そのような場合に、もし借主から「 必要ない 」「 プライバシーの問題がある 」などとして入室を拒まれたら、大家さんとしてはどのような対応ができるのでしょうか。
今回は、貸室の保守点検や修繕は誰の義務なのか、借主に貸室の保守点検や修繕を受け入れる義務があるのか、などについてお話ししたいと思います。

1、貸室の保守点検や修繕は誰の義務?
そもそも貸室の保守点検や修繕は、貸主と借主のどちらの義務なのでしょうか?
この点については民法に規定があり「 賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う 」( 民法606条1項 )として、貸主の義務とされています( 賃貸人の修繕義務 )。
そして、貸室の保守点検は、修繕の前提として行われるのが通常ですから、賃貸人の修繕義務に含まれるとされています。
なお、「 必要な修繕 」とは、借主が通常の使用に支障をきたさないための修繕をいいますので、軽微な破損があった場合等でも常に貸主が修繕義務を負うというわけではありません。
2、借主の保守点検や修繕の受忍義務
上でご説明したとおり、貸室の保守点検や修繕は貸主の義務ですが、貸室は他人に貸していても貸主の所有物ですから、貸室を保全するための修繕は、貸主の権利であるとも考えられます。
民法でも、「 賃貸人が賃貸物の保存に必要な行為をしようとするときは、賃借人はこれを拒むことができない 」( 民法606条2項 )と規定しています。
これは、借主の「 修繕受忍義務( 修繕認容義務 )」と呼ばれるものですが、裏を返せば、賃貸物の保存に必要な行為である修繕は貸主の権利であるといえます。
3、借主に保守点検や修繕を拒まれたら?
このように、借主は貸主による貸室の修繕や保守点検を受け入れる義務を負っているわけですが、現実問題として、借主が修繕や保守点検を拒否する場合があります。
そのような場合、貸主としてはどのような対応ができるのでしょうか?
まず、自分の所有する物件でも、賃貸した以上は貸主が借主に無断で貸室内に立ち入ることができないのが原則です。しかし、どのような場合であっても、借主の承諾なしに貸室内に立ち入ることができないというわけではありません。
たとえば、貸室内で火災やガス漏れなどの緊急事態が発生している可能性があるような場合は、借主の承諾がなくても貸室内に点検のために立ち入ることができます。そして、消火活動やガスの元栓を閉めるなど、貸室の保存のために必要な行為をとることができます。
では、そのような緊急性が高くない場合で貸室の修繕や保守点検のために、勝手に貸室内に立ち入ることはできるのでしょうか?
この点、貸室の保守点検や修繕が必要であっても、緊急性が高くない場合は、借主に無断で貸室内に立ち入ることは不法行為になる可能性があります。また、場合によっては住居侵入罪にあたるとして刑事上の責任を問われかねません。
実際、貸主がクーラーを修理するために、借主に無断で修理業者とともに貸室内に立ち入ったという事案において、
@現代社会においてプライバシー権の重要性が一般に認知されていること
A借主が女性であること
B借主に対して連絡をとることが可能だったこと等
の理由から、貸主の行為は過失による権利侵害行為として不法行為にあたるとして、慰謝料の支払いを命じた裁判例があります。
4、借主が保守点検や修繕を拒んだら、契約解除は可能?
上でご説明したとおり、緊急性が高い場合を除き、借主が立ち入りを拒んだ場合、貸主としては強引に貸室内に立ち入って保守点検や修繕することまではできません。
しかし、借主が貸室の保存に必要な修繕を拒んだ場合においては、貸主は修繕受忍義務違反として賃貸借契約を解除することができる可能性があります。
裁判例でも、貸主が賃貸家屋の朽廃部分の修理のために借主に一時退去を求めたものの借主が断固としてこれを拒んだという事案において、
「 借主があくまでこれに応じないならば、貸主は建物の保存に必要な工事をすることができず、そのために賃貸家屋が倒壊してしまうことは明らかであるから、借主の認容義務違反のために賃貸借契約をなした目的を達することができない 」
として、貸主による賃貸借契約の解除を認めたものがあります。
ただし、修繕の必要性を理由とする立ち入りを借主が拒否したからといって、貸主が常に賃貸借契約を解除できるわけではありませんのでご注意ください。
5、最後に
貸室の保存のために保守点検や修繕が必要な場合がありますが、他方で、特に貸室が住居の場合には借主のプライバシー保護の要請も高いといえます。
トラブルを防止するためにも、事前に借主に連絡を取って、実施予定の保守点検や修繕の内容、必要性などを十分に説明したうえで協力を求め、実施日の日程調整をするなど、借主への配慮を心がけましょう。