コロナ禍が収束に向かうに連れて注目されるものと言えばインバウンド需要だ。観光需要への期待だけでなく賃貸需要においても、留学生や労働者が日本に住まう機会の増加が期待される。
不動産投資家・大家にとって、海外からの入居希望者を受け入れるかどうかは大事な経営判断の一つと言える。一方で日本国内の不動産業界においては、契約書などの言語面や地域によって異なる商習慣など、入居者フレンドリーと言いにくい部分もまだ多い。大家と入居者の双方がwin-winとなるための環境整備の点では発展途上にありそうだ。
今回、そんな日本において昭和から平成、令和にかけて賃貸住まいを経験してきた”センパイ 外国人”にお話を聞き、日本の「失われた30年」とも重なる時代を過ごしてきたエピソードを取材した。

30年以上も前に来日してTOKYOで暮らし続けるFさん
米国出身の Aさんが初めて日本に来たのは1980年代半ばだ。東京都B区で妻と二人で住み始めた3LDKのマンションで、日本での賃貸暮らしをスタートさせた。
このときの家賃は25万円/月だったそうだが、これを今で言う”シェアハウス”のような形で専有部分を知人とシェアして生活したというユニークな経験も持つ。
「LDKの部分を共同で使いながら、個室の一つを仕事で使わせてもらう、などそれぞれの部屋には用途を定めながらシェアしていました。友人との共同生活でしたがとても過ごしやすくて、後に引っ越すときも後ろ髪をひかれる思いだったことを覚えています。たぶん当時は日本語でも『シェアハウス』という言葉はなかったですよね。」

Aさんは上述の生活を1年半ほど続けたあと、同じB区内で近所にできた新築一棟マンションの一室に移り住むことになり、そこから通算で30年以上そこに住むことになった。
「いま思うと、都内で利便性の高いこのエリアに長年住み続けられたことはラッキーだったと思います。同じく3LDKを今度は自分たちだけで使いましたが当初からの家賃は16.5万円でした。インターネットが普及してからもその回線費用などは込みの賃料でしたし、当初は更新料も負担せずに済んでいましたから。」
変化を感じ始めた2014年以降の賃貸市場
しかしながら、2014年頃を境に賃貸相場の雰囲気が変わり始めた気がするとAさんは振り返る。
「大家さんから電話が来るときは『どうですか?(How is everything?)』といつも声をかけてくれますが、2014年か2015年くらいからはこちらにとって良くない話が多くなりました。その頃に初めて『気持ちだけでも』のような形で更新料を求められ、それ以降は家賃の値上げに関する話も来るようになりました。
日本経済にもいろいろありましたけど、いま思えばバブル以降やリーマン以降しばらくは家賃も据え置きされていたのが、アベノミクスの頃と合わせるかのように値上げが始まったようにも見えます。
値上げも東京特有の相場だったのかも知れませんが、それでも大家さんがもともと知り合いだったという近い関係性もあったので、よくしてもらったほうだと思っています。」

長年住み慣れたエリアを離れ都下へ住み替える
とはいえじわじわ上がる住居費の負担が許容範囲を超えたと判断したAさんは、最近になってとうとうB区を離れた。引っ越し先は都内郊外で西部に位置するC市だ。
「やはり賃料がどんどん上がっていくのはdisappointedでしたから。都内でも東部の下町エリア(downtown)とか、東京以外では横浜市なども候補にして部屋を探しましたが、仲介会社と情報交換しながら最終的にC市に決めました。
家賃もそれまでの半分とまではいかないけどかなり下げられたし税金の負担もB区の時より下がると思います。でも、自分の通勤時間は50分から90分に延びましたし、ラッシュアワーの特急や快速はどうしても慣れないので各駅停車に乗ってしまいます。それに、2人で住むとはいえ1DKになったのはやっぱり狭い(small)です。」
住まい探しで感じた大手店舗と地元店舗の違いや、日本の商習慣に対する所感から、日本の大家へリクエスト
ところでAさんは2000年代に、一時的に日本を離れた期間ののち再来日している。その際には住まいを探すため、都内で幾つかの仲介店舗も訪れており、その時の様子を回想する。
「この時は、同じ都内でもいわゆる古くから駅前にあるような「地場の不動産屋」と主要駅に店舗を連ねる「大手仲介」との対応の違いも感じました。
地元業者さんの店舗に入ると、いかにも個人経営という雰囲気で、あまりフレンドリーではない印象でした。
逆に電鉄系の某大手仲介さんを訪問したとき、わたしの横では別の外国人も英語で対応を受けていました。応対していた社員はたぶん帰国子女のような属性で英語対応を任されていたのでしょうけど、”サラリーマン”的な安定感も伴う対応というのか、慣れない外国人にとっては大きい会社のほうが安心感がある気がしましたね。」

Aさんは地域ごとに賃貸の商慣習が異なる点や、入退去に関して説明を受けるときの英単語エピソードなどと共に、大家さんへのリクエストも挙げてくれた。
「『礼金』も不思議ですね。同じ日本でも関西のほうではあまりない習慣ですよね。また、『敷金』のことはよくデポジット(deposit)と説明されますが、英語でdepositといったら、返金される前提で使われるニュアンスが強いので、クリーニング代やその他で返金額が減ることを正しく理解してもらわないとトラブルになりやすいかも知れません。
退去のたびに修繕もあるし、大家さんにとって不動産がタフビジネス(tough business)なのも理解しています。ただ、総合的にみて日本の賃貸住宅は快適でクオリティはとても高いと思います。
大家さんにはぜひ、外国からの入居者にとって契約内容が分かるようにしてあげてほしいですし、そのためにコミュニケーション(communicate properly)が重要という意識を持ってほしいと思います。」
大家ならびに管理会社としても多様性を受け入れる社会の実現に向け、気に留めておきたい”センパイ”からのフィードバックだろう。
執筆:
(さんとうりゅうおおや)