2016年に誕生した一般社団法人「全国古家再生推進協議会」という団体がある。毎月10数回から20回以上に及ぶ古家見学ツアーを首都圏、関西圏や北陸、福島と日本全国で開催しており、多くのツアーが満席でキャンセル待ちが出ているツアーもあるほど。
確かに空き家は増えているし、空き家活用をチャンスと考えている人は多いはずだが、これほどコンスタントに見学ツアーを開催、しかも、人気を集めているからには何か、理由があるはず。活動の内容を取材した。
リフォーム概算、想定利回りも示される空き家見学ツアー
一般社団法人「全国古家再生推進協議会」、略して全古協は元々は不動産とは縁のない仕事をしていた現全古協理事長の大熊重之氏が2010年のリーマンショック後の不景気からの脱却、新規事業の創出を考えたところから始まった。既成概念に縛られない、循環する仕組みが生まれたのはそのためだろう。
空き家を見学するツアー自体は全国あちこちで開かれている。地元の不動産会社、エリアマネジメント会社、行政その他主催者はいろいろだが、たいていのツアーには誰でも参加できる。
だが、全古協のツアーは多くが古家再生投資プランナー向け(空席があった場合のみ会員、一般の人も参加可)となっており、会員(無料で誰でも登録できる)になっても参加できるわけではない。もちろん、たまたまツアーを見かけた人が申し込んでなかなか参加できるものでもない。
また、たいていのツアーは不動産の見学はするものの、全古協のツアーのように物件価格やリフォームに要する金額の目安、周辺の家賃相場、当該物件を買った場合の想定利回りなどが提示されることはない。
物件を購入したら、以降の作業は自分でやることになるのが一般的で、リフォームにいくらかかるかが分からない、地域の家賃相場が分からないという不安を抱えることになりがちでもある。
参加する人、案内する人、購入後とさまざまな点で一般的な物件見学ツアーとは違うわけだが、それは全古協の仕組みが古家を購入する投資家、そこに入居する人、改修にあたる工務店、空き家のある地域社会の四方良しを目指しているため。以下で説明しよう。
新規事業として不動産に
大阪府東大阪市で町工場を営んでいた大熊氏が新規事業を考え始めたのはリーマンショック後の不景気がきっかけ。下請け体質から脱却、不況に強い自立した経営を目指したのである。
そんな時にたまたま、本業とは異なるマンションのリフォームを手掛けたことがきっかけになった。塗料を使って安価に個性的に仕上げた部屋が人気を呼び、そうしたニーズがあることに気づいたのである。
続いて賃貸市場での一戸建ての希少性にも気づく。借りたい人は多いのに、市場には賃貸用に作られた一戸建てはほぼ存在しない。その一方で古くなった一戸建てを持て余す所有者、空き家になったままで放置される一戸建ても多いのはご存じの通り。
そうした古家を再生、賃貸市場に出せれば入居者にとってはうれしい話だし、所有者は収益を上げることができる。
改修に関わる工務店には仕事が生まれるし、放置空き家にやきもきしていた地域からすれば問題解決である。空き家をうまく循環させれば四方良しが実現するのだ。
そこで大熊氏は自分でも戸建てを購入、オーナー側のニーズを体験してみるなどした上で生み出したのが現在の全古協の、リスクが低く高利回りの物件が購入しやすい、築古戸建専門で購入から入居付け・管理までのサポートをトータルで提供するというやり方である。
投資するためにはオンライン講座の受講が必要
具体的なやり方を見て行こう。まず、古家に投資したい人たちは全古協の会員になる必要がある。会員になれば物件やセミナーなどの情報が優先的に配信されるなどのお得があり、2021年12月末の時点で会員数は7000人を超えている。
だが、会員になっただけでは見学ツアーには参加できないのは前述の通り。見学に参加、買付が出せるようになるためには全古協が開催する古家再生投資プランナーを認定するオンライン講座を受講、一定の知識を得ておくことが必要だ。2021年時点で約400人のプランナーがいるそうだ。
受講料は2022年3月末までは3万3000円(税込。以下同)で4月からは5万5000円となっており、他の空き家投資で会員になるために100万円単位の費用が必要なことを考えると、それほど高額とはいえないだろう。また、資格の認定料として同じく3月末までは2万2000円、4月からは3万3000円が必要になる。
不動産業者並みの知識がある、自立した工務店がパートナー
もう一方のプレイヤーは工務店。といっても、どの工務店でもできる仕事ではない。普通の工務店は言われた作業を言われた通りにやるだけだが、全古協が求めるものは自分で情報をとってくるなど、もっと自立した働き方ができるプロである。
