ワケあり住人が住む風呂ナシの築45年アパート…。今回の大家列伝に登場いただく加藤隆さんは、そんな物件を低コストでリフォームし、投資利回り40%超のゲストハウスへと生まれ変わらせました。大家になる前は自動車メーカーの会社員だったという加藤さんに、ゲストハウスを始めた経緯や運営方法などをお聞きしました。
華子
大家業を始めた経緯を教えてください。
加藤隆さん
母は大家でしたが私は関心がなく、4年前まで、自動車会社で海外向けの技術指導の仕事をしていました。ところが、若手に機会を与えるという会社の方針により55歳頃から仕事が減りはじめました。いわゆる窓際族の一歩手前です。
あるとき、出張でイランへ行くと、空港にいるはずの迎えがおらず、会社が私の出張を把握していなかったことがわかりました。
他の国なら自分でタクシーを拾ってホテルに行けますが、このときは国情により現地パートナーが手配している非公開の宿泊所に泊まることになっていました。
迎えが来ないとそこに行けない上、事前にこの国の仕様の携帯電話を手配できなかったため、連絡を取ることもできない。
たまたま、空港に他の客を迎えに来ていたタクシーの運転手を捕まえ、近場のホテルまで行って日本に電話をしましたが、このときは本当に不安でした。
2週間の出張中、「 定年までこんな状態で働いてハッピーか? 」と考え、帰国後に募集中だった早期退職に名乗りを挙げました。そのとき、56歳でした。大家になる気はなく、退社後は、技術指導のコンサルティング業ができればと考えていました。
ところが、退職を決めた翌日、父から相続して私が所有者になっていた借地の借主から、「 上物のアパートごと、借地権を買ってほしい 」と連絡があったんです。同時期に母が体調を崩したため、私が借地のアパートと母のアパートの両方を引き継ぐことになりました。それが、大家になったきっかけです。
華子
引き継いだアパートはどんな状況でしたか?
加藤隆さん
いやー、ひどかったですね。とくに母のアパートは父が亡くなった8年前からリフォームをしたことがない状態。9部屋中3室しか入居者がおらず、1人は8カ月も家賃を滞納していました。借地のアパートも築30年を超え、3室中2室が空室でした。
本当は壊したかったのですが法的にややこしい問題があったため、既存の建物を活かすことにしました。その頃はたくさんの本を読んで勉強しましたね。
父の土地を相続したあと、土地活用の勉強会に参加していましたし、ファイナンシャルプランナーの資格も持っていたので、わりあいに理解はスムーズでした。その後、賃貸経営コンサルティングマスター( 大家検定の講師資格 )の資格を取得しました。勉強は嫌いじゃないんです( 笑 )
華子
勉強の結果、どんな方針が決まったのでしょうか?
加藤隆さん
外国人向けのゲストハウスへ転用することにしました。浦田健さんの本に、外国人向け物件は常に不足している上、外国人は追い出されると行くところがないので、家賃の支払いもキッチリしていると書いてあったのです。実際、母のアパートでも唯一滞納がなかったのはモンゴルからの留学生でした。
それと、会社員時代に、南アフリカのシェアハウスに宿泊したことがあり、そのときのオーナーがとても親切だったので、自分もそうなれたらいいな、と。仕事で外国人と接する機会も多かったので、楽しみながらできそうと思ったのも理由のひとつです。
その後、エクセルを使って事業計画を練り、やるべきことを明確にしました。リノベーション案はイラストで業者さんにイメージを伝えました。英語の通じない国で仕事をするときには、いつも絵を描いていたのですが、その経験が大家業でも役立ちましたね。
華子
ゲストハウスへの転用はどのような手順でおこなったのですか?
加藤隆さん
まずは、母のアパートの入居者へ退去のお願いです。モンゴル人留学生は留学生寮、もう一人は近所のアパートに転居してもらいました。8カ月滞納していた40代の男性は、滞納が心の負担になっていたのか、自主的に出て行きました。餞別に渡した1万円を持ち、大晦日の夜に自転車に荷物を乗せて・・・。せつなかったですよ。でも、家賃を払わない入居者は、お客様ではありません。仕方ないですね。
退去後は、部屋をひとつ潰して共同シャワーとキッチン、ダイニングテーブルを入れました。あとは、古くても清潔感が出るように、一通りリフォームをしました。ネットショップやニトリで買った安い部材や家具を使ったので、普通に工事を頼むよりもかなり節約できたと思います。
このあと、「 サクラハウス 」という外国人向け物件を専門に扱う会社に集客と管理を依頼したところ、2週間で満室になりました。サクラハウスには家賃の2割を管理費として収めていますが、8カ国語に対応してくれるスタッフがいて、重宝しています。
そして経営が軌道に乗った2年後には、築50年近い実家の2階も賃貸向けに作り変えました。もともとは2世帯住宅で、1世帯分がまるまる空いていたものです。この建物はペンキを塗ったりして、ほぼ自分の手でリフォームしました。
華子
狙いが的中したのですね。
加藤隆さん
そうですね。2万5,000円で空室だらけだったアパートが、6万5,000円で満室ですから。工事費は約1,000万円で、初年度のキャッシュフローは420万円。投資利回りは42%になります。板橋区内の駅から徒歩12分の場所なので、日本人向けならもっと苦戦したでしょう。
ただ、今年は地震と原発事故の影響で、一時期は外国人向けの12部屋中11部屋が空室になりました。もし、ローンがあったら大変なことです。先日、半年振りに満室になりホッとしましたが、円高も続いていますから気は抜けません。
最近は、大家さん向けの空室対策や、古いアパートの活用法についてのコンサルティング業も忙しくなってきました。考えてみると、会社員時代も改善コンサルティングを担当していたので、やっていることは同じです。
「 人に何かを教えることで、喜んでもらいたい 」という思いは共通。人生に無駄なことはありませんね。
華子
最後に、大家になってみての感想をお願いします。
加藤隆さん
私はとくに大家業が好きとか、DIYが趣味というわけではありません。ただ、縁があり大家になった以上、入居者さんに喜んでもらいたいし、利益も上げたい。そのために、できることをやってきました。
思い起こすと、自分のやりたい事ができたのは家族、特に妻の協力があったからこそです。その感謝も込めて週に一度は「 夫婦で遊ぶ日 」、月に一度は「 夫婦で泊まる日 」も作っています。
まあ、実際には忙しくて予定通りに出かけられないこともありますが・・・。
人生はいかに楽しむかが大切。ゲストハウスの運営、他の大家さんの手伝い、それに講師の仕事や取材がときどき入る今の生活は、ちょうどいいペースだと思っています。
これは、会社員時代にはできなかったことです。このインタビューを読むサラリーマン大家さんにも、是非退職後の夢を持って大家業を楽しんでほしいと思います。
所有する土地の活用を優先するため、今後、物件を増やす予定はありません。
もし、ボロアパートをお持ちで困っている方がいたら、相談に乗ります。先日も、古いアパートをシェアハウスに変えるお手伝いをしましたが、私自身もとても楽しかったです( 笑 )
華子の編集後記
お世辞にもオシャレとは言えない加藤さんの物件( 加藤さん、すみません! )しかし、住んでいる方は皆さん、笑顔です。聞けば、大学教授などのインテリ層も多いとか。外国人向けの賃貸経営は大変そうと思っていましたが、やり方しだいなのですね。ちなみに加藤さんは料理もお上手で、華子も物件を訪問した際に手作りパンをいただきました。この素晴らしいサービス精神、リピーターや紹介で入居される方が多いというのも納得という感じです。