脱どんぐりの背比べ
ワンルームを中心にどこにでもよくある、特徴のない物件が決まりにくくなっている。似たような物件ばかりで、どこかが悪いわけではないものの決まらない。
貸す側からすると周りに比べても劣るところがあるわけではなく、決まらない理由はないのに、なぜ決まらないのか不思議だが答えは簡単だ。どれも同じで目に留まらない、選ぶ理由がないと思われているのだ。
そうしたどんぐりの背比べ状態から頭ひとつ抜け出すためには他の物件とは異なる何かしらが必要になるのは言うまでもない。
そのための手段として多くの人が思いつくのがリノベーションだろうが、そこまでの費用をかけずに大きく差別化する手がある。ここではその秘策をご紹介しよう。
決め手に欠ける物件をどう差別化するか
東京都武蔵野市に株式会社リベストという地元で50年以上続く老舗の不動産会社がある。その会社が内装の学校や建材等の商品プロデュースを手がける株式会社夏水組の坂田夏水氏と組んでDIY型賃貸を始めたのは今から10年ほど前のこと。
同社の中道通店店頭に壁紙を置き、賃貸なのに自分が住む部屋の壁紙を選べますとアピールしたことがきっかけだ。
それが契機となり、同社にはインテリア好きの人達が部屋を探しに来るようになり、管理を依頼していたオーナーが自分の物件のリノベーションを依頼するなどの流れができた。
さらに2年ほど前に坂田氏が手掛けるインテリアショップDecor Interior Tokyo(以下デコール)が吉祥寺に移転、関係はより深まった。
リベストの壁の張り替えをしない物件をデコールスタッフがペンキを塗ったり、小物をステージングし、DIY型賃貸に改修するようになったのである。
「リベストは吉祥寺だけでなく、JR中央線、京王井の頭線沿線にも多数の管理物件がありますが、同じ価格帯に数多くの築古ワンルームがあり、決まりにくくなっています。久我山、三鷹など駅としては人気の街にあるものの、決め手に欠ける物件が多いのです。
それを差別化しようと始めたのがデコールとの協業。具体的には壁紙張替え、壁の塗装を行うほどにはなっていない、クリーニング程度で良い物件で室内、設備に不備はないものの、そのままでは平均的過ぎて選ばれそうにない物件を改修してもらい、DIY型賃貸として貸すというやり方です」と中道通り店の山田妙子氏。
空室のリフォームの有無は山田氏あるいはリベスト社員がジャッジし、デコールによる改修が良いと判断した場合にはオーナーに改修を相談。オーナーのOKが出たらデコールのスタッフが自転車などで現地に行き、室内を撮影。この壁にこの色、この壁紙、襖紙を貼るなどの改修プランを立てて見積もりと仕様書を作成。それにオーナーが承諾すればスタッフが施工という流れである。
作業は2日。塗装、家具配置で大きく差別化
始めた頃にはかなり手を入れた物件もあったが、続けているうちにノウハウが蓄積されてきており、現在では最低限の手で最大の効果が得られるようになっている。
改修にかかる日数は2日。初日は壁一面あるいは二面をペンキで塗装。塗装するのは1日でできる範囲。ペンキは材料としてはそれほど高くはないものの、夏水組オリジナルの商品を使っており、それが仕上がりを他とは違うものにする。続く2日目は家具をセッティングする。言ってしまうとそれだけなのだが、それで部屋の印象は激変する。
設置する家具は物件次第。2LDKなど広めの物件だとダイニングテーブルとベッド、ワンルームの場合は棚と照明、造花など、部屋が明るく見えるようなものを用意する。広さ、日当たりその他部屋の条件によって置くモノ、色合いは異なる。自転車、軽自動車で運べるものなので、さほど大がかりなステージングではないが、それでも効果は大きい。
ちなみにステージングではよく百均やイケアなどの安価なプラスチック製の品などが置かれているのを見るが、あれではダメと坂田氏。今時の若い人たちはインスタグラムその他で他人の部屋やインテリアをチェックしており、よくモノを知っている。
部屋の下見時には夢を見せてあげることも大事であり、そこで「ああ、あのブランドのあれか」と価格まで分かってしまうようでは興醒め。決定には繋がらないのである。
一般リフォームより安価に大きな効果
気になるのは費用だが、想像以上にお手頃だ。
「ワンルームであれば3~5万円、2LDKなど広い部屋だと7~8万円くらいで、10万円まではかかりません。ところが壁の塗装となるとワンルームで5~10万円で、壁紙を張り替えるとなるともっとかかります。改修よりも時間、手間がかからないので、改修後すぐに客付けできるのも良いところ。壁紙を剥がしてゴミにするよりも環境にも優しいですしね」と坂田氏。
