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1棟目で実感。シミュレーション通りに行かない賃貸経営の実際

極東船長さん_画像 第4話

1棟目を購入した時の話の続きです。初めての借入れは銀行の担当さんに言われるままの条件を受け入れました。当然ですが、当時のオイラには借り入れ交渉のスキルもありませんでした。決済の日に、今はなき某都市銀の支店長に言われた言葉を思い出します。

「 まあ、うちの( 当行 )を使ってアパート経営で上手くお儲けなさい・・ 」

貸してやっていると言わんばかりの高いところからの居丈高な言葉を、今でもはっきりと覚えています。いつか銀行から「 借りて下さい 」と言わせてやるぞと、その時に思ったものです。( しかし、それから5年経たずしてその銀行は破綻しました。諸行無常ですね )。

当時の私は、ウィンドウズ95パソコンにバンドルされていたエクセルを使って、何とか四則計算ができるというレベルでした。言い換えれば、それがオイラの唯一の武器のようなものでした。

最低限のシミュレーションはできたので、「 入居率が85%でも資金ショートはしない 」との確信を持ち、一棟目の購入を決めたのですが、実際には家賃の下落率を甘く見ていてシミュレーションどおりの結果は得られませんでした。

■ 時代背景が面白くない不動産投資にさせた

ちなみに、当時のエクセルで管理していた家賃表を調べましたら、満室想定で年収が480万のところ、以下のようになっていました。

平成 7年、193万( 築5年半で取得し、家賃5カ月分 )
平成 8年、459万( 築6年目は安定)
平成 9年、460万( 築7年目もそれなりに安定 )
平成10年、411万( 築8年目に大幅な退去が発生 )
平成11年 461万( 築9年目、頑張って入居付けし家賃が回復 )
平成12年、443万( 築10年目は入れ替え時の家賃がダウン )
平成13年、408万( 築11年目入れ替えのたびに家賃がダウン )
平成14年、409万( 築12年目退去が少なく前年程度の家賃 )
平成15年、334万( 築13年目家賃の下落・空室率が急激に悪化 )
平成16年、372万( 遠隔自主管理の限界を感じて管理会社に委託 )
(この時点で購入時の80%以下まで家賃が下落した)

おまけに、購入当初は不要だった「 広告料 」という代物も5年経たずに出てきたので、全く予想とはかけ離れた運営結果になりました。金利も当時10年間固定で4.5%の金利は安いかなと思えるレベルでしたので、今の状況からは信じられません。

それでも、家業で設備資金を借り入れた際に金利が8%以上だったという記憶があったため、4%台でも借入れした当初は安く感じたものでした( 過去の体験した記憶が良い場合もあれば悪い場合もあるものです )。

それ以降、金利はどんどん下がったのですが、この「10年固定」を変動金利に変えるにはかなりの違約金が発生するため、なかなか金利が下げられず、その後も経営の足を引っ張りました。

仮にですが現在の2%程度の金利で借り入れできていれば、手残りのキャッシュフローは年額で150万程度となり、5千万弱の物件に対しての投資としては特別に悪い案件だったわけではありません。時代背景が面白くない不動産投資にさせたということです。

また、当時はメールなどもなく、退去の知らせやトラブルの知らせは私が昼の仕事を終えた夕方頃にかかってくる不動産会社からの電話やファックスで届きました。入居などの良い知らせはファックスで、退去などの悪い知らせは電話で連絡が来ました。

それも、自宅で晩御飯を食べている時に限って電話が来るので、食事中に電話が鳴る度にずいぶんと嫌な気持ちになったなあと記憶しています( 笑 )。

なにせ、自分一人で決めて始めた不動産賃貸業です。妻にも当時は相談しませんでしたし、今思い出しても、周りに不動産の相談を出来る人がいないのは随分と辛く、不安なものでした。

もちろん仲介してくれた不動産のプロの業者さんには何度か相談しましたが、私の納得できる答えはなかなかいただけませんでした( 後で不動産仲介のプロとプロの投資家の考え方は違うものだと理解しましたが )。

■ 一棟目の収穫は何よりも自分のメンタルが鍛えられたこと

始めた当時は今日のような大家の集まりもなく、成功しているメンターを探す事も難しい時代でした。( 平成16年頃にブログを始めてから友達もでき、その後オイラの状況は色々と好転しました、またその頃に沢さん・藤山さんの本に出合い、大変参考になりました )。

