今年になって、高齢賃借人の相談が急激に増えたと感じている。例年から少しずつ増えてきた感があるが、今年は一気に多くなった印象だ。
今までは「家賃滞納」「夜逃げ(徘徊からの行方不明)」が目立ったが、ここにきて認知症からのトラブルが増えた。
国は住宅確保要配慮者に対する措置として、「死後事務委任」を提唱した。これを利用することによって賃借人が亡くなった時に、相続人を探すのに時間をかけたり、荷物を撤去してもらう等の手間を省けることにはなった。だがむしろ大変なのは、生きている間の法整備ではないか、最近はそう感じている。
地域包括支援センター
今までは高齢者がひとり賃貸物件に住むということは、少なかったのだろう。一緒に住まなくても、大半は家族がサポートしていた。
ところが最近は、家族はいるのだろうが頼れない高齢者が賃貸物件に住んでいる、そんなスタイルが増えた。平成の時代に、日本は『家族』というものが、大きく変化したのだと思う。
同時に福祉の世界も少子高齢者が進み、地域住民と行政との橋渡的存在の民生委員は姿を消し、高齢者のために国は地域包括支援センターなるものを準備した。
Wikipediaには、『地域包括支援センターは、介護保険法で定められた、地域住民の心身の健康の保持及び生活の安定のために必要な援助を行うことにより、その保健医療の向上及び福祉の増進を包括的に支援することを目的とする施設である』とある。
高齢者の頼みの綱である地域包括支援センターではあるが、本人が「私をお願いします」と申し出しない限り、なかなか支援してくれないということも起きている。
賃貸物件に住んでいる賃借人の認知症が進んで、自分の糞を投げてしまったり、共有部分で粗相してしまったりすることがある。
家主はこんな場合に、どうしたらいいのだろうか。
もちろん注意して止めてくれれば、それでいい。だが認知症のために記憶が続かずに繰り返すようなら、後見を申し立てて後見人と解決していくしかないのだろう。
ところがこの後見手続きでは、自身の意思が尊重される。本人が「認知症ではない」と言い張れば、よほどの医師の鑑定書がない限り、後見手続きは進まない。そうなってしまうと、出口が見えなくなってしまうのだ。
行政の担当者は「家主が早く追い出してください」と言う。ただ家賃滞納がない限り、家主側が入居者を退去させることは至難の技であることは、承知の通りだ。そして同時に地域包括支援センターも、「本人の意思でヘルプがない限り動けません」となる。
この意思は正常な時の判断ではなく、認知症を発症してからの意思であったとしても、そこが重要だと言う。
誰もが「人に迷惑をかけて生きたい」そんなことを思っているはずがない。しかし現行では策がないのも事実で、これではますます高齢者を受け入れる家主が減っても仕方がないことだと思わざるを得ない。
お金がなくなれば生活保護を申請すればいい
死後事務委任契約を締結し、孤独死をしないよう見守りをしていた賃借人がいた。Aさんとしよう。Aさんは認知症が進み、毎日約束の電気すら点けられず、たびたびアラートが鳴るようになった。もはや賃貸物件で一人住まいは無理なのかも……そう思い始めていた時、アラートから現地に出向いた管理会社の担当者が、Aさんの異変を見つけてしまった。
Aさんは脳障害を起こしていて、救急搬送。そこで一命を取り留めた。問題はここからである。
Aさんとは、もはや会話ができなくなった。家賃は自動引き落としで、毎月落ちている。そして緊急連絡先に書かれていた弟さんは「自分は関係ない」と言ったきり、連絡が取れなくなってしまった。
そしてなんと偶然にも、Aさんの近くに実子が住んでいることが分かった。離婚して以来、一度も会ったことがないと言うその実子は「死ぬ前までも迷惑かけるのか」と感情を顕にした。Aさんは親族はいるものの、誰も頼れない、そんな状況だったのだ。
医師は「もう賃貸物件での生活は無理ですね」と言う。ならば誰が、この賃貸借契約の解約手続きをするのか。部屋の中の荷物は、誰がどうするのか……。
死後事務委任はあくまでも、亡くなった後の解約等を依頼された契約。生きている間には、何もできない。一方のAさんも、賃料と病院の費用とダブルでの費用負担は、よほどの貯金がなければ苦しいだろう。
「何とか解約手続きの方法をとりたい」と行政の担当者達に伝えると、「何もできない」と。
Aさんにとっては、お金がダブルでなくなるのは大変ではないかと伝えると「無くなれば生活保護を申請すればいいだけですから」と平然と言う。生活保護は、言わずもがな私たちの血税でもある。
これからどれほどの人たちが、このようなケースに陥るのだろう。
地域と不動産と高齢者。ここの連携がうまく取れていかないと、ますます高齢者は部屋を借りられなくなってしまう。年を重ねることは、悪いことではない。何とか高齢者になっても安心して住める社会のために、糸口を見つけていきたいと思っている。
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執筆:
(おおたがきあやこ)