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初期に規模拡大に向けて注意したことー2棟目アパート購入の経緯などー

極東船長さん_画像 第17話

前回に続き、オイラが2棟目に購入した中古アパートの話の続きです。

■ 1棟目の反省を生かして選んだ2棟目の特徴

2棟目は、平成10年に1棟目を仲介してくれた担当者から紹介されて購入しました。レ○パレ○の家賃保証がついていて、確定利回りは12%の築10年の木造1K×14室の物件でした。

前のコラムにも書いたとおり、2棟目は当時、潰れそうだった第三者割当増資も引き受けたM社( のちに社名変更したL社 )の不良在庫処理物件でした。

平成元年の新築時はバブルですから、価格は8,000万〜9,000万円くらいで、保証家賃が年額588万円。利回りは6%〜7%で販売していたと記憶しています。

それが、オイラが購入した築10年の時点では、家賃保証が付いて、売出価格が12%の利回りまで値下がりしていました。

1棟目の時に、「 過去最低水準の金利 」と銀行員に言われたのが、「 10年固定4.75% 」。2棟目の時にも、「 金利水準は過去最低です 」と同じような説明を受けました。今度は団信付きの「 10年固定3.75% 」でした。

この頃は定型アパートローンでは金利交渉などできないと思っていましたので、素直に受け入れて借入をしました。

この2棟目を購入するにあたっては、一棟目の反省が生きました。というのも、1棟目は地下鉄徒歩5分の表記なのですが、実際にはホームから一番遠い出口からの「 徒歩5分 」で、なおかつアパートまでの途中に中央分離帯もある片側3車線( 合計6車線 )の道路があったのです。

地下鉄出口からアパートまでの順路には、コンビニスーパーもなかったので、少し古くなると入居付けに苦労しました。

そのため、2棟目は人気地下鉄の駅から徒歩4分、出口はスーパー直結、アパートまでの道中にコンビニや商業施設が豊富な立地だったこの物件を選びました。将来的に建て替えも充分考えられると判断したのです。

■ 青色申告特別控除と専従者支払いで節税を行う

購入した理由はもう一つあります。オイラは平成10年当時、ある大手企業の委託を受けた「 委託員 」という立場で働いていました。職業分類上は「 自由業 」でしたので、毎年3月になると自分で申告書を作成して白色申告していました。

ただ、ずっと白色申告では将来的に銀行の信頼は得られないだろうと思い、「 早く税務上の事業規模( 5棟または10室 )にして青色申告特別控除を受けたい 」と思っていたのです。その意味でも、この物件を買えれば良いなと考えました。

実はその前にすでに、1棟8室と区分2つを持っており、青色申告の基準に達していたのですが、複式簿記が面倒で、決断できずにいました。

しかし、この物件の購入を機に、会計ソフトも購入して、青色申告の届け出をすることを決意。同時に妻を専従者にして103万を支払うことも決め、多少の節税も行いました。

チマチマ節税などするようでは大きくなれないと以前書きましたが、大きく跳ねるまえに一度屈み込みをする場面では、自己資金を増やさなければなりません。このタイミングでは、積極的に「 お金の出ていかない節税 」はすべきです。

この頃は、将来の融資を受けやすくするため、赤字申告にならないことも考えていました。また、利益が出やすいように「 減価償却期間をなるべく長期 」にすることにも努めました。( 税務署に出向いて償却期間を短くするのはダメだけど長くするのはOKと聞いたからです)。

青色申告特別控除と専従者支払いをしていたことで、2棟目購入から、平成16年に3棟目を取得するまでの間は、ほんの少しの黒字程度という内容で申告をしていました。

白色申告を5年、青色申告を10年、自分で記帳し、決算書を作成して申告した経験が、その後、法人を立ち上げて不動産投資をする上で随分と役に立ちました。( ただし、最初から優秀な税理士さんとタッグを組む方が拡大スピードは速くなるので、判断は人それぞれだと思います )。

■ 3年後に家賃保証が打ち切りになり、14室中13室が空室に

ところが、2棟目を買ってからも順風満帆とはいきませんでした。多少の指値をして13、2%まで利回りが上がりましたが、毎月7万ほどしか残りません。

さらには、購入から5年後に家賃保証額を月額で10%切り下げられ、さらにその3年後の平成17年には、14世帯中13世帯空室で家賃保証を打ち切られました。( 所謂家賃保証が30年も続くことは幻想ですね )。

