• 収益物件掲載募集
  • 不動産投資セミナー掲載募集
  • 収益物件 売却査定

7,597アクセス

100円の使用済みノートが1万円で売れる話。不安こそが原動力。4年後に「夢にも思わなかった」と思えるほどの人生を。

広田健太郎さん_画像 第56話

僕が自分自身のコラムの中で一番好きなのは、今までのノートや手帳に書いてきた僕なりの「 思考・行動・経験・戦略・挑戦・自己投資・探求・発見 」等の中から、皆様のヒントになりそうなキーワードを厳選して紹介するというものです。

例えるなら、アーティストのベストアルバムのようなものでしょうか。過去にこのテーマで掲載した第8話第33話に続き、今回も1年ぶりに、自分のノートの中から、参考にしていただけそうなものを紹介したいと思います。

1、手書きのノート

僕は日本に帰国したときに不定期でこのコラムの内容をより詳しく説明する「 ブルーオーシャン思考を身に付けるための勉強会 」を開催していますが先日こんなことがありました。

僕が100円で買って使い終わったノートを冗談で「 1万円で買いますか? 」とご提案したところ、複数の方が即答で「 イエス 」と手を挙げたのです。( もちろん実際には売りませんでしたが )。

どこでも買える普通の100円ノート。普通なら使ってしまえば100円どころか0円になるところが1万円になるなんて。これぞ触れる物すべてをお金に変えてしまう究極の錬金術です。

僕のすべての思いと足跡が詰まったノートは現在、95冊目。継続は力なりという言葉を噛みしめています。100冊目になったら大公開セミナーをしたいです。



2.不安

起業からもうすぐ20年。自由を感じながらも、一方ではいつも押し潰されそうな不安を感じていました。不安だからこそ必死でがんばるしかなかったし、がんばったから少しずつ強く賢くなりました。

今思うのは、逆に人生が保証されていたら、ここまでがんばってこなかったということです。だから、これからも僕は人生で不安から逃げずに一歩踏み込んで挑戦したいですし、その不安を得るために未知への挑戦を続けたいと思います。

不動産投資も最初は不安です。しかし不動産投資は決してギャンブルではありません。不安やリスクをリストアップして、研究し、勉強して、解消可能なものをある程度取り除いたら、あとは挑戦してみるしかありません。

不安が全部なくなる日は永遠にやってきませんし、不安があるから成長できます。いつまでも他の人を見ているだけの観客ではなく、自分が不動産投資家、起業家というプレイヤーになってみましょう。

3.自己投資

僕は30代の5年くらい、お金で死ぬほど苦労しましたから、お金は死ぬほど大切です。しかし、銀行にお金をためておいても今の時代お金は増えません。

僕は、こんな自分になりたい、こんな不動産投資家になりたいとイメージして、そのために必要な自己投資はお金がないときでもしてきました。物件のために1億円借りて投資できるのに、なぜ自分のために1,000万円投資できないのでしょうか。

「 500万しか稼げないから、年間50万節約する 」という方向に意識を使ってしまっては、アイディアもイメージもスケールも先細りするだけです。

自分が成長しない限り、5年後も10年後も、自分に訪れる世界は変わりません。将来の理想の自分の人生のために、今から収入の1割でも、自分のために投資する習慣を持つことをおすすめします。

4.物件を買えない時

物件を買えない時期というのは、考え方によってはとても貴重な時間です。マーケット、金融機関、色々と原因は考えられますが一番の原因は自分です。

僕がレコードバイヤーをしていた時も、優秀なバイヤーはいつどんな時でもレコードを買えていました。その一方で、凡庸なバイヤーは「 競争が厳しい、良い商品がない 」と言っているだけでした。

今の自分にはない一段階上の視点、分析能力を身につけるためにどうしたら良いのか。そこにしっかりと向き合わずに、物件検索をしても時間の無駄です。

僕自身が初めて物件を買った2006年から2棟目の物件を買った2011年まで、約5年も物件を買えませんでした。今振り返ると、そのたくさん悩んだ時間は、神様からのギフトであったと心から思います。

5.目標設定

先日、2008年12月28日に作成した10年後までの目標を書き出した紙を見て、愕然としました。「 10年後の2018年には無借金で10棟100万円のキャッシュフローを実現 」と書いてあったからです。

数年前には既に達成していたその目標に対して、こんな小さなことしかイメージできていなかったのかと当時のあまりの自分の謙虚さに驚いたというか、少しショックでした。

しかし一方で、これからの10年はこの教訓を活かし10年で10倍の稼ぎ、スケール、存在になろうと決意し、「 新たな10年目標 」を紙に書き出しました。

目標設定をすれば、その通りにそれは必ず叶うと僕はこの10年で実際に経験しましたので、皆さまにもオススメします。

■ サッカーにまつわる長い番外編

さて、上記の10年後のリストを作成した時に僕は「 2014年にブラジルで開かれるワールドカップを現地で観戦する 」と書きました。

当時の僕の経済状況からすれば夢のような目標でしたが、サッカーをずっとしてきた僕にとって、サッカー王国ブラジルでのワールドカップは絶対に現地で味わいたいものでした。

そして2014年。僕は大学サッカー部時代の親友の友近くんと、現地スタジアムで第1戦と2戦を観戦していました。彼のおかげでVIP席での観戦です。



第1戦目の日本対コートジボアールでは試合前の国歌斉唱を歌いながら、憧れていたブラジルの地に来るまでの努力を思い出し、胸にグッと来るものがありました。前半、本田選手が左サイドからゴールをブチ抜いた時には発狂しました。

