多くのモノの価格が上がっているものの、家賃を上げるのはなかなか難しい。そうしたなかで大切なことは、周辺にない魅力的な賃貸住宅を建てることである。なかでも、長屋形式の賃貸住宅の場合、収益性を高めることが可能だという。株式会社 オオカワ建築設計室 代表で、建築家の大川三枝子氏を取材した。
大川氏は、賃貸住宅にも、オーダー住宅のようなオリジナリティのあるデザインや「暮らしやすさ」「オシャレ度」が求められているという。

オーダー住宅と同じレベル感で、飽きのこない、
暮らしやすい空間を創ることで長く愛される
賃貸住宅を建てる際、コスト管理に意識が行き過ぎると、どれも似たようなものになってしまい、面白みに欠けてしまう。
「コスト管理も大切ですが、賃貸住宅の場合、安く作りすぎると画一的なデザインや間取りになり、競争が激化し、家賃を下げざるをえなくなります。
それよりもほかの賃貸にはないデザインや居住性の良さなど、独創的な魅力を持たせることで、満室が続く結果につながります」
大川さんがこれまで手掛けたなかでも、冒頭の写真の、長屋形式の賃貸住宅がいい例だ。
防犯面から賃貸住宅の場合は1階が敬遠されがちだが、道路に面していることを逆手に取り、路面店のようにビジネスに活かせるように、1階はSOHO的に利用できるような1LDKに。2〜3階はファミリー層向けの2LDKが2戸入る。
「長屋の場合、各戸それぞれ専用エントランスが必要になり、共用部が必要なくなります。その分、専有の床面積を広く確保でき、それぞれ独立感がある設計となります。
ただし3階の住戸まで外階段で、上がっていくのはなかなかハードルが高いため、2〜3階をファミリー向けのメゾネットの住戸にして、2階から3階へは、室内階段で上がる設計にしました。そうすることで、子育て世代の音の悩みも軽減できると考えました」
旗竿敷地で、限られた敷地ではあるが、敷地条件によっては集合住宅ではなく、長屋形式の賃貸住宅にすることで、最大限の床面積を確保でき、収益性を高められるメリットがある。
さらに注目は、室内は土間のように使うことができる点である。

壁や天井は塗装で仕上げている。汚れたら上から塗ればよく、メンテナンス効率が高い。
「内装のポイントは、既製品を多く使わず、創りすぎないこと。入居者のセンスで自由に使えるような空間であり、傷や時間の経過も味わいが増すような、それでいて維持管理しやすい内装にしています」
建具屋さんがオーナーの賃貸併用住宅では、
キッチンカウンターや収納などを造作し、差別化
上の事例につながる前段階として、福島県いわき市で、長屋形式の賃貸住宅を手掛けたことがある。

こちらも長屋形式のため、それぞれ専用のエントランスがあり、外階段などから、各戸に入る設計となっている。
「長屋賃貸のメリットは、この物件『tegute』で実感しました。こちらのオーナーさんは家業が建具やさんで、家業の建具店を活かして、シューズクローゼットからキッチンカウンター、階段、手すりなど、建具を造作していただきました。住むほどに味わいが増し、欲しいところに必要な収納がある点も大きな魅力です」


かつての下宿屋のように自宅の一部分を貸すなど
広い実家や自宅を有効活用する賃貸の可能性も
大川氏がこのところライフワークとして意識しているのが「最後まで自宅で暮らせる住まい」である。
「高齢化が進むなかで、いかに最後まで自宅で自分らしく暮らせる住まいであるかが課題になると感じています。賃貸併用住宅のように、大家さんが自らその建物に住んだり、所有する賃貸住宅の近くに住んで、将来一人暮らしになったらそこに住みたいと思える賃貸住宅の計画が今後ますます重要になってくると考えています」
光熱費が高騰するなかで、電気代やガス代などを抑えた、省エネ性能の高い住宅の需要が増している。すでに同じ志を持つ4人の建築家とエネルギーまちづくり社を立ち上げ、省エネ性能の高い住宅の設計に取り組んできたが、今後は賃貸住宅でも太陽光パネルや薪ストーブがあるような賃貸住宅が増えていくのではないかと考えている。
「心と身体の健康にもよい素材を使い、欲しいところに収納があり、住むほどに愛着が持てるような賃貸ぽくない住まいを設計しています。そうしたものができると、照明や椅子、飾る花を選ぶのも楽しくなり、賃貸であっても『わが家』で過ごしたいと入居者が愛着を持てるものです。
イニシャルコストを抑えて賃貸住宅を建てたいと考えるなら、すでにある実家や持ち家をシェアハウスにしたり、自宅の空きスペースで賃貸住宅を始めてみるのもおすすめです」

●取材協力:建築家ポータルサイト『KLASIC』
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