第2話のコラムで私が初めて購入した1棟ものRCマンションについてご紹介しました。このマンションは、飲食店舗( テナント )と単身向け住居が混在しており、受け取る家賃の比率はテナントが住居を上回っていました。
商業物件は不況の影響を受けやすく、空室リスクが高いと言われます。それゆえ、初心者には無謀じゃないの!? とコラム読者の方々から驚きの声をいただきました。確かに、無謀だったかもしれません。
実際に、テナントが退去したため、家賃収入を運営費用と返済が上回ってしまう、いわゆる赤字キャッシュフロー状態を1年近く経験しています。痛い目にあいました。
今、街ではコロナの影響で閉店してしまった飲食店や事務所を見かけます。そんな物件でも割安で売りに出れば、タイミング良く購入してみたい!という方もいるでしょう。そんな方の参考になれば嬉しいです。
■ 減り続ける通帳残高を見ながら、一人悩み続けた日々
私が初めて購入した物件のスペックは、以下のようなものでした。前述のとおり、テナントと住居が混在している中古のRC一棟物件です。
・築23年(当時)
・RC4階建10室( 飲食テナント3室+住居7室 )
・飲食店舗3室で50%以上の家賃を占める
・駅近だが、商圏の端っこ

一番大きなテナント部分には、焼き肉屋さんが入っていました。ことの発端は、購入直後におこなった浄化槽の法定水質検査にありました。
定期的に行うルーティンくらいの軽い気持ちで業者さんに検査依頼したのですが、蓋を開けたらエライことになっていたのです。浄化槽はおろか、つながる排水管や桝までドロドロに凝固して、水がほとんど流れない状態でした。
業者さんによると、1階の焼肉店から雑排水や汚水がデタラメに接続され、その上どういうわけか廃油まで混入していたため、凝固してしまったとのこと。
「 開店時の施工ミスじゃないですか? しばらく点検もされてなかったみたいだし、今まで何もなかったのが不思議なくらいです… 」と業者さんは呆れ顔です。
こうなると清掃などで簡易的に除去するのは不可能で、排水管や桝の交換が必要になるといいます。おまけに、浄化槽に酸素を送り込むブロワーも虫の息であることもわかりました。
提示された修繕の見積もりは200万円!事業用設備は修繕費が高額になることを、この時初めて意識することになります。いきなり商業物件の洗礼を浴びることになりました。
■ 百戦錬磨の社長と最大テナントの退去
この修繕費200万ですが、もし支払うと年間のキャッシュフローのほとんどが吹っ飛んでしまいます。支払って終わりというわけにはいきません。施工ミスの可能性が高いわけですし、その責任は取ってもらおうと、焼肉店に請求することにしました。
仕込み中の店長さんに伝えたところ、社長に決済をとるから1週間ほど欲しいという返事でした。「 分別がある店長さんで良かった。これで枕を高くして寝られる 」と安堵したのですが、1週間後に帰ってきた返答は、想定からだいぶ外れるものでした。
「 請求金額のうち50万円分のみ、非を認めて支払います。保証金( =敷金 )から差し引いてください。退去しますので 」
やってしまった…と思いました。時はリーマンショック不況の真最中。コロナ禍の今と同じように焼肉店はガラガラで、赤字の状況です。そこに舞い込んできた私の工事費用負担の話が撤退の決断を後押ししてしまったようです。
これは本当にまずいです。下表の家賃比率を見てください。

