
JR南武線武蔵新城駅から歩いて2〜3分。商店街の一画に明らかに周囲とは違う、ひとつの意思で統一された建物群がある。地元の4代目大家さんである株式会社南荘石井事務所(以下南荘石井)が経営する一画だ。
同社は武蔵新城、武蔵中原、溝の口を中心に22棟、およそ370戸の賃貸住宅を保有しており、そのうちの武蔵新城エリアには地域の公共スペース的な空間もある。そこに2023年5月、新しい建物が誕生した。
共用施設充実エリアに完成した新築物件

新たに誕生した建物セシーズイシイ23は武蔵新城の商店街「はってん会」から少し入ったところにある。
商店街に面しては南荘石井が経営する賃貸住宅セシーズイシイ17があり、その建物の1階、セシーズイシイ23と同じ通りにはカフェ「新城テラス」がある。この建物内の中庭に面した2階には「新城WORK BOOTH」「新城WORK FITNESS」がある。
これは商店街を挟んで反対側にある「新城WORK」というコワーキングスペースに付加されたもので、前者は会議スペース、後者はフィットネススペースとなっている。

また、セシーズイシイ7とセシーズイシイ23との間にはもう1棟、「zinc.h」という木造賃貸アパートがあり、その一階に「新城WORK FOCUS」がある。言葉で書くと分かりにくいので図をお借りした。見ていただくとほんの1分ほどの距離にさまざまな要素が集中していることがお分かりいただけよう。
元々、この土地には古い木造アパートがあった。所有者は南荘石井を経営する石井秀和氏とは代々付き合いのある植木業を営む家族で、当初は建替えを検討、石井氏に相談があった。
ところがそのうちに売りたいという話になり、石井氏が買い取ることに。隣地であればすでにある施設の共用部を使えるようにした貸し方が可能だろうという判断である。建替えを検討していた時にも同じような使い方を考えていたそうだ。
隣地であったこともあり、指値もしないままに買い取ったため、そこに新築で建築するとなると収益をシビアに考える必要があるが、最初から隣接する他物件の共用部を使うという前提があったため、新築では共用部は作らず、コンパクトな部屋だけを作ることになった。

新築されたセシーズイシイ23の建物はコンクリート打ち放しのRC造3階建てで、隣接する建物とボリュームが揃っているためだろう、新しい建物でありながら、最初からこの場所に馴染んでいるように見えるのが面白い。
縦横3個の箱を積み重ねたような可変性ある建物

商店街から入って来た側だけでなく、建物の裏側にも通りがあり、玄関がそちらに向いた住戸もあって全体では20戸(うち、2戸は店舗用テナント)。1〜2階はメゾネット中心で、3階はフラットな住戸。専有面積は16.46uから31.28uまでで、中心となっているのは20〜22u。

建物は4畳半ほどの箱を縦横それぞれに積み重ねるように作られている。中央の棟は縦横にそれぞれ3個が連なっており、両サイドの2棟は道路に面して2個、奥に3個でワンフロアで6個となっている。
住戸の広さはその箱をいくつ使うかで決まる。たとえば1階で横に2個、上に1個だったり、1階に1個、2階に2個だったりなどといった具合である。
箱と箱との間は可変性を意識して乾式の壁で仕切ってある。現在はどの住戸もコンパクトだが、壁を取り払えば広くすることもできる。たとえば最初の時点では横に2個、縦に1個を1住戸としているものの、もっと広い住戸が欲しいというニーズがあった場合に横に2個、縦に2個にするなどが容易にできるのだ。
「先代からの物件の中には20u、3点ユニットのワンルームが90戸ほどもあり、それを埋めるのに辛い思いをしてきました。その時代にはそれだけの広さでも良かったのでしょうが、時代が変わるとニーズも変わる。これから建てるのであれば可変性は大事と考えました」と石井氏。
コンパクトな部屋に新しいニーズ


実際の部屋にお邪魔してみると表、裏それぞれの通りに面して入口はガラスで開放的ではあるものの、率直なところ、非常にコンパクト。たとえば1階の一番端の部屋は横に2個、縦に1個の箱からなっているのだが、入ったところの箱はまだしも、奥に続く次の箱は小さなキッチンとシャワーブース、2階への階段でほぼ占められており、2階も寝るだけのスペースがあるだけ。

