隈研吾建築都市設計事務所や北京オリンピックスタジアムの設計などでも知られるスイスの建築家、Herzog & de Meuronの下で経験を積んだ建築家が、キャンセル待ちができるほどの人気の賃貸住宅を続々と手掛けている。
黒川智之建築設計事務所の代表で、日本最大級の建築家ネットワーク アーキテクツ・スタジオ・ジャパン株式会社(ASJ)に登録する黒川智之氏だ。どんな賃貸住宅を手掛けてきたのか、人気物件にするために、心がけていることなどを取材した。

周辺環境を踏まえたうえでの「建築の在り方」を重視!
斬新さがありながらも調和を考える
これまで手掛けた賃貸住宅の例を見せてもらうと、ひと目見ただけでは、賃貸住宅とは分からないようなモダンな外観デザインに目を奪われる。退去があっても口コミやキャンセル待ちで、すぐに入居が埋まるほどの人気ぶりだ。まずは賃貸住宅を建てる上で、大事にしていることを聞いた。
「『マス』をターゲットとした価値観に囚われず、ターゲットがニッチだとしても、従来には無い新しい価値観を求めて設計をしています。賃貸住宅で暮らす人が、必ずしも万人に受けるものを求めているわけではないと感じています。マスをターゲットとして、小手先のデザインで綺麗に見せただけの賃貸住宅では、長期的な視点で見ると、差別化できなくなってしまいます」
賃貸住宅は長期に渡る投資である。奇をてらう訳ではなく、先進的でありつつ何年経っても飽きられないような賃貸住宅を建てることで、住む人を強く惹き付けることができる。
そう考える背景には、隈研吾の事務所やスイスで学んだことが活かされている。
「これまでの経験から意識していることは、周辺環境を踏まえたうえで、そこに建つ建築がどうあるべきか、その在り方です」
手掛けた賃貸住宅には、上の写真のような、インパクトがある外観デザインながら、街になじむ独特の景観を持つ賃貸住宅がある。
「この物件はシェアハウスとオーナー住戸、事務所を兼ねており、オーナーはIT企業の社長で、土地から購入して建てています。賃料による収益よりも、優秀な学生を呼び込むリクルーティングを兼ねて、彼らが働きたくなるような、住みたくなるような住居兼オフィスにしたいとのことでした」
1階の事務所はガラス張りで、街に対して開かれたスペースにした。「どんな会社なのか、何をしているのか」と興味を持ってもらうためだ。すぐ近くには東京工業大学があり、2階は優秀な学生に住んでもらうために家賃を安めに設定し、学生向けのシェアハウスに。
3〜5階の単身者向けの賃貸住戸は相場より高い家賃設定でも満室が続いている。


魅力的な賃貸住宅を建てて高値で売却。
ディベロッパーからの依頼も
ほかにも周囲との「調和」を意識した例が、下の写真の賃貸住宅である。

こちらの賃貸住宅は角地に建つ。角地は、斜線制限や建ぺい率など緩和措置が受けられ、周辺より大きなボリュームのあるものが建てられるが、周辺との調和を考え、あえてそのボリュームを隣地境界線に沿うように配置し、中央に中庭のようなスペースを配置した。
四角の賃貸住宅を建てる場合と同等の室内面積を確保しながら、1階にオープンなスペースを確保したことで、1階はSOHO利用にも適した高い家賃設定が可能な住戸になる。依頼主はディベロッパーで、客付した後、売却する計画だったが、計画通り、すぐに満室になり、売却もスムーズにいったそうだ。
オリジナリティ溢れる設計で、熱烈なファンを作る
下の写真の賃貸住宅は、浴室やトイレなどのクローズドな空間と、ガラス窓から室内がよく見えるオープンな空間をつなぎあわせた独特の設計である。相場より高い家賃でも、「キャンセル待ちでもいいから、ここに住みたい」との声も多く、根強いファンがいる。


「マスの価値観をターゲットとすれば、クローズドでプライバシー性の高い住戸となりますが、こうして街に対してオープンであることを、生活においてポジティブに捉える人も一定数います。もちろん、そのニーズがあると確信を持って設計しています」

競争が激しい賃貸住宅の世界だからこそ、ほかにはないデザインで印象付けることで、時代が変わっても飽きられることがなく、人気が続く賃貸住宅になることが伝わってきた。
●取材協力:アーキテクツ・スタジオ・ジャパン株式会社(ASJ) 約3000人が登録する日本最大級の建築家ネットワーク。全国各地のスタジオや定期的に開催するイベントで、さまざまな建築家と出逢い、話し合える場所を提供している。
健美家編集部(協力:高橋洋子)