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【新連載】家賃収入で沖縄の楽園生活を手に入れた!ー薄毛相談員だった私が大家になるまでー

三浦弘人さん_画像 第1話

健美家コラムの読者の皆様、めんそーれ! 今月からコラムを書かせていただくことになりました三浦弘人と申します。日本の最南端、「 南国の楽園 」沖縄県で賃貸経営をしています。

2004年からアパート経営をスタートして、現在では4棟70室を所有しています。その他に、沖縄独特の軍用地投資なども行っています。2012年にサラリーマンをセミリタイアしてから、毎日楽しく過ごしています。

今回は、沖縄でのアパート経営をはじめるきっかけになったエピソードも含めて、簡単な自己紹介をさせてください。( 自己紹介については、よろしければ大家列伝もご参照ください )。

参照:沖縄で新築6棟と軍用地に投資して45才でセミリタイヤした三浦弘人さん

■ 他人様の薄毛の相談に乗っていたサラリーマン時代

私は東京都江戸川区の出身です。沖縄に来る前には、通勤ラッシュにもまれながら、業界最大手の総合毛髪業であるAD社に勤めていました。担当職はカウンセラー。まあ、わかりやすく言うと営業です。

フリーダイヤルにかかってきた抜け毛の相談やお悩みを聞きながら、増毛商品やヘアケアサービスをすすめる毎日でした。

今は薄毛をスキンヘッドにしてオシャレに見せる人や、薄毛をネタにするお笑いタレントさんは珍しくない時代です。しかし、20年以上前は、男女とも髪の毛の悩みは人生を大きく変えるくらいのもので、相談者との会話は言葉選びに充分な配慮が求められました。

そして、髪の悩みは場所を選びませんから、日本全国どこでも相談とアフターサービスができる店舗が必要です。そんなわけで、その会社は全国の都道府県に最低各1店舗があり、転勤を避けることができませんでした。

■ 売りアパートの広告を見て、賃貸経営に興味を持つ

1〜3年で転勤辞令が出るので、次第にいいお部屋探しのポイントがわかるようになりました。いわゆる引っ越しのベテランです。

部屋探しを繰り返す中で、地元の住宅情報誌の売買物件の広告の中に「 売りアパート 」の広告を発見したのが私のターニングポイントになりました! 「 家賃収入 」というキーワードがとても新鮮で魅力的でした。

「 そういえば、福岡支店の○○さんが転勤の間に自分のマンションのお部屋を賃貸に出して家賃収入が入ってくる話をしていたなぁ 」という話を思い出したら、自分にも可能性があるように感じました。

その頃、私は沖縄支店で働いていました。転勤辞令でどこへ行くのかわからない秘密のケンミンショーの人気コーナー「 辞令は突然に・・・ 」のような人生も楽しいと思います。

でも、私は、「 アパート経営の家賃収入で沖縄の楽園生活 」を手に入れたいと考えました。

■ 沖縄のアパートメーカーに転職して、沖縄人に

転勤生活を卒業するため、そして、興味を持ち始めた賃貸経営の知識を身に着けるために、私は2000年11月、求人募集広告を出していた大手アパートメーカーに転職しました。

仕事内容は、地主さんに土地活用の提案をしてアパート建築の契約をとる飛び込み営業です。企画設計から建築、入居者募集から建物管理、空室時の家賃保証まで、オーナーさんと二人三脚で賃貸経営をすすめていきます。


サラリーマン時代の社員旅行の記念写真

結果が出せない人は次々と辞めていく職場でしたが、私は前職のカウンセラー時代、悩み事の相談や迷っている方たちの話を聞き、背中を押してあげる仕事をしていたため、その経験が見事にハマリました。

高額歩合給で、年収は前職の5倍以上に。貯金もみるみる貯まっていきました。

地主さんからは、様々な質問を受けます。「 融資 」「 借入金不安 」「 家族の反対 」「 相続問題 」等です。適当な返事はできないので、建築知識や税制など本気で勉強しましたし、地主さんから学ぶことも多々ありました。

銀行とのお付き合いもこのときに覚えました。私が事業計画書を作成して、お客様に代わって打ち合わせをする事で、銀行からの融資基準や必要書類のポイントなども理解できるようになりました。

また、賃貸の担当者からは、「 決めやすい物件と、引越しシーズン以外には申込みがもらいにくい物件 」の違いを教えてもらい、人気物件を作り上げることが賃貸経営を安定させることだと理解しました。

