• 収益物件掲載募集
  • 不動産投資セミナー掲載募集
  • 収益物件 売却査定

11,118アクセス

会社を辞めて後悔したことは一度もない

大家対談/吉川英一×張田満さん_画像


マレーシアから帰国中の張田満さんと、富山在住の個人投資家・吉川英一さんによる対談の3回目。セミリタイアを決めてから退社するまでの会社での過ごし方、十分な家賃収入があってもセミリタイアを決断できない人たち、株との付き合い方など、今回もセミリタイアをテーマにした話し合いが続きます。


■ 会社を辞めて後悔したことは一度もない

張田満さん
会社を辞めて、後悔したことはありますか?

吉川英一さん
48才で会社を辞めて、もう12年になりますが、一度も後悔したことはありません。人間は全員、好きなことをする権利を持っています。やりたいことを我慢して、嫌なことをやって生きるのはもったいないですよ。

私はサラリーマン時代から株や不動産をやっていることを公開していて、昼休みも日経チャンネルを見ながらランチを食べていました。「 5,000万円のアパートを1,500万円の自己資金を入れて買ったら、家賃年収が700万円くらいあって、350万円くらい残るんだ。だから、アパートを増やして、会社はいずれ辞めるよ 」と同僚にも話していました。

張田満さん
そうなんですね。僕は会社の皆には、ギリギリまで隠していました。みんな苦しいのに、自分だけ出ていくのは抜け駆けみたいな空気になりそうで、言い出せなかったんです。

今思えば、そんなことは気にする必要はなかったのに、会社の中にいると、同調意識みたいなものが強くなりますよね。ところで、吉川さんが一番、会社を辞めたいと思ったのは、どんな時ですか?


吉川英一さん
2棟目のアパートの建築中、2月だったんですが無性にハワイに行きたくなって友達を誘ったんです。皆に断られたんですが、唯一、「 行ってもいいよ 」と言ってくれた友人と二人でシェラトンのプールに寝そべっているとき、「 俺、もうやめる 」と彼に伝えました。

その後、何棟くらい建てて、キャッシュフローがいくらになったら辞めるという具体的な計画を立てました。日本に戻ってからその通りに実行して、自由人になったというわけです。ちなみに、その友人も今は大家さんです。

■ 今いる場所は苦しいけれど、外の世界に出るのも怖い

張田満さん
吉川さんの周りの人たちは、何人も会社員を卒業していますよね。

吉川英一さん
サンデー毎日倶楽部に真面目に来ている人たちは、5年くらいで辞めていますね。仕事が生きがいという人は、また別の話ですが。



張田満さん
僕も、仕事が好きなら続ければいいと思います。ただ、苦しいなら続ける必要はないと思うんです。「 お父さん、今日も会社に行って、苦しんでくるよ 」という状況って普通じゃないですよ。

吉川英一さん
会社の命令が絶対で、それに逆らえないという世界。俺も我慢しているんだから、お前も我慢しろという世界。外国人から見たら、日本人はクレイジーだと言います。

つらいならボスと交渉すればいいと伝えても、「 そんなことはできるはずない 」と考えもせずに答える。単身赴任も、おかしなシステムですよ。

張田満さん
一生、単身赴任という人もいますよね。望まない人にそれをやらせる会社って、考えてみればおそろしいことです。それに、昭和初期はお父さんが働いて帰ってきたら、お母さんが専業主婦で家で待っていて、家族で夕ご飯を一緒に食べる余裕がありました。

でも、今はたくさん働いてもまだまだやることがあって、奥さんも忙しくて、家族でゆっくりすることもできない。世の中は進化しているはずなのに、実は変な方に進んでいるんじゃないかと感じることがあります。


吉川英一さん
本当にそうですよね。

張田満さん
あと、会社の中にいると周りの人に勝たなきゃいけない気持ちになるじゃないですか。役職のポストは減っていくから、稼ぐためには他人に勝つ必要があるという、誰もハッピーになれないシステム。

あれもストレスを生みますよね。僕は39才で会社員を辞めましたけど、もっと早く辞めればよかったと思っているんです。


吉川英一さん
自分もそうです。早く次のステージに行くことができたのに、考えてしまった。早く決断すれば、もっと多くのことができたのに…。

張田満さん
自由になるって怖さも伴うので、躊躇するのは仕方ないんだと思います。「 ショーシャンクの空に 」という映画に、終身刑で死ぬまで塀の中で生きるつもりだったのに釈放されて、あれほど求めた自由を手に入れたはずが、最後は自殺してしまうという男性が出てきます。

サラリーマンも同じだと思うんです。今いる場所は苦しいけれど、外の世界に出るのも怖い。そこを乗り越えるには、実際に外の世界に出て、楽しそうにやっている人に出会うことが一番いいと思います。サンデー毎日倶楽部の人たちがどんどん勤め人を卒業するのは、きっと仲間から勇気をもらっているんですよ。




吉川英一さん
確かに、それはありますね。冷静に考えれば、家賃収入だけで食べていけるはずなのに、「 本当に大丈夫だろうか 」と不安が押し寄せてくる…。そこをいかに抜けるかでしょう。

張田満さん
会社側もそれをわかっていて、逃げ出さないギリギリの状況を作り出していますから。僕は一番忙しいとき、車の中からスーパーで買い物をしている人たちを見て、「 どうやったら、あんな風に時間を作れるんだろう 」と不思議だったくらい、時間に追われていたんです。

家族にも会えないので子供もなつきませんでした。「 会社のために 」ってすべてを犠牲にしていたあの頃ってなんだったんだろうって思います。


吉川英一さん
それも洗脳ですよ。昔ながらの軍隊方式が生きている世界ですから。私は今は一年に3日くらい、忙しい日がありますが、それ以外はのんびりとやりたいことをやっています。

「 吉川さんはニートを増やしている 」と言われて、落ち込んだこともあるんですが、自由な人が増えるのはいいことだと思っています。

■ セミリタイア後も6時半に起床する毎日

張田満さん
人は自分ができないことを楽しそうにやっている人を見ると、嫉妬するものです。吉川さんにそう言った人は、ストレスを抱えているのかもしれませんね。

ところで、吉川さんの今の生活スタイルはどんな感じですか? 会社を辞めてから随分と変わりましたか?