だが、自宅には寝るだけの空間があれば良いという考え方があり、しかも、その考え方は若い世代に広まりつつある。

「この物件を借りるとすぐ近くにあるコワーキングスペース・新城WORKの機能がすべて使えるようになります。仕事場はそれで確保できますし、新たに作ったフィットネス、会議室ももちろん使えます。カフェも隣にありますし、近所には銭湯もあります。
水回りがあると掃除をしなくてはなりませんが、それが面倒だからと水回りの充実したシェアハウスを選ぶ人もいることを考えると、自宅の、掃除しなくてはいけない範囲はできるだけ小さくと考える人は確実に増えています」。
しかも、近年在宅時間が増えており、となると室内はもちろん、トイレ、風呂は汚れ、以前よりも掃除の必要が高まる。面倒だと思う人が増えるのは当然で、であれば自宅には必要最低限の広さだけがあれば良いという発想になるのも分かる。
店舗、オフィス、働く場としてのニーズも
加えて働き方、店舗等の営業の仕方なども変化している。
「最初はまちにある弊社の各種機能を利用して暮らす、住宅としての用途を中心に考えていたのですが、思っていた以上に店舗その他として借りたいという人に関心を持って頂いています」。
確かに前述した部屋も入ったところを来客向きの空間と考えると、それ以外とは引き戸で仕切られて独立した部屋になり、使いやすそうである。
そのため、たとえば、英語教室、キャンプ用品を作っている鉄工所のショールーム、和菓子店の事務所(いずれは店舗にという予定も)、イタリアンレストラン、暮らしの保健室という健康や介護その他の暮らしの相談所、コミュニティバーなどなどからすでに引き合いがあるという。
この広さでレストラン?と思うが、予約制、人数限定で営業するレストランも増えてきており、不特定多数を相手にする以外の商売もあり得るのが今なのである。
想定以上に営業を前提とした申し込みが増えたため、建物前には看板を掲げるスペースを追加で新設した。建物に複数の看板等が掲示され、見た目がごちゃごちゃになるのを防ぐためである。
「住宅として計画してきたため、商業ユースで考えると単価が安く、コンパクトな物件なので一人で営業することを考えると逆に使い勝手が良いということもあると思います。さすがに半分以上が店舗系になることはないとは思っていますが、ニーズが非常に高いことは驚くほどです」。
元付けは1社、担当は1人に絞って募集
もうひとつ、注目したいのは募集方法。
「通常、この規模なら3〜4社に委託すると思いますが、今回は元付け1社、さらに担当者は一人だけに限定して募集をお願いしています。
それはセキュリティを考えてのこと。父の時代にはオートロックその他でセキュリティを確保していましたが、この物件ではそうしたセキュリティシステムを導入していません。表、裏双方に出入り口があり、誰でも入れるようになっています。
そこで安全を確保するためには人の目、繋がりに頼るところが大きいだろうと考えており、その人間関係のハブとして不動産会社の担当者を考えています。この人は入居者全員を知っている人になる。それが全体の安全に寄与するのではないかと考えています」。
多少客付けに時間がかかるとしても、この人が入居者全員を知っているという安心感は大事だろう。そこで覚悟を決め、その一人に情報を集中、担当してもらっているそうだ。
不動産会社とのやりとりでは不動産会社に主導権を握られがちだが、このように自分の物件に合わせた決め方を選択、依頼することもこれからは大事なのかもしれない。


ただ、といってもコミュニティ醸成を強く意識しているわけではない。年に1回くらいはイベントをやるつもりではあり、隣接する新城テラス周辺で開かれているマルシェ等への参加はウェルカムだが、距離感は大事にしたいと石井氏は考えている。
路地全体が変わることで地域も変化
商店街からセシーズイシイ23までの路地はかつては古い木造アパートが建つ、どこにでもある、目立たない空間だった。ところが、そこに石井氏の経営する建物が並ぶことで雰囲気が変わりつつある。カフェがあり、そこから奥に入るとパン教室、イベントスペースなどがあり、マルシェなどに使われる中庭空間もある。

さらにそこに新築の、小規模な個人経営、特徴のある店舗がいくつかできるとしたら、路地全体の印象は大きく変わるはず。小さな繁華街、賑わいの拠点ができるとでもいえば良いだろうか。当然、路地の価値も変わるだろう。
募集はこれから始まる予定で、賃料は相場+1万円ほど。平均は8〜9万円だが、高い10万円台の部屋から決まっているそうで、おそらくそれほどかからずに決まるだろうと思う。
すべてが決まり、オープンする店がすべてオープンしたところで再訪、路地の変化の違いを確認したいと思う。きっと面白くなっていることだろう。同じ地域に集中して物件を持っている人なら、こうした物件ごとが繋がり、価値を上げると言うやり方は参考になるはずだ。