コロナ禍での加速もあり、賃貸住宅がどんどん多様化している。広さ、設備がほぼ横並びだった時代であれば近隣相場だけを参考にした賃料査定でも無理はなかったと思われるが、今の時代、そのままで良いのだろうか。ここでは賃料査定の現状を取材、不動産経営者が知っておくべき知識を2回に分けてまとめた。
早く決める賃料査定が正しいのか
今回、賃料査定の記事を企画した背景には取材で感じた2つの違和感があった。ひとつはある建築家が設計した高品質な賃貸住宅。近隣相場を中心に、いくつかの試算を経て設定されたという賃料がどう考えても安く感じられたのだ。その後の様子を見ていると、早々に決まっていくのだが、それは安いと判断されているからではないか、物件の良さがきちんと評価されているのだろうか。疑問が湧いた。
また、ある時には「安くしてすぐに決める必要はない」という言葉を聞いた。投資である以上、できるだけ賃料を高めに設定、それで決めてもらうほうが長期的にはプラスになる。
だが、近年は早く決めること、たとえば竣工時満室などが良いとされる。筆者もそうした記事を書いてきた。しかし、前述したように賃料を安く設定すれば早く決められるわけで、投資家として早く決まることを正義とするのはちょっと違うのではないか。
でも、だとしたら適切な賃料査定とはどのようなものか、募集にかかる期間をどう考えれば良いのか。そこでまずはもっともオーソドックスで全方位を見た査定をしていると思われる大手管理会社ハウスメイトの賃料査定担当、ハウスメイトパートナーズ東京本部東京営業部長の田中利幸氏に同社の場合の賃料査定の現場を聞いた。
査定の基本となる10項目
田中氏の場合、家賃査定ではまず、基本となる10項目ほどをチェック、それ以外にも数項目を見るようにしているという。前者の10項目は賃料のベースとなる部分で、ここについてはある程度、新人、AIでも査定できるようになってきているという。
「賃料査定で難しいのは、査定には誰が査定してもさほど変わらないベーシックなところと物件ごと、部屋ごとに異なるもの、この2種類があるところ。前者は新人とベテランでもそれほど大きな差にはならず、AIでもいずれできるようになるでしょうが、後者の物件、部屋ごとの差違については経験、知見、ノウハウなどで大きく差が出ます」。
まずはベーシックなところだが、これについては
@ 物件が供給される時期
A 建物の構造
B 規模、戸数
C 最寄り駅から歩いた時の所要時間
D 沿線、最寄り駅
E 利用できる路線数
F 周辺環境
G 設備
H 築年数
I 近隣事例の相場
が挙げられる。時期については間取りによって異なり、単身者向けであれば1〜3月が一番動く時期。この時期であればそれまでぴくりとも動かなかった物件でも決まるようになり、多少チャレンジした賃料設定でも決まることがある。
ところが、ファミリー向けになると時期よりもエリアで決まる、決まりにくいが左右される。人気のエリアであれば時期に限らず、決まるのだ。
「2LDK以上の新築は希少ですから、多少、チャレンジした家賃でも決まります。最近は共働きのパワーカップルが全体の8割以上と言われており、ある程度の家賃を払える人も増えているのです」。
ただし、一般的には部屋が広くなればなるほど坪単価は下がることが多く、そのため、ファミリータイプは事業性が低いとされ、供給が増えない。広め、でも坪単価を下げない物件が作れれば収支は会う計算だが、ここにチャレンジする人は少ない。
構造は規模ともリンクする。一般には木造よりRC造のほうが高めに査定されるが、RC造でも10戸、15戸など規模が小さく、共用部のない、部屋だけの物件ではそれほど大きな差にならないこともある。
「賃料を高く設定するためにはエントランス周りや廊下などの共用部がどのように見えるかもポイント。特に単身者向けであれば部屋自体の広さ、作りなどはそれほど変わりません。であれば、規模が大きく、見た目にも映えるエントランス、共用部があれば賃料を高く設定できます。そこに住む満足感、ステイタス感がプラスされるからです」。
駅からの徒歩距離については10分までが目安。ただ、これについては単に所要時間というだけでなく、どのような道を10分歩くかでも査定は異なる。これについては後述する。沿線・駅や利用できる路線数、設備については多ければ多いほど、築年数は新しければ新しいほどプラスに働くのは説明せずともお分かりいただけるところだろう。
経験、ノウハウが生きる査定項目
続いては経験、ノウハウが査定を左右する項目である。このあたりは査定する人によっても参考にする、しないがあるようで、誰に査定してもらうかで差が出たりもする。田中氏の場合には
@駅動線→同じ駅から半径400m圏に立地していても駅からの間が商店街なのか、坂なのかでは異なるので、ここを細かくチェック
