ご自身で作成された確定申告書や、他の税理士さんが作成した確定申告書を参考に、法人化した方がよいのか、来年以降の戦略をどのように考えたらよいか等の相談を受けることがあります。
その中で、残念だなと思う確定申告書が多く見受けられます。何が残念かというと、「 せっかく支出した経費が無駄になっている 」ことがあるのです。
経費に計上しても意味がないし、それ以上経費をかけても節税にもならない状態になっているということです。これは決算書が黒字でも赤字でも、ありえる話です。
2.黒字の場合( 青色申告特別控除 )
不動産所得が黒字の場合は、青色申告をすることで、青色申告特別控除が受けられます。1室の賃貸からでも10万円の特別控除が受けられます。
事業的規模( おおむね5棟10室以上 )の賃貸経営をしている方は、複式簿記による帳簿をつければ、10万円に代えて、65万円の控除が認められます。
10万円や65万円の支出がなく、経費として使ったのと同じ効果があるので、非常に大きな特典になります。
しかし、赤字の場合には、これらの特別控除が適用できません。10万円控除もしくは65万円の控除は、黒字の範囲内でしか控除ができないのです。
例えば、事業的規模の場合、不動産所得が60万円出ているときに、経費を20万円使った場合と使わなかった場合で比較すると、以下のようになります。
(1)経費を20万円使った場合
「60万円-20万円=40万円(青色申告特別控除前所得)」
40万円-40万円(青色申告特別控除)=0円」
(2)経費20万円を使わなかった場合
「60万円(青色申告特別控除前所得)-60万円(青色申告特別控除)=0円」
「60万円-20万円=40万円(青色申告特別控除前所得)」
40万円-40万円(青色申告特別控除)=0円」
(2)経費20万円を使わなかった場合
「60万円(青色申告特別控除前所得)-60万円(青色申告特別控除)=0円」
65万円控除は、黒字の範囲内しか控除できず、マイナスになることはないのです。青色申告特別控除前の所得が65万円以内であれば、いくらであっても、0円に集約されることになります。
3.赤字の場合( 土地負債利子の損益通算の制限 )
不動産所得が赤字になる場合には、給与などの他の所得と損益通算( 相殺 )することができます。しかし、その一方で、「 土地取得にかかる借入金の利子については、損益通算の対象にはならない 」という規定があります。
土地の借入金の利子については経費にならないということではなく、経費にはなるけれど、赤字になった場合には、赤字分から土地の借入金の利子を控除した金額が、損益通算の対象になるということです。
例えば、不動産所得がマイナス100万円になった場合はどうでしょう。経費計上した借入金の利息120万円のうち、土地にかかる利息が60万円だとすると、「 100万円-60万円=40万円 」のみが損益通算の対象になります。
それでは、不動産所得がマイナス30万円、土地負債利子が60万円の場合、経費をさらに20万円使う場合と使わなかった場合で比較するとどうなるでしょうか?
(1)経費20万円を使った場合
「-30万円-20万円=-50万円( 不動産所得 )」
<損益通算の対象額>
「50万円-50万円( 土地負債利子による制限 )=0円」
(2)経費20万円を使わなかった場合
「-30万円( 不動産所得 )」
<損益通算の対象額>
「30万円-30万円( 土地負債利子による制限 )=0円」
「-30万円-20万円=-50万円( 不動産所得 )」
<損益通算の対象額>
「50万円-50万円( 土地負債利子による制限 )=0円」
(2)経費20万円を使わなかった場合
「-30万円( 不動産所得 )」
<損益通算の対象額>
「30万円-30万円( 土地負債利子による制限 )=0円」
つまり、不動産所得のマイナスが、土地負債利子60万円に達するまでは、損益通算の金額は0円になるのです。損益通算ができないのであれば、その分、経費が切り捨てになっているのと同じです。
4.経費を使っても意味がないゾーン
上記2の青色申告特別控除額と上記3の土地負債利子を合わせたものが、下記の図になります。

例えば、「 事業的規模 」「 土地負債利子が200万円 」の方であれば、不動産所得がプラス65万円〜マイナス200万円の範囲内に収まった場合、全て0円( 確定申告書第1表の不動産所得の金額に記載される金額 )になります。
この「 経費を使っても意味がないゾーン 」を事前に知っておくのと知らないのでは大違いです。せっかく経費を使っても、使わなかったのと同じ結果になってしまうからです。
大家さんから、「 節税のために法人化をしたい 」と相談されることがあるのですが、法人化して個人の所得を減らしたのにこのゾーンに収まってしまい、法人化の効果が全くない場合があります。
また、奥様など、ご家族を青色事業専従者として給与を出す場合も同じです。給与を支給してもこのゾーンに収まってしまうのであれば、給与を出さなくても一緒です。
むしろ、青色事業専従者給与ではなく、配偶者控除や扶養控除を取った方が有利になります( 青色事業専従者給与と配偶者控除・扶養控除は併用できないため )。
5.法人の場合には
この青色申告特別控除額と土地負債利子の損益通算の制限は、個人だけの話になります。法人には、青色申告特別控除というものがありませんし、土地負債利子の損益通算の制限もありません。
そういう意味では、法人の方が経費を有効活用できると言えるかもしれません。是非、来年の確定申告のご参考にしていただければ幸いです。