ったので購入を決めました。このビルもきっとこれから、僕に色々なものを与え、新しい何かを教えてくれるのだと思います。


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健美家不動産投資コラム

プロフィール

■ 広田健太郎(ひろたけんたろう)さん

hirotasan

不動産投資家
マレーシア・ペナン島在住

ツイッター
https://twitter.com/kentarohirota

ブログ
walk on the blue ocean.

■ 経歴

□1975年
群馬県高崎市に生まれる

□1997年
早稲田大学スポーツ科学部卒業(サッカー部所属)

□1998年
シンガポールプロサッカーリーグDIVISION1でプレイ

□1999年
個人事業主として「サファリレコード」創業

□2005年
結婚
父親のすすめで1棟目のビルを購入

□2008年
レコード店を閉め、父親の不動産会社へ入るも2カ月で退社

□2009年
宅建免許取得

□2017年 マレーシア・ペナン島に移住

□2018年
宅建免許返納

■ 所有物件

□2005年
11月:商業ビル購入(4テナント)20%

□2011年
3月:商業ビル購入(3テナント、1住居)売却済

□2012年
7月:商業ビル購入(4テナント、1住居)26%
9月:商業ビル購入(3テナント)28%
9月:中古戸建購入(売却済)

□2013年
3月:商業ビル購入(売却済)
6月:区分マンション購入(売却済)
9月:自宅近くの中古戸建購入
10月:土地購入⇒コインパーキング(23台)
12月:中古戸建店舗購入(売却済)
12月:自宅隣の中古戸建購入

□2014年
3月:商業ビル購入(2テナント) 20%
7月:商業ビル購入(売却済)br /> 10月:商業ビル購入(2テナント)32%

□2015年
3月:中古戸建店舗購入(売却済)
3月:土地購入⇒コインパーキング(35台)
6月:土地購入⇒コインパーキング(5台)
10月:転売用土地購入(売却済)
11月:自宅近くの中古戸建購入

□2016年 4月:店舗購入
5月:牢屋ビル購入(売却済)
8月:店舗購入

□2017年
3月:全空ビル購入
8月:ロードサイド店舗購入
10月:駅近ビジネスホテル隣の店舗購入
10月:上記店舗向かいのビル購入

2018年現在の家賃年収約5,400万円

月に5〜10日、一日に数時間働く狩猟型の生活を満喫している

不動産投資を始めるきっかけや初期の苦労については大家列伝(前編・後編)を参照ください。

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