■ 自社でアパートを新築してアパートオーナーに

そうやって賃貸経営に関するノウハウを身に着けた私は、念願のアパート経営を始めました。自社のアパートを新築したのです。

社員が自社で建築をして大家さんになったのは、沖縄エリアでは私が第一号でした。しかも、移住者の私が沖縄でアパートを建てたことは、当時ではかなり衝撃的だったようです。

その後は私の事例をきっかけに何名かが建築をしました。沖縄では歩合給が入るとスナックやキャバクラに使う人ばかりでしたが、私のような目標を決めて頭金を貯めることができる人は建てていました。

このことで思うのは、人は、自分の周囲の人から影響を受けるということです。会社の仲間たちは、毎日、アパートの営業をしながらも、「 アパート経営は、地主さんやお金持ちがやるもの 」と思いこんでいたため、自分で建てることなど、考えたことがなかったのです。

それが、「 土地を持たないサラリーマン 」である私が、オーナーになったことで、賃貸経営が「 他人事から自分事 」へと変わり、大家になる人が増えたのです。これは、どんなことにもいえるのではないでしょうか。

■ 人生の後半は自由に生きたいと思っていた

アパート経営を始めた動機は「 給与の他に安定した収入源を確保したい 」ということでした。自分が大家なら、地主さんへの営業トークに説得力が増すという思いもありました。

宅地建物取引士の資格も取得しましたが、それも、建築の知識がほしかったからです。それがいつしか、アパート経営の方が面白くなり、賃料収入だけで生活できるようになったので、専業大家を目指すようになりました。

もともと、大橋巨泉さんの本の影響で、人生の後半は自由に生きていきたいという思いもありましたし、妻も応援してくれました。

現在、私の所有する4棟の賃貸物件は、全て私自身が土地選びから設計企画、家賃設定、仲介会社の選定までを行ったものです。常時、満室経営を続けられているのは、この頃の経験をもとに、とことん自分のアイディアを盛り込んだからだと考えています。

こう書くと、サクセスストーリーのようですが、もちろん、失敗もしました。建売のアパートを買って埋まらなかったり、融資付けに苦労した経験もあります。そのほかにも、小さな失敗をあげたらきりがありません。

そんなことも含めて、次回からのコラムでは皆様に役立つようなお話をお伝えできればと思います。よろしくお願いします。


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健美家不動産投資コラム

プロフィール

■ 三浦弘人(みうらひろとさん)

miurasan

不動産賃貸業
沖縄在住

■ 経歴

□1966年
東京都江戸川区生まれ

□1991年
百貨店や電子部品商社など、転職を繰り返す中、25歳で大手かつらメーカーへ転職。
薄毛相談のカウンセラーを担当。

□1996年
2月に憧れの沖縄県へ転勤の辞令を受ける

□2000年(34才)
沖縄移住を決意。大手アパートメーカーに転職
仕事を通じて「空室を出さない賃貸経営術」を学ぶ

□2004年
社内で一括借上システムの審査部門へ配属。家賃設定を9年間担当
5000棟以上のアパート調査と商品企画の経験から満室経営の極意を習得する

早くセミリタイアしたい気持ちから福岡市の新築アパートを購入( 2棟16戸 )

退去後の空室が埋まらず、大幅な家賃下落を経験
土地勘のない地域での怖さを実感し、撤退して沖縄に専念することを決意

□2008年
沖縄の軍用地への投資を開始。複利で運用される魅力に気づき資産拡大へ
現在では嘉手納飛行場を約10000平米所有、軍用地収入は約1600万円



詳しくは「健美家ニュース」を参照

□2012年4月(45才)
サラリーマンを卒業、セミリタイア生活がスタート

詳しくは「大家列伝」を参照

□2013年
旅館業スタート

家賃の3倍以上儲かる非常識な方法を実践し、マスコミから脚光を浴びる
ノウハウを2016年に出版へ。じゃらんの売れた宿ランキング2位を獲得





詳しくは「その道のプロ」を参照

□2018年
土地購入から新築する手法で、開始から14年間常時満室を継続中
現在4棟68戸を所有。家賃収入約6500万円
(5棟49戸は売却。売却益は1億円以上)



旅館業の奮闘記や軍用地への投資術など個性的な投資方法のセミナー講師など、幅広い活動で全国を飛び回る

スイスのプライベートバンクへの口座開設やハワイ不動産投資など新しい試みにも挑戦中

■ 著書

満室の3倍儲かる非常識な投資法(ダイヤモンド社)


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