1階路面店( 101 )の焼肉屋さんの家賃は全体の31%をも締めています。仮に1階以外が全て埋まっても家賃収入は68万円にしかなりません。平均して78万円が費用・税金の支払いと返済に必要なので、毎月10万円以上赤字です。
しかし、もうどうにもなりません。相手は何店舗も運営する百戦錬磨の社長です。まるで赤子の手をひねるように、こちらが要求した費用負担に対して、隙のない反論をしてきました。
工事した時の細かい経緯がわからないことも手伝って、押し返すこともできないまま退去されてしまいました。私とテナントさんとの交渉は最悪の結果に終わったのです。
■ 次の入居テナントが見つからない・・・
退去の翌月からは、不動産投資を始めた自分を悔い、肩を落としながら通勤する日々の始まりです。帰宅してもため息ばかりついて、家族との会話も上の空だったと思います。
なんせ通帳記帳するたびに残高が減っていく訳ですから、普通の精神状態ではいられません。それでもなんとか自分を奮い立たせ、住居の空室でお世話になった賃貸仲介店舗に、テナント募集のお願い行脚を始めました。
この頃になると、広告料を高く設定することで入居を促進することができることを理解していました。住居と同じやり方で空き店舗も埋まるだろうと考えたのです。
ただ、実際はそんなに簡単にはいきませんでした。いざ賃貸仲介店舗に赴いてみたら、普段はヤル気満々の営業さんですら、自信なさげです。
「 住居だったら自信はありますが、店舗や事務所はちょっと… 」
「 この不況下で開業する人がいるなら、うちに紹介して欲しいくらいですよ… 」
のちに不動産会社に転職してから知ることになるのですが、店舗や事務所などの商業物件は法律( 免許 )や建物性能( 電気系統、排気、排水など )の知識が求められるため、誰でも対応できるわけではないのです。
その後も、都心にある商業物件専門仲介に営業をかけたり、ホームページで出店用地を募集している企業に片端から連絡したりしましたが、立地や面積を理由に体良く断られる日々が続きます。
結局努力が実ることはなく、空室のまま1年近くが経過した頃のことでした。突然、隣駅で開業しているクリニックのお医者様から申し込みが入ったのです。たまたま散歩しているときにシャッターに貼られたテナント募集の看板が目に止まったとのこと。
それでも契約した家賃は、焼肉屋さんの家賃から4万円も減額になりました。不況下で空洞化した商店街家賃の値引きラッシュに巻き込まれた格好です。一定の空室対策が有効な住居とは違い、不況下のテナントは為す術もなかったと言うのが当時初心者だった私の印象です。
■ 赤字キャッシュフローとトータル収支
何気なく貼ってあった看板に助けられ、1年近く続いた赤字キャッシュフローは解消されました。しかし、この期間中の現金支出は1千万に及びました。下の表は保有した5年間の現金収支の推移です。

クリニックの入居が決まった後は、なんとか単月収支( 青の折線 )を黒字に戻したものの、赤字キャッシュフロー期間中の累積赤字を取り戻すことはできませんでした。結局、保有5年間のトータル現金収支は100万円ほどマイナスのまま、売却することを決断します。
損をしたまま終わることも覚悟していましたが、運だけは良かったようです。この時、付近の不動産市況が高騰していました。購入した価格よりも1割以上高く売却することができ、残債が減っていたことも手伝って、大きく利益を残すことができました。
運よく市況が好転していなければ、今の私はなかったと言っても過言ではありません。
■ 商業物件を購入するときの教訓
商業物件はやめておけ、と言いたいのではありません。このコロナ禍で商業物件を購入したいかと問われたら、私は「はい」と答えます。あれから10年以上が経過し、ある程度の知識と経験を得た今、再び自分の力を試してみたいと思います。
当時の経験を踏まえて3つの教訓があります。
@その地域に精通し、テナントのニーズを見極めること
テナントさんの出店要件は人通りや看板の視認性など、とてもシビアです。街並みを長期間観察し、商業物件としてニーズがある立地なのか、その家賃相場、推移は妥当なのかを見極められるようにしていなければいけません。日頃からその地域を注視していることが購入の前提条件です。
A法律や建物性能について、理解を深めること
物件の床面積が大きい場合や重飲食、介護事業など法律及び建物性能に要件がある業種に貸す場合は、貸す側にも物件の正しい情報を提供する責任があります。知識と経験がある不動産管理会社と組むのも有効ですが、自分も積極的に学ぶ姿勢が大事です。
B十分な資金を確保しておくこと
商業物件は空室が長期化することがあります。また、漏水などの不慮の事故であってもテナントに損害を与えると、弁償や休業補償を求められることも。いざという時のために、十分な資金を確保しておくことが大切です。
日本経済が早くこのコロナ不況からV字回復して欲しいと思います。とはいえ、その過程で安く売りに出る商業物件もあるかもしれません。その時には十分準備して取り組みたいものですね。