
京都・堀川通から少し入った住宅地に古い3軒長屋と中古の輸送用コンテナで作られた新築賃貸物件がある。
床、柱、梁、屋根が新しいので新築というのだが、加えてもうひとつ謎なのは外壁がないこと。これまでの建築の常識を打ち破る建物である上に高収益を上げてもいる謎の物件、共創自治区CONCON(以下こんこん)を見てきた。
細長い敷地をどう使うか

こんこんが建っているのは古い街にはよくある細長い敷地。元々は路地に面して長屋が並んでいたのだろうが、2019年10月にこんこんが誕生する以前は中央に三軒長屋が残り、それ以外は駐車場になっていた。その土地をより活用しようと所有者が考えたことからこんこんが生まれる。
長屋を取り壊して新築を建てるのが一般的だろうが、よくある新築マンションを建てても将来的な競争力には不安が残る。
他にも賃貸物件を持っている所有者としてはもう少し他と違う活用がないものかと考えたのだろう、長い付き合いのある管理会社に「面白い活用ができる人を知らないか」と訊ねた。

そこで管理会社が提案したのが不動産会社、川端組の川端寛之氏である。川端氏は地元でリノベーション物件を多く扱う不動産会社に勤務後独立、地元京都以外でも各地で個性的なリノベーションを企画、扱っている。
プロが集まる、共創する場を想定
相談を受けた川端氏は長屋はそのまま生かし、そこに輸送用コンテナを加え、オフィス、アトリエなどからなる複合テナント施設を作ろうと考えた。

まず、用途についてだが、こんこんがある二条城南東エリアは京都中心部のビジネス街、飲食店街からは少し離れており、といっても西側の純然たる住宅街とも多少異なる雰囲気がある地域。飲食店だけは難しいだろうし、いかにもオフィス、住宅といった物件も難しい。そもそも所有者からのオーダーにも合わない。
そこで思い出したのが案件ごとに外部スタッフとチームを組んで仕事をするコンサルティングファーム社長がデザイナー、カメラマンなどと一緒に入居できる基地のような物件があったら良いなあと話していたこと。
個人あるいは小さな会社が集まり、その中で一緒に仕事をすることもあれば、一緒にいることで仕事が生まれることもあるような場というわけである。
それを現すのが共創自治区という言葉である。プロジェクトの進行中、絵本「スイミー」のイメージが出てきたという。スイミーとは1963年に出版されたレオ・レオニ作の絵本に描かれている小さな魚のこと。
一匹ずつは小さいが、それが集まって泳ぐことで大きな魚に見え、捕食者たちを気にせずに済むようになるという物語である。
「理想はこんこんに相談が来て、それを入居している人達が分担して一緒に作り上げていくような体制です。あるいは自分たちで思いつき、新しい価値、経済圏を生み出していくような場です。
スイミーは黒い魚で赤い魚の群れの中ではいつも目になりますが、こんこんでは毎回目が変ってチーム、アイディア、商品などが生まれる、そんな場を考えました」。
建築不可の輸送用コンテナをどうしても使いたい!
建物としてはどうしても輸送用の中古コンテナを使ってみたかった。
「10年以上前から気になっていました。海外ではコンテナを使った建築だけを集めた写真集があり、9個のコンテナを積んだ建物もあります。
ところが日本では建築用に作られたコンテナは良いのですが、純粋に輸送用として作られたコンテナを建築に使うことはできません。主要構造物となる柱、梁がどのように作られているかが分からず、安全が担保できないからという理由からです」。

そのため、日本で見かけるコンテナ利用の店舗の多くは建築用のコンテナ利用だが、一部には輸送用コンテナを利用しているものもある。
やってできないことはなかろうと大阪でコンテナを事務所としている建築事務所muuraの中川泰章氏、地元京都の厳しい建築行政に精通した魚谷繁礼建築研究所の魚谷繁礼氏と共にプロジェクトをスタートしたのがこんこん誕生の3年前のことである。
主要構造部を新築、コンテナは間仕切り壁扱い
完成までに3年かかったことからも難しさは伝わるだろう。前述した通り、輸送用コンテナでは主要構造部として安全が担保されないことから、こんこんでは役所との協議の結果、床、柱、梁、屋根の主要構造部は鉄骨で新築することになった。

そこに輸送用コンテナが部屋として置かれているが、これは間仕切り壁と同じという扱いだ。建築の一部ではあるが、主要構造部ではないという位置づけとなり、それで輸送用コンテナを使うことが可能になった。
だが、とするとこんこんには外壁がないことになる。外壁がない建物というものがあり得るのだろうか。
川端氏はあり得るという。「こんこんは建築の常識を覆した建物なのです」。

