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【前編】地方高利回り物件で家賃年収6500万円。「ぺんた」さんの一棟目の失敗とそれでも諦めなかった理由

不動産投資-大家列伝/ぺんたさん_画像


今回登場いただくのは、山口県宇部市で賃貸業を行うぺんたさんです。現在は家賃年収6,500万円で返済比率は35%という堅実な不動産経営を行うぺんたさんですが、一棟目に買ったアパートは持ち出しが発生する失敗物件でした。
それでもぺんたさんがアパート経営を諦めなかったのは、発達障害の息子さんの為という強い動機があったからです。前編の今日は、幾つものハードルを乗り越え、現在の地方高利回り投資という成功パターンに辿りつくまでのぺんたさんの道のりを紹介します。


■ 発達障害の息子のために始めたファミリービジネスとしての不動産投資

華子
自己紹介をお願いします。


ぺんたさん
山口県宇部市で不動産賃貸業をしているぺんたといいます。現在の所有物件は12棟・138室で、満室時の家賃年収は6,500万円程。借入れは約3億4,000万円で、返済比率は35%くらいです。4年前にサラリーマンを卒業し、今はリフォームに精を出す毎日です。

華子
不動産投資を始めたきっかけを教えてください。


ぺんたさん
我が家には二人の息子がいるのですが、今19才の長男が3才の時に、発達障害があることがわかりました。3才になっても言葉を話さず、黙々とミニカーを並べ続ける様子を見て、専門機関に連れて行くと、高機能自閉症と診断されたんです。

すぐに療育を始めると同時に、妻と話し合い、「 この子が20才になるまでにファミリービジネスを作ろう 」と決めました。成人しても働き場所がないときの受け皿にするつもりでした。その少し後で『 金持ち父さん・貧乏父さん 』を読み、ファミリービジネスの準備として不動産投資を始めることにしたんです。

華子
そんな事情があったんですね。最初の物件を買ったのはいつですか?


ぺんたさん
妻との話し合いから4年後の2004年に、千葉の九十九里にある2DK×6戸のアパートを1,600万円で購入しました。ただ、この物件は失敗でした。利回りは17%強と高かったものの、駐車場がなかったため空室が埋まらず、所有していた間、一度も満室になったことがないんです。

融資は地銀でフルローンがついたのですが、期間が9年だったため、返済比率は7割以上に。家賃収入で足りないローンの支払い分を給料から毎月、補填していました。結局、このアパートは3年後に買値と同じ価格で売却しました。かろうじて、持っていた間の収入分がプラスになったのは救いでした。


駐車場がないために入居付けに苦労した1棟目のアパート

華子
駐車場がなくて空室も多い物件が、買値と同じ価格で売れたのはラッキーでしたね。


ぺんたさん
実は、駐車場がないままでは売れないかもと思い、売りに出す前に近くの畑や空き地を買って、駐車場つきの物件にしていたんです。今思うと、そこから頑張れば満室になったのかもしれませんが、その時はメンタルが弱っていて、運営を続ける気にはなりませんでした。

当時は今のように情報もなく、どう努力すればいいのかわからなかったので、手放せたときはホッとしました。物件を買った翌年に、福岡に引っ越すことになったのも持ち続けられなかった要因の一つです。

■ 義両親の介護のために仕事を辞めて福岡へ

華子
福岡に引っ越したのは転勤が理由ですか?


ぺんたさん
いえ、介護のためです。福岡に住んでいた義父がALS( 筋萎縮性側索硬化症 )という難病にかかり、介護をしていた義母まで体調を崩してしまったため、義両親2人と長男を一カ所でまとめてケアするために、家族で引っ越しました。

この時、20年近く勤めていたメーカーを退職しました。当時38才で非常にやりがいのあるポジションに内定したばかりだったので、キャリアを中断するか、家族の生命を優先するかで非常に悩んだことを覚えています。

華子
働き盛りの時期に、思い切った決断をされましたね。


ぺんたさん
はい。ALSは非常に重い病気で、当時はどこの施設も受け入れてくれませんでした。だからといって、妻と子供だけを行かせれば、妻の負担が大きくなりすぎると思いました。

手前味噌ですが、この時、家内の両親をケアするために私が会社を辞めたこと、長男の早期療育に私がかなり関与したことに、妻は恩義を感じてくれているようです。私の自由な生き方を妻が受け入れてくれるのも、このときの影響があるように思います。

華子
この時点では、不動産投資で儲かるどころか、毎月、収支はマイナスです。退職されて、復職するまでの生活費はどうされたのですか?