吉川英一さん
辞めて12年ですけど、基本的な生活スタイルは変わりません。9時くらいに株式市場が開くので、朝は6時半くらいに起きて、準備をします。

張田満さん
本当に株が好きなんですね。

吉川英一さん
そうですね。ただ、デイトレードは続きませんでした。今日は1万勝った、次の日は5万勝った、でもその次の日は10万円負けたというようなことの繰り返しで神経が疲れます。

これではパチンコと同じだと思ってやめました。ただ、デイトレードの経験を本にしたものは5.5万部売れて、元がとれたので良かったです( 笑 )。

張田満さん
株は何才のときに始められたのですか?

吉川英一さん
25才くらいから始めて、今も続けています。邱先生の本に「 サラリーマンの副業は株と不動産しかない 」と書いてあったのを実行しました。ただ、今は株にはほとんど、時間は使わないです。チェックしながら、吹くのを待っている感じです。


吉川さんの所有物件( 戸建賃貸 )

張田満さん
なるほど。僕は株はやらないので、なぜ家賃収入があるのに株をやるのだろうと思ったのですが、古くからのライフスタイルの一部という感じなのですね。

吉川英一さん
あと、ライフスタイルという意味では、42歳でスタートしたランニングがあります。そこから色々な意味で持久力がついたと思っています。折れない心というか、精神的にも強くなった気がします。

村上春樹の「 走ることについて語るときに僕の語ること 」はすごくよかったです。セミリタイアすると海外旅行を楽しむという方が多いですが、私は長い移動が苦手なので、ハワイくらいで十分。あとは、孫と思い切り遊べるのがうれしいです( 笑 )。




編集後記
経済的自由を手に入れた後で迎える「 何がしたいのか 」を突き詰める期間、苦しさを感じる大家さんも多いようです。家賃収入だけで食べていけるはずなのに、「本当に大丈夫だろうか」と不安が押し寄せてくる…。の部分は、ドキッとした方も多いのではないでしょうか。次回は最終回。今後の日本の不動産投資の行方などについて紹介します。お楽しみに。


○ 全4回のテーマ
第1回【 究極の商売はアパート経営だと思っていた 】
第2回【「資産倍々で会社バイバイ」を読んで会社を辞めた人たち 】
第3回【 会社を辞めて後悔したことは一度もない 】
最終回【 これからの日本の不動産投資はどうなる?】

写真撮影:横井賢一


健美家サイト会員登録で最新コラムやニュースをチェック!

健美家不動産投資コラム

プロフィール

■ 吉川英一さん

吉川さん

1957年生まれ
富山県在住の個人投資家

■ 経歴

□年収360万円から低位株投資で資金を貯めて、2001年にアパート経営を開始。

□新築アパートを中心に規模を拡大し、2006年にセミリタイア。

□株と不動産で増やした資産は2億円超

現在までに、13冊の著書を出版。
以下のような代表作がある。

『年収360万円から資産1億3000万円を築く法』



『低位株で株倍々!』



『不動産投資で資産倍々! 会社バイバイ♪』



『低位株必勝ガイド』



『億万長者より手取り1000万円が一番幸せ!!』



『一生お金に困らない個人投資家という生き方』





■ 張田満さん

horiuchisan

□1972年、北海道生まれ
□5人家族(妻&三姉妹)、マレーシア在住

□不動産賃貸業
□映像クリエーター

■ 経歴

□1990年
地元の高校を卒業後、メーカーに営業職として入社

転勤で東京勤務になった初日、駅の人出を見て「今日は祭りか」と思ったら普通の日でショックを受ける。
田舎に比べて生活自体にお金がかかる東京暮らしに疲れていたため、数年で再び札幌勤務となりホッとする。

□2002年(30才)
映像制作会社に転職、アシスタントディレクターとなる

□2007年
結婚

□2008年
7月:メニエール病になるが、約3週間でまあまあ回復  
8月:北海道の人気番組のディレクターとなる

□2009年
交通事故に遭ったのを機に不動産投資の勉強を開始

□2010年(37才)
8月:1棟目のアパート購入(2LDK×4)


□2011年
8月:2棟目のアパート購入(1LDK×1、2LDK×2、3LDK×2、テナント×1)


9月:3棟目のアパート購入(1K×10)


□2012年(39才)
2月:4棟目のアパート購入(1DK×8)
5月:5棟目の戸建て購入(6LDK)
6月:映像制作会社を退社
8月:自分の会社を立ち上げる
9月:6棟目の戸建て 購入(4LDK)

□2013年(40才)
2月:7棟目のアパート購入(2LDK×6)
7月:8棟目のアパート購入(2LDK×4)

□2014年(41才)
マレーシアへ移住

□2017年(44才)
新築RC物件・海外コンドテル・海外コンドミニアムなど含め、計100室を所有する

ページの
トップへ