このときは焦りましたが、ローンも2年残っていたので、それまでの経験や実践をした事を駆使して必死で満室にしました。

近隣業者回り、管理会社変更と募集条件のすり合わせ、ロフト付きの部屋にシーリングファンを取り付ける、ココア色のデザインクロスを天井に貼る( 当時はカラークロスは珍しかった )、壁に稼働棚をつける、古めかしいCFをおしゃれなテラコッタ調に張り替える・・・。

当時はこのような取り組みはまだ珍しく、特に安い家賃帯の物件ではレアだったので、若い女性に効果がありました。事実、募集した13室のうち10室は女性が入りました。

さらに、募集開始1カ月目は広告費2カ月分、募集2カ月目には広告費を3カ月分へとアップ。結局、家賃保証が外れ、ほぼ全空状態になってから、3か月弱で満室にすることができました。

それから2年後にはローンを完済し、その後の2年で正味600万ほどが2人の子供たちの大学費用になりました。この時点でオイラの当初計画した子供の学費を捻出する目的は達成したことになります。

実は、オイラは売った後もたまに、売却した物件を見て回ることがあります。今年になってこの物件を見てきましたが、管理会社はその後3社も変更されていて、ポストをみると14室中7部屋しか入居していないようでした。清掃状態もよくありませんでした。

間取りは1Kですが、バス・トイレ別で立地も良いので、工夫次第で埋まる物件なのですが・・・。

ただし、オイラが売ったときの買主さんは現金で買っていましたし、現在の価値でいけば、売った値段はほぼ土地値ですから、放置プレイをしている可能性も否定はできません。

■ 青色申告特別控除と専従者支払いで節税を行う

さて、私事ですがコラムを書いている途中で58才を迎えました。2番目の叔父がこの年で亡くなっているので、一つ乗り越えた感じです。誕生日はマーチンこと鈴木雅之さんのコンサートを見に行くことができました 。

マーチンは9月で60歳の還暦を迎えると話してくれましたが、パワフルで歌が上手く、男の色気がある人で、こんなカッコいい60歳になれるようオイラも頑張ろうと思わせてくれました。もちろんコンサート自体も超絶良かったです。

彼はソロになって今年がソロ30年の節目だそうです。その積み重ねてきたキャリア・磨いた歌声やテクニック・持っているレパートリーや選曲も素晴らしいものでした。そのマーチンがソロになって二つ心に決めたことがあるとステージで話されていました。

・一つ目はラブソング・バラードの歌えるシンガーになること。
・二つ目はシンガーソングライターの楽曲を自分色に染めて歌うことができるようになること。


その二つのビジョンがあったからこそ、ここまでのボーカルリストになれたんだと感じました。

不動産投資も長期ビジョンをもって、時間をかけることを厭わずやりましょう。目標が到達できた時には人生の醍醐味として、それまでの経験やつむいできたご縁を味わうことができるようになります。

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健美家不動産投資コラム

プロフィール

■ 極東船長さん(きょくとうせんちょう)

極東船長さん

船長のブログ
極東船長の子供たちに伝えたいこと徒然

北海道の東の町在住
10棟300室の大家

■ 経歴

□1958年、北海道生まれ

高校卒業後、家業である漁業を継ぎ乗船、24歳から船長になる

□1993年(35才)
船の転覆を機に陸の仕事に就く。
収入が激減し、投資の勉強を開始。

□1995年(37才)
1棟目、札幌市内の中古APを購入(1DK×8戸、築5年)⇒売却

□1998年(40才)
2棟目、札幌市内の中古APを購入(1K×14戸、築10年)⇒売却

□2004年(46才)
3棟目、新築APを札幌市内に建てる(1DK×15戸、土地から取得して新築)⇒売却

□2005年(47才)
4棟目、苫小牧市内の中古APを購入(1DK×10戸、築7年)⇒売却

□2005年(47才)
5棟目、苫小牧市内の中古APを購入(1K2戸×2DK×4戸、築10年)⇒売却

□2006年(48才)
6棟目、札幌市内に新築APを建てる(1LDK×8室、新築)

□2007年(49才)
7棟目、道東某市内に中古APを購入(1DK×12室、築3年)

□2007年(49才)
8棟目、道東某市内に中古APを購入(1DK×20室、築4年)

他にも都内区分、中国区分、苫小牧の中古AP等、様々な物件の売買を続けながら、徐々に規模を拡大。

□2009〜2017年(51〜59才)
札幌市中央区にRCマンション11棟を新築(うち3棟売却済)

□2018年(60才)
所有物件は個人と法人合わせて20棟450室

家賃年収は4億強、諸経費控除後の税引き前CFは1億強、税引き後CFで8千万円

※物件は常に売買しているため、タイミングによって変わります。

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