ぺんたさん
退職金を生活費にあて、引っ越してしばらくは、義父の介護体制と長男の療育体制を作ることに専念しました。幸い、介護ボランティアの方に恵まれ、長男も近所の大学にお世話になることができたため、半年後には福岡の某球団に就職することができました。

■ 現金買いに方針を変えるも、スピードの遅さから再び融資を使った一棟物へ

華子
ご家族のために購入した一棟目のアパートが失敗で終わってしまったのはショックだったのでは?


ぺんたさん
ショックでした。ただ、目標があるのであきらめるわけにはいきません。そこで次は方向を変えて、2008年以降にファミリータイプの区分マンションと、戸建2棟を現金で購入しました。どちらもすぐに入居者が決まり、ファミリー区分や戸建の埋まりやすさを実感しました。

ただ、「 小さく始めて大きく育てよう 」と思って買ってみたものの、運用してみるとローンを使わない投資は、あまりにもスピードが遅い。そのため、やはり融資を活用して、一棟物で規模を拡大していこうと考えを改めました。

この頃、家族の問題も落ち着いたので、単身で東京に「 出稼ぎ 」に戻りました。転職エージェントに「 傾いた事業を再生する仕事がしたい 」と伝えて、経営状態の悪い事業を立て直して次に移るという仕事を2〜3年のスパンで行いました。

華子
やりがいのありそうな仕事ですね。ダメな企業ってどうしてダメになるんでしょうか?


ぺんたさん
どの会社も、社長が部下にナンセンスな指示を出して、社内の士気を下げていました。例えば、ある介護系企業の社長は、入居者を営業の人海戦術で集めることにこだわり、私が広告で見込み客を探し施設の入居率を上げたことに対し、「 金で人を集めるのか! 」と怒っていました。

また、最後に勤めた結婚式場の社長は、「 一軒一軒戸別訪問して結婚式をあげる人を見つけてこい 」と数名しかいない営業スタッフに命令し、私が合理的な方法を提案すると不機嫌になりました。トップの考えひとつで経営状態が大きく変わります。この時の経験は不動産投資にも生きています。

■ 難アリの一棟物件を安く買い、競合に勝てる物件として再生

華子
なるほど。大きな会社が社長一人で傾いたり蘇ったりするのですから、それよりも規模が小さいアパートは大家の力でどうにでも変わりそうですね。ところで、一棟物はいつから買い始めたのでしょう?


ぺんたさん
2012年からです。この頃になると、最初のアパートを買った頃と違い、書籍やセミナーでノウハウを学べたので、自分なりに研究した結果、「 難アリ物件を安く買って再生する手法 」を実践することにしました。この時の目標は、月のキャッシュフロー100万円です。

最初に買ったのは、福岡県の人口3万人の町にある2LDK×8戸の中古木造アパートです。相続案件で管理状態が悪く、3分の1しか埋まっていなかったため、価格は1,150万円と格安でした。周囲は見渡す限り田んぼで、家賃も2LDKで3.5万円という場所なので、大きな指値が通ったんです。




2LDK×5戸と倉庫が3戸の福岡では初のアパート。上が購入時で下が塗装後

華子
融資はどうしたのですか?


ぺんたさん
2008年に現金で買った区分マンションと戸建1棟を共同担保に入れて、ノンバンクで25年の融資を引きました。この物件は、購入後に外壁塗装をして、内装もきれいに修繕したところ、半年で満室になりました。

同じエリアにある築年数と間取りが近い競合物件を調べ、テレビドアホンなど、ライバル物件にあって、うちの物件にないものを導入したのも効いたと思います。

ただ、後になって、ノンバンクに共同担保物件を押さえられてしまうと規模拡大の足かせになると気付いたため、欲しいとおっしゃる方が現れたタイミングで売却しました。

華子
そうやってライバル物件に負けない物件を作り、満室にしたのですね。


ぺんたさん
はい。この物件を再生できたことで、ある程度手をかけて、競合に負けない物件を作ればイケるという手応えを感じました。そして、2013年に岐阜県恵那市に、3DKが16戸で4000万円、利回りが24%という中古RCマンションを買ったあと、サラリーマンを卒業しました。