それだけではない。一見、3階建てに見えているが、実は鉄骨造の2階建てである。3階建てになると耐火被覆が必要になり、コストが嵩む上に外観が恰好悪くなる。そこで長屋の2階を撤去、1階建て、平屋の長屋ということにした。こんこんは1階がすごく高い建物なのである。
コンテナ利用以外にも行政その他との交渉事は多く、時間がかかった。しかも、建てているうちに京都の宿バブルの影響で建築資材が高騰、コンテナの価格は変わらなかったものの、鉄材などは1.5倍ほどにもなった。仕方ないので建築費を見直し、家賃設定を高くして乗り切ったと川端氏。
最初の家賃は安めにして徐々に上げていく
個人的にはこの家賃設定の仕方に感銘を受けた。ほとんどの物件は新築時に最高値を設定するものである。だが、川端氏は逆に最初は低めに設定、時間とともにハード、ソフトともの価値を上げていき、賃料もそれにスライドして上げていくという。
「最初の家賃は低めにしておき、その後のための上げ代を残しておきます。もちろん、そのためには建物に経年で価値が落ちる消耗品は使いません。また、建物の価値を作り、上げてくれるのは入居している人。ですから、新しく入る人の家賃はあげていきますが、最初から入っている人はそのままで上がった分を還元するというつもりでいます」。
こんこんの価値がどのように上がっていっているかは最後にご紹介したい。
細長い敷地に19のコンテナ

長年の試行錯誤の結果で生まれたこんこんは敷地の手前に以前からあった駐車場があり、その奥に格子状の木の壁があり、壁の背後に長屋、コンテナがある。ご存じのように京都は景観に厳しい地域のため、外からはコンテナが見えないようになっているのである。

建物左手にある路地を入っていくと最初にあるのがコンテナ利用の朝から営業しているコーヒーも飲めるワインスタンド。他の場所で営業している飲食店やカフェがイベント的に営業する日もあり、利用者にはサプライズのある空間である。

その奥には古い3軒長屋があり、一番手前にあるのはいかにも京都らしい田中染色補正という、シミ落としの作業場。それ以外の2軒は壁、天井を抜くなどして大きな1軒に改装されており、こちらは主に前述したコンサルティングファームのオフィス。中央にはリビング的なスペース、キッチンもあるが、長屋の風情、昔に貼られた掲示などが随所に残されている落ち着く空間である。


その隣にはトイレなどがある共用のコンテナがあり、どんつきには昔からあるお地蔵さん。2階へはワインスタンドと長屋、お地蔵さんの脇の2か所の階段から上っていくことになり、以上の空間には中古コンテナが並ぶ。全体では19のコンテナが使われており、いずれも大阪南港で買い付けてきたという。

コンテナには窓を作り、隣と接している面だけは断熱、遮音してあるものの、それ以外はさほど手を入れていない。床は買ってきたそのままである。
そのため、暑くて寒いという難はあるそうだが、それでも建物、コンセプトの魅力だろう、建築関係、デザイン関係、広告関係、福祉・医療関係などと幅広い会社、個人が入居、事務所、店舗として使っている。一業種一社が原則で、入居者間で共創が生まれるようにも考えられている。
入居者からの提案で自治会が誕生、夏祭りも
さて、共創だが、こんこんのオープンは2019年10月でその後は今も続くコロナ禍。そのため、当初は理想通りには行かなかった。
前述したようにこんこんは新築物件で、ご存じのように新築物件は確認申請が終わらないと募集ができない。だが、主要構造部だけしか作らないこんこんの工期は短く、募集に時間をかけられなかった。施主からは完成時に満室で引き渡しを求められもしており、入居希望者を一人一人精査するには時間がなかった。
「ところが、その後すぐにコロナが到来。仕事の状況が変わった方なども多く、この間で入居者はかなり変わりました。現在では自分の足で立っていられるプロフェッショナルが集まる場になっています」。
その結果、入居者からの提案で数か月前に自治会が立ち上がった。月に一度、まずは自己紹介を始め、そのうちに夏祭りをやろうという声が出てきた。そして完成から3年目となる2022年10月1日に夏祭りが開催されることに。

その日がちょうど取材当日だったため、準備の状況だけは見せていただいたのだが、入居者はいずれもその道のプロである。準備段階の活気、用意されているモノなどから面白さ、楽しさが想定できただけに参加できなかったのは残念なところ。実際、170人ほどもが集まり、盛り上がったそうだ。
そして、これがソフト面での価値の上昇である。入居者間の人間関係、発信力その他が時間とともに醸成され、それが物件の魅力となっていくのだ。建物はいくら変化しないものを使い、メンテナンスしても部分によっては経年で劣化することがあるが、人間関係は経年によって深まる。それを考えるとこんこんの価値はこれからさらに高まっていくのではなかろうか。
周囲の新築5%に対し、こんこんは10%
さて、最後に気になる収益性である。川端氏はオーナーから10%で回して欲しいと注文されたそうである。周囲の新築が5%程度ということを考えると高めな想定だが、もうひとつ注文があった。既存のパーキング、店子さん分の賃料は別として、新たに入る人達だけで10%というのである。
なぜなら、変化の激しい時代でもあり、10年後の社会がどうなっているかも読めないというところからだ。
進行中に建築費が上がり、完成までに時間がかかっていることも考えると、かなり難しい注文のように思えるが、現在までのところ、オーナーの要望には応えられていると川端氏。
建築用コンテナの数百万円に対し、輸送用コンテナが30万円程度と価格が抑えられていることが大きいが、それを使えるようにするまでには時間も手間も多大にかかっている。
魅力的な入居者を集めることも普通の不動産会社には難しく、安易に真似ができると思うのは危険だが、こういうやり方がある、こういうやり方を実現させた例があることは知っておいても損はないだろうと思う。
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健美家編集部(協力:
(なかがわひろこ))