実際には空き家情報を不動産会社その他から取得、見学ツアーを主催して様々な説明を行った上で購入後は改装から客付けのサポートまでをすることになっており、彼らは古家再生士と呼ばれている。
この物件にこれだけの工事をした場合に家賃がいくらになるか、その家賃は相場からみてどうか、収益がどれくらいなるかなどまでをきちんと把握した上で見学ツアーを主催するためには不動産業者並み、あるいはそれ以上の知識、ノウハウが必要。並みの工務店では務まらない仕事なのである。
「全国の工務店さんから月に数件くらいの問い合わせがありますが、半年ほどの研修があり、また、私たちの理念に共感していただくことも大事で、最終的に古家再生士になるのは年に3〜4人ほど。実際の見学ツアーその他は彼らが担っているので、古家再生士のいないエリアではツアーはできません。
再生士については表立って募集しているわけではなく、知り合いからの紹介、ホームページを見てやりたいという問い合わせなどが中心で、最近では古家再生投資プランナーが再生士になりたいという流れも出てきています」。
投資額は平均で580万円、平均想定利回りは13.51%
ツアーでは1回5人が車で移動、4軒くらいの物件を見学する。空いている物件だけでなく、工事中、完成物件を見ることもあり、これによって荒れた、残置物でいっぱいの古家に手を入れた後の姿が想像できるようになることを目指している。
もちろん、一度見ただけで想像できるようになる人もいれば、1年間毎月見学した後で決断に至る人もおり、そのあたりは人それぞれだ。最近はオンラインでの見学会も開催されている。
コロナ以前は参加者数はもっと多く、また、見学後には懇親会も開かれていた。これは不動産投資家の多くが横の繋がりがなく、孤独ということに配慮したもの。仲間がいれば、チャレンジも楽しくなるというものである。
見学する物件は工事も含め、2021年の実績で平均580万円。もちろん、地域、物件によっても差があるが、平均想定表面利回は13.51%になるという。そのため、中心部は土地が高すぎて利回りが合わない。
「価格で考えると郊外、都市の周辺部が中心になります。関東でいえば千葉、埼玉、神奈川だと横浜以遠で、その時々で人気は変わります。身近なところに買いたいという人もいえれば、逆に災害があった時などのリスクヘッジを考えて関東だけでなく金沢や熊本などに分散して買うという人もいます」。
1軒目は自己資金、後はその人次第
投資額が平均で580万円と手頃なため、最初の1軒目は借入を起こさず、自己資金で購入する人が多い。全古協でもリスクを考え、まずは自己資金での購入を進めている。
1軒で満足する人もいれば、1軒目の実績で融資を受けて次々と購入する人もおり、中には30軒くらい所有している人も出てきているとか。
2021年の場合、実際に買った人は142人で、そのうち、30人は2軒以上を購入。もっとも多く購入した人はこの1年間で10軒というからびっくりだ。


「古家の場合、不動産が担保にならないので、個人の属性が融資の成否を左右します。古家購入ではそれが一番のデメリットでしょうか。それ以外には賃貸一戸建てが少ないため、相場が分からない、そもそも物件がない、工事業者・工事費が分からないのが一般的なデメリットですが、それらは再生士がいるので問題にはなりません」。
事業を始めて6年。再生した物件も増えて、そのスケールメリットから、不動産会社からの情報も得やすくなってきたという。
「不動産会社からするとたくさんの購入希望者がいること、さらにその人たちが古家、空き家について理解しており、購入後に瑕疵について文句を言ってこない人たちだということは大きなポイント。
古家は安いので見に来る人はそれなりにいますが、再生できないからと購入を断念する人が多く、不動産会社としては手間だけかかって面倒。そうした手間が無く、その場でシミュレーションして買付が入るならと情報が出てきます」。
会員になっただけではツアーに参加できない、買付できないのにはこうした意味もあるのだ。古家に手を出し、失敗をしないためにはそれなりの知識は必要で、それを身に付けてから投資してほしいというのが全古協の姿勢なのである。
「この事業の裏テーマは自立。工務店には全古協に参加することで下請けとしてではない仕事ができるようになりますし、投資する人も会社の給料だけに頼るのではない経済的自立が得られます。ただ、そのためには知識や仲間も必要。それを提供することで、関わる人が幸せになることを目指しています」。
また、古家が使われるようになったことで地域が価値に目覚め、まちづくり活動が活発化し始めた例もあるとか。不動産が動くといろいろ、うれしいことがあるというわけである。YouTubeでもさまざまな情報を配信しており、役に立ちそうである。
健美家編集部(協力:
(なかがわひろこ))