専業大家になったのは、セルフリフォームで資金の流出を抑えながら、物件再生をしようと思ったからです。2014年のお正月に、不動産賃貸業者として起業をしました。この時点では、本格的に拡大路線でいくことを決めていました。


華子の編集後記
ぺんたさんのお話を聞き、「神様はその人が乗り越えられる苦労しか与えない」という言葉を思い出しました。常に家族のため、そして自分のためにその時のベストを尽くそうとするぺんたさんに、人としての度量、強さというものを見せてもらった気がします。明日の後編は、市場価格が高騰した近年も超高利回り物件を買い続けるぺんたさんの物件の購入基準や融資付けなど、さらに深いお話を伺います。お楽しみに。


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健美家不動産投資コラム

プロフィール

■ ぺんたさん



不動産賃貸業
平日は物件のある山口県、週末は家族のいる福岡県在住
家族は妻と二人の息子
ブログ「ぺんたの地方不動産投資日記」

■経歴

□1966年
福岡県北九州市で誕生

□1989年
大阪大学人間科学部卒業
東京の大手電気メーカーに就職

□2000年
3才の長男に発達障害があることがわかり、妻と「この子が20才になるまでにファミリービジネスを作っておこう」と決める

□2005年
義両親の介護のために長年勤めた会社を退社し、福岡へ
退職金で生活しながら、義両親の介護と長男の療育の体制を整える
引っ越しから約半年後に、福岡市内の球団に就職する

□2009年
福岡の球団を辞め、東京に単身赴任
2〜3年のペースで会社を変わりながら不振事業を再生する

□2014年
不動産賃貸業で起業(サラリーマンを卒業)

□2015年
物件のある山口県宇部市と家族の住む福岡の二重生活を始める

■不動産投資の経歴

□2000年
『金持ち父さん・貧乏父さん』を読み、不動産投資に興味を持つ

□2004年
千葉県九十九里に中古アパートを購入するも空室が続き、持ち出し状態に

□2007年
千葉県九十九里のアパートを売却

□2008年〜
福岡の区分マンションを現金で購入
福岡の中古戸建を現金で購入
千葉県山武市の中古戸建を現金で購入

□2012年
福岡市内に2LDK×8戸で1150万円の中古木造アパートを購入(利回り29%)

□2013年
岐阜県恵那市に3DK×16戸で4000万円の中古RCマンションを購入(利回り24%)

□2014年
不動産賃貸業で起業(サラリーマンを卒業)

岐阜県恵那市に3DK×12戸の中古S造マンションを購入(利回り21%)

三重県松阪市に1R×40戸で1億円の中古RCマンションを購入(利回り17%)

□2015年
山口県宇部市に中古S造アパ―トを購入(利回り27%)
平日は宇部市、週末は福岡という二重生活がスタート

□2016年
山口県宇部市で物件を買い進める
恵那市の2棟のマンションと松阪のマンションを売却し、多額のキャピタルゲインを得る

□2017年
10月時点で宇部市内に6棟の物件を購入(利回りは9%〜57%)

所有物件は12棟・138室、満室時の家賃年収は6500万円程
借入れは約3億4000万円(返済比率35%)

■ ユニークな入居者さんベスト3

□第1位、はだかさん

アパート敷地内を全裸で徘徊しているところを目撃して、半年前予告で契約を打ち切ることにしましたがそれより先に夜逃げされました。空の部屋は廃墟のように傷んでいました。

□第2位、レレレのおじさん

落ち葉がすごくたくさん落ちてくるアパートで、「身体がなまるんでやってあげるよ」といつも掃き掃除をしてくれるありがたいおじさん。その姿がレレレのおじさんに似ていることから内々でこう呼んでいます。

□第3位、凶暴なアミちゃん

E-girlsのAmiちゃんのような金髪で少しヤンキーっぽい女性入居者さん。しばらくたったら黒髪の清楚系に変身していました。話してみるとすごく素直ないい子で、ぜんぜん凶暴ではありませんでした(笑)

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