A施工会社→信頼できる会社が手掛けているか
B共用部→前述したように建物ファサード、エントランスなど第一印象を左右する部分を特に確認する
C特定の会社に喜ばれる条件の有無→同社の場合、法人と提携しており、会社によってはあらかじめ自社に通勤しやすい沿線であれば寮、社宅などとして借りたいという希望を受けていることがある。その場合には一定の範囲で賃料を高めに査定できることもある
D入居者が決める理由の有無
を意識して査定に当たっているという。
特にCに当てはまる物件以外ではDが大事ではないかと思う。
「同一物件内の部屋でも、同じ広さでも、間取り、間口、使いやすさや生活動線、家具の配置のしやすさ、隣地との距離などには差があります。その差を確認、借りたい人が『この部屋に住みたい』と思うかどうかを具体的にイメージ、それに応じて同じ住戸内の部屋でも査定を少しずつ変えるようにしています」。
たとえば同じ物件内にほぼ同じ広さのメゾネット、平面の2LDKがあった場合。最初の段階では空間を分けて使えるという点からメゾネットを高めに査定したものの、実際に建物が完成、使い勝手を想定してみたところ、平面のほうが使いやすいと判断して査定を見直した例があるという。
「最近では同じ25uでもワンルームではなく、1DKとして使える間取りの人気が高くなっています。仕事部屋と寝室を分けたい、気分転換できるようにしたいなどといったコロナ禍で生まれたニーズを反映したものです。
ただ、これを可能にするためには部屋の間口は3700oは必要。ところが通常は3000o前後なので、作りたくても作れていないのが現状です」。
決める理由のひとつとして設備を考える人もいるが、現在の時点でほとんどの設備は一般的になっており、プラスアルファの設備を付けてもオーバースペックになるだけ。プラスの設備分、家賃が上げられるのは都心5区のファミリー物件くらいで、それ以外は他にない設備があるからと言っても賃料は上げにくいそうだ。
新築時の査定は目安でしかない
ここまでの田中氏の査定で大事なことは最終的には現場に行って、行かなければわからないことも含めて判断しているという点。南向き住戸でも前面建物の有無で日当たりの良さは異なるが、こういう点は図面だけからでは判断できにくいのである。
ところが新築前の査定は建物の詳細が決まる前に行われる。となれば、当然、どうしても精度は落ちるのではないか。田中氏に聞いてみた。
「ひとつの土地に投資用物件を建てようとする場合、土地所有者は複数のデベロッパーに見積もりを依頼し、それぞれのデベロッパーはさらに複数の不動産会社に家賃査定を依頼します。ひとつの土地に対して10数社が家賃査定をするわけですが、建物詳細、建設時期その他が決まっていない時点で、しかも競合プレゼンのために必要だからと急いで数字を出すわけですから、さほどに精度が高いわけはありません。
ところが、そうした数字を前提に計画は進むことになります。さらに土地所有者が数字を精査せず、最終的利回りだけから計画を選択した場合、そこに無理が生じることも考えられます。私たちは査定賃料をそのままにするのではなく、建物完成まで何度も現地に足を運び、部屋ごとの賃料を細かく調整するなどしています」。
最近は相続税対策、節税のために短期で投資用物件を建てて売却、あるいは購入するという案件が増加している。同社の場合でいえば、この四半期で受注した新築420世帯のうち、1棟収益物件が7〜8割近くを占めているという。
そこから、利回りありきの計画で建築が進んでいる例が多いことは容易に推察できる。その結果、賃料が高すぎて決まっていない、決まっていないから売却もできないという物件も出てきている。最初の計画の精度が低いと竣工後では修正しにくいのだ。
目の前に税金対策があり、だから建てるというケースでは時間をかけて地図から計画を練る時間がないのは仕方がない。また、金融機関も売ってしまっておしまいの売買より、計画が長期に渡る賃貸経営を見る目は厳しく、チャレンジした物件を自分で建てようとする人より、ハウスメーカーなどに依頼、サブリースで借り手が決まっている無難な物件を良いとする傾向もある。
それを考えると、少なくとも新築前の賃料査定は誤差が生じることを認識しておいたほうが良いのではなかろうか。
ただ、そうなると次の疑問も出てくる。完成前でも精度の高い賃料査定をするためにはどうすれば良いのか。また、管理会社の査定でも会社によって額が違うように、査定する相手によって査定額が違う場合には何を意識すればよいのか、さらにリノベーション物件やチャレンジのある物件の場合にはどうすれば良いのか。最後に募集開始からどのくらいで決まることを目指せば良いのか。そのあたりの疑問については次回でご紹介していきたい。