宮城県仙台市で、2002年から大家をしている白井たかみつと申します。2009年に宅地建物取引主任者( 現在の宅地建物取引士 )の資格を取得し、2011年より不動産取引業として登録しています。
ちょうど10年前の今日、私は仙台で被災しました。このコラムでは全4回に渡って、私が東日本大震災で経験したことを共有させていただきます。皆さまの生命や財産を守る一助になれば幸いです。
■ 海岸沿いの物件を買わなくてよかった
「 仙台に転勤になってよかったね。毎日海にいけるじゃん! 」
2002年当時、東京から仙台に転勤が決まった私が、友人からかけられた言葉です。
東京から新幹線で2時間弱の宮城県仙台市は、人口100万人規模の政令指定都市にもかかわらず、首都圏と比較すると信じられないくらいに安く不動産を買えます。
ずっと賃貸暮らしだった私ですが、すっかり家を買う気になり、海から徒歩圏内の戸建て物件に照準をあわせて物件を探しはじめました。そして、最終的に仙台市内の海辺の街にある戸建て住宅を気に入りました。
会社にも通いやすく、なんといっても海まで徒歩10分ということに惹かれました。首都圏でいうところの江ノ島や葉山の生活を思い描き、毎日の犬の散歩を楽しみにしていました。
土地や建物も広く、道路と等高のため庭をすべて駐車場にすることもでき、貯金の範囲内で購入できる価格なのが魅力でした。一つ心配だったことは、津波の恐れがないかということでした。
2002年当時、文部科学省研究開発局地震・防災研究課 地震調査研究推進本部事務局の発表した海溝型地震の長期評価によると、マグニチュード7.5クラスの宮城県沖地震が30年以内に発生する確率は98%と予想されていたためです。
参照:https://www.jishin.go.jp/evaluation/long_term_evaluation/lte_summary/p_hyoka02_chouki_p/
案内してくれた不動産屋さんにこの点をたずねると、「 1978年の宮城県沖地震のときも大丈夫でしたよ。この街には、800世帯2,700人が住んでいますから、本当に危険だったらそんな場所に人は住みませんよ。第一、そんなことを気にして住んでいる人はいませんよ( 笑 ) 」と言います。
物件を気に入っていた私は、その言葉を信じて買付け申込書を入れました。しかし、買付けを入れたその日の夜、違和感というか言いようのない不安を感じました。
「 何千人が住んでいようが、危険なものは危険ではないだろうか? 」
「 悪いことは目を背けて、いいところばかり見ようとしていないか? 」
結局、契約の一歩手前で購入を踏みとどまりました。「 そんな理由で買付けを引っ込めることはできない 」「 科学的に証明しろ 」「 幽霊を信じているのと一緒だ 」「 臆病すぎる 」「 そんなことでは宮城県内の物件は一軒も買えない 」と不動産屋さんはカンカンに怒っています。
最後は、「 今月の数字が足りないので、どうか買ってもらえませんか。値引き交渉もしますんで 」と泣きつかれる始末でした。「 やっぱり買おうか 」と一瞬決心が揺らぎましたが、結局その物件は購入せずに、内陸部の中古戸建てを購入しました。
月日は流れ、2011年3月11日午後2時46分。日本史上観測最大となるマグニチュード9.0の東日本大震災が発生しました。仙台市は海岸線から4キロメートルの内陸部まで津波に飲み込まれ、あの家もなくなりました。
3月11日の夜、停電の暗闇の中で見たカーナビのテレビからは、押し寄せる黒い津波や鎮火の目処が立たない沿岸部の火災、そして海岸沿いに200~300人の遺体が流れ着いたという緊急速報が流れ続けていました。
「 あのとき海岸沿いの物件を買っていたら、自分が死んでいたかもしれない。少なくとも家と家財道具はすべて失っていたんだなぁ 」と恐ろしくなったことが昨日のことのように思い出されます。
まさに首の皮一枚のところで助かったという心境でした。
■ なぜ、自分の物件の被害は少なかったのか
2002年に宮城県の内陸部に自宅を購入して以来、私は年1軒のペースで貸家やアパートを購入していきました。2011年の震災直前には貸家7軒、アパート2棟まで増えていました。
幸いなことに、所有していた不動産で、津波や地すべりの被害にあったものはありません。建物の解体が必要になるほどの大きな被害もなく、入居者さんからは一人の死傷者も出ませんでした。
震災の被害が最小限ですんだ原因は、運が良かったということもありますが、リスクを最小限に抑える準備をしていたことが大きかったと思います。私が大家として具体的に何を準備し、どう備えていたかを以下にお伝えしたいと思います。
■ 土地選びに関して
自宅を購入する際に調査したところ、仙台の不動産は買値が安いわりには賃貸需要が多く、利回りが高いということに気付きました。心配だったのは、近年中に大震災が発生すると予測されていたことでした。
熟考の末、震災のリスクと利回りの良さを天秤にかけ、それでも仙台の賃貸不動産は魅力があると判断し、物件を購入することにしました。当然ですが、物件を買い進めるにあたり、購入する不動産・購入しない不動産を選択する必要が出てきます。
冒頭でお話しした海辺の物件を断念したことによって、自分の中で明確な選定基準ができあがっていました。それは「近い将来、大震災が起こる可能性が高いエリアだからこそ、地震被害のリスクがある物件は極力避ける」というものでした。
具体的には、海岸から近く津波被害が予想される土地や、土砂災害危険箇所( 急傾斜地 )に指定されている土地、そして過去の地震で地盤が弱いと経験的にわかっている土地は、買わないようにしました。
地震で建物が倒壊した場合も、土地さえ残っていれば建物を建て替えることができますし、土地だけ売却してもローンの返済に充当したり、他の場所に住み替えたりすることもできます。
しかし、津波や地すべりの被害にあってしまった場合、その場所に住みたいと思う人はいないため、結果として売ることもできなくなってしまいます。
ここでいう過去の地震とは、1978年に発生し、マグニチュード7.4を記録した宮城県沖地震の事を指します。このときは、高度成長期に造成された団地内で盛り土をしたエリアが地すべりを起こし、甚大な被害が発生しました。
それほど古い話ではなく、体験者はご存命ですので、売り主やご近所さんや不動産屋さんに「 宮城県沖地震のときは被害がありましたか? 」と聞けば、当時の様子を教えてもらえました。
東日本大震災で津波の被害にあったところは、1896年( 明治29年 )に三陸沖で発生した明治三陸地震や、869年( 貞観11年 )に三陸沖で発生した貞観( じょうがん )地震などの記録でも、同様の津波による被害が甚大でした。
また、過去の大地震で津波の被害があった地域には、各地に津波の高さを表す石碑や塚が残っています。これらの歴史的な資料も土地選びに有効です。物件の購入を検討するたびにこのような調査を繰り返していくと、買ってはいけない危険なエリアがわかってきました。
つづく
※次回は本日16時公開です