地元で大家業をされて成功していた方に相談に行った事もありましたが、「 アパート経営なんて借金してやる仕事ではない、土地持ってないでやったって儲からないぞ 」と冷たく言われる始末でした。

この最初の物件は取得するのに自己資金を総額の30%に当たる1,500万も入れたのに、当時のアパートローン( パッケージローンですが )の基準では( 当時は融資の知識がないため )木造耐用年数22年から5年を引いた17年ローンしか組めませんでした。

所有している間のキャッシュフローは満室時でさえ年額で60万〜80万でした。返済を14年過ぎた頃に2,600万で物件を売却し、ローン残債が600万強ほどでしたのでおよそ1,900万が残りました。

14年あまりの時間に対してのリターンがトータルで700万は決して多くありませんが、ある程度の事を学ぶ事が出来ましたし、不動産投資の先生のいない時分には本当に必要な経験だったと思います。

また、購入時から8年程度、遠隔地から自主管理をしましたので、滞納・督促・内容証明郵便・夜逃げや、原状回復にかかる訴訟などの経験を積むことができました。

・過剰なリフォームは家賃に転嫁できない事
・やや弱い立地・ありふれた間取りは築10年を超えて入居付けに苦労する事
・リフォーム代金の相場を知らないと危ない事( 水増しを見抜けなかった )
・人との信頼関係が一番大切である事


など、反省も含めて次に繋がることをこの物件で一通り学ぶ事ができました。何よりも自分自身のメンタルが相当鍛えられたように思います。

■ 賃貸不動産のオーナーになれたという最初の喜びを忘れない

今も常に目の前に壁があって、それにチャレンジしては挫折したり乗り越えたりの繰り返しをしていますが、メンタルについてはこのコラムでは一貫したテーマにしたいと思います。

何はともあれ、決済後、しばくして司法書士先生から送られてきた自分の名前が載っている登記簿謄本を見たときには、「 ついにオイラも賃貸不動産のオーナーになったんだ!! 」と感慨深いものがあったと記憶しています( 笑 )。

そして、決済後に銀行通帳を記帳された時に響くATMの心地よい音・・・( よく調べたらいきなり滞納がありましたが )。

当時の心情のすべてを思い出せませんが、海図もレーダーもない五里霧中で不安な状況ながらも、未来の大漁漁場に希望を持ちながらワクワクした気持ちでのコンパス一つでの不動産賃貸業の船出でした。


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健美家不動産投資コラム

プロフィール

■ 極東船長さん(きょくとうせんちょう)

極東船長さん

船長のブログ
極東船長の子供たちに伝えたいこと徒然

北海道の東の町在住
10棟300室の大家

■ 経歴

□1958年、北海道生まれ

高校卒業後、家業である漁業を継ぎ乗船、24歳から船長になる

□1993年(35才)
船の転覆を機に陸の仕事に就く。
収入が激減し、投資の勉強を開始。

□1995年(37才)
1棟目、札幌市内の中古APを購入(1DK×8戸、築5年)⇒売却

□1998年(40才)
2棟目、札幌市内の中古APを購入(1K×14戸、築10年)⇒売却

□2004年(46才)
3棟目、新築APを札幌市内に建てる(1DK×15戸、土地から取得して新築)⇒売却

□2005年(47才)
4棟目、苫小牧市内の中古APを購入(1DK×10戸、築7年)⇒売却

□2005年(47才)
5棟目、苫小牧市内の中古APを購入(1K2戸×2DK×4戸、築10年)⇒売却

□2006年(48才)
6棟目、札幌市内に新築APを建てる(1LDK×8室、新築)

□2007年(49才)
7棟目、道東某市内に中古APを購入(1DK×12室、築3年)

□2007年(49才)
8棟目、道東某市内に中古APを購入(1DK×20室、築4年)

他にも都内区分、中国区分、苫小牧の中古AP等、様々な物件の売買を続けながら、徐々に規模を拡大。

□2009〜2017年(51〜59才)
札幌市中央区にRCマンション11棟を新築(うち3棟売却済)

□2018年(60才)
所有物件は個人と法人合わせて20棟450室

家賃年収は4億強、諸経費控除後の税引き前CFは1億強、税引き後CFで8千万円

※物件は常に売買しているため、タイミングによって変わります。

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