しかし、後半にドログバ選手が途中交代で入って来た時の存在感。あっという間に逆転されました。敗戦後、雨の中冷え切った体で山奥のナタルの会場からバスでホテルに戻る時の無気力感は忘れられません。

翌日。次戦のレシフェに移動する前日ですが、滞在していたホテルのロビーのテレビからワールドカップの試合が放映されていたので、ソファに座って見ようとしたら、目の前に見覚えのある人が。

なんと元日本代表の岡田武史監督でした。岡田監督は僕の大学サッカー部の先輩でもあり僕の恩人なのです。少し長くなりますが、紹介させてください。

1997年。僕が大学4年生の時に僕らは早大サッカー部創部以来初めて、関東大学サッカー1部リーグから2部リーグに降格させてしまいました。その年を締め括る納会では、たくさんのOBから僕ら4年生は戦犯扱いされ、心がボロボロでした。

そんな時、同じく97年に日本が初めてW杯出場を決めたばかりの代表監督であった岡田監督が、壇上でのスピーチでこう言いました。

「 2部降格は4年生だけの責任ではない。我々OBの責任でもある。そしてワセダが2部に落ちたからといって地球がひっくり返るわけではない 」。翌日の天声人語でも紹介されたこの言葉に、僕は本当に救われました。

その時のお礼をずっと言いたかった僕は、思わぬタイミングと場所でこの機会を得たものの、身に着けているのはTシャツ、短パン、サンダル。そんな失礼な服装では挨拶できないと思い、着替えにダッシュで自分の部屋に戻りました。



しかし、急いで戻った時には岡田監督の姿は見えず、残念ながらお礼は伝えられませんでした。それでも、ブラジルという地にわざわざいったからこそできた経験や感じたことが他にもたくさんありました。

この時の経験から僕は、「 時にはお金を思い切って使うことで、普通に暮らしていたら味わえないような経験ができるのだ 」と実感しましたし、自分を高めるためにはこういうお金の使い方をしなければいけないと思いました。

さて、ロシアワールドカップの日本代表が昨晩ベルギー代表に2-3と惜敗しましたが、全ては道の途中。ドーハの悲劇があったからジョホールバルの歓喜がありました。日本サッカー界が悲劇から学び、それを次に活かす。

今までも日本サッカー先人達の努力や想い、積み重ねてきた歴史・財産をその時にプレーする選手たちが背負い活かし、未来を切り拓こうと全力でチャレンジして来ました。

今回の敗戦は残念で仕方がありませんが、テレビで観ていた次世代の選手、将来の日本代表を目指す子供達がいつかベスト8、ベスト4へと日本サッカーを連れて行ってくれることが楽しみです。

4年前にブラジルにいた僕が、4年後にペナン島でW杯を観て、健美家のコラムを書いているとは夢にも思いませんでした。

4年間あれば人生は大きく変わります。サッカー選手だけではなく我々も4年後のカタールW杯の時に「 夢にも思わなかったと思えるほどの人生 」が訪れているようにがんばりましょう。



健美家サイト会員登録で最新コラムやニュースをチェック!

健美家不動産投資コラム

プロフィール

■ 広田健太郎(ひろたけんたろう)さん

hirotasan

不動産投資家
マレーシア・ペナン島在住

ツイッター
https://twitter.com/kentarohirota

ブログ
walk on the blue ocean.

■ 経歴

□1975年
群馬県高崎市に生まれる

□1997年
早稲田大学スポーツ科学部卒業(サッカー部所属)

□1998年
シンガポールプロサッカーリーグDIVISION1でプレイ

□1999年
個人事業主として「サファリレコード」創業

□2005年
結婚
父親のすすめで1棟目のビルを購入

□2008年
レコード店を閉め、父親の不動産会社へ入るも2カ月で退社

□2009年
宅建免許取得

□2017年 マレーシア・ペナン島に移住

□2018年
宅建免許返納

■ 所有物件

□2005年
11月:商業ビル購入(4テナント)20%

□2011年
3月:商業ビル購入(3テナント、1住居)売却済

□2012年
7月:商業ビル購入(4テナント、1住居)26%
9月:商業ビル購入(3テナント)28%
9月:中古戸建購入(売却済)

□2013年
3月:商業ビル購入(売却済)
6月:区分マンション購入(売却済)
9月:自宅近くの中古戸建購入
10月:土地購入⇒コインパーキング(23台)
12月:中古戸建店舗購入(売却済)
12月:自宅隣の中古戸建購入

□2014年
3月:商業ビル購入(2テナント) 20%
7月:商業ビル購入(売却済)br /> 10月:商業ビル購入(2テナント)32%

□2015年
3月:中古戸建店舗購入(売却済)
3月:土地購入⇒コインパーキング(35台)
6月:土地購入⇒コインパーキング(5台)
10月:転売用土地購入(売却済)
11月:自宅近くの中古戸建購入

□2016年 4月:店舗購入
5月:牢屋ビル購入(売却済)
8月:店舗購入

□2017年
3月:全空ビル購入
8月:ロードサイド店舗購入
10月:駅近ビジネスホテル隣の店舗購入
10月:上記店舗向かいのビル購入

2018年現在の家賃年収約5,400万円

月に5〜10日、一日に数時間働く狩猟型の生活を満喫している

不動産投資を始めるきっかけや初期の苦労については大家列伝(前編・後編)を参照ください。

ページの
トップへ