しかも、壁紙の貼替え、塗装であれば元に戻すだけであり、競争力は付加されない。マイナスだったものがゼロの状態に戻るだが、デコールの改修を施せばプラスに持っていける。ゼロとプラスの戦いならプラスが有利なのは言うまでもない。
センスあるマイソクで若い人の心を掴む
部屋を改修するだけでなく、それを元にした物件チラシ、いわゆるマイソク作りもデコールのスタッフが担当している。DIY型賃貸を始めた2年ほど前からnatsumikumiのアカウントを作っており、今年からはリベスト・夏水組のアカウントを作り、インスタグラムに写真やチラシもアップしている。アカウント名はlibest_natsumikumi。チェックしてみたい。
「物件の動画、画像などを撮影、マイソクを作成するのは管理もやっている不動産会社には時間的に難しい。また、不動産会社にいる人達が全員インテリアに関心を持っているわけではないので、それよりもインテリアに詳しいデコールスタッフがやるほうがセンス良く、目につくものになります」と坂田氏。
今回の記事では改修した部屋とそれをアピールするマイソクをセットでご紹介しているが、いかにも不動産会社が作りましたというものとは一味違うことが見てお分かりいただけると思う。歪みは補正されているし、暗い、何を撮ったのか分からないような意味不明の写真はなく、キャッチコピーも分かりやすい。マニュアルに沿って撮影しただけの写真では伝わらないのである。
リベスト店頭には多数のマイソクが貼られているが、デコールスタッフが作成したチラシを見て来店する人も多く、しかも、決まりやすいという。
店頭に常時貼られているマイソクは30~40枚。
「5万円、6万円のワンルームで他とちょっと違う、おしゃれでちょっとしたディスプレイのある部屋なんてありません。そこにピンクの壁の、今まで見たこともない、実家の自分の部屋でもそこまでできないような部屋があったら決めない手はありません。
逆にリベストさんの店頭で見たピンクの壁の部屋に申し込もうと思っていた人が他の人に先に借りられてしまった、でもピンクの壁の部屋にどうしても住みたいと訪ねてこられたことがありました。その方にはだったらリベストさんにピンクの壁の部屋に住みたいと逆リクエストをすればいいんですよと教えて差し上げました」。
インテリア好きは部屋を大切にする良質な入居者
店頭で見て「この部屋!」と決めて来店した人の場合、決定までが早いことに加えて部屋をきれいに、大事に使ってもらえることも管理会社、オーナーにとってはうれしいポイント。部屋が汚部屋になる可能性が非常に低く、逆に住んだ人が価値を上げてくれる可能性すらある。もちろん、長く住んでもらえる可能性も高い。
「インテリアを大事にする人は生活を大事にする人でもあるので、集合住宅内で周囲に迷惑をかけることも少ない質の高い入居者でもあります。建物内で順に改修を進めていけば全体として住みやすい環境にしていくことになるのではと考えています」。
実際、一度改修を行い、すぐに決まった経験のあるオーナーからは空室が出たら、次も同じように改修して欲しいとリクエストが来ることも多くなったそうだ。
また、山田氏は改修して物件が変化したことに自社のスタッフが反応、それが早く決まることに繋がっているという。
「改修を依頼した弊社スタッフも夢がある部屋ができるとうれしいもの。これをお勧めしようと思うようになり、だから早く成約します。面白いのですが、自分が良いと思う物件は早く決まるもの。そしてそれが本人の自信に繋がり、さらに決まるようになっていく。良い物件は人の心も動かすのです」。
勧める人がどうでも良いと思っている物件は決まりにくく、自信を持って勧める物件は決まりやすい。当たり前だが、不動産会社のスタッフも人である。その自信と熱意が借りる人にも伝わるのである。
賃料アップではなく、空室期間激減を目指す
ただし、ここで1点注意したいのだが、早く決まるようになり、大事に長く住んでもらえるようにはなるものの、賃料自体が上がることはない。
だが、3カ月、半年空いていた物件が3~5万円ほどの改修ですぐに決まり、その後も長く住んでもらえる、決まりやすくなるのであればそれは大きなプラス。周囲に同じような競合物件が多く、なかなか選んでもらえないような地域、間取りであればやってみる価値はあるというものである。
管理会社、インテリアショップとチームを組もう
では、実際にこうした手で自分の物件を変えたいと考えた場合にはどうすれば良いか。坂田氏は管理会社、インテリアショップなどとチームを組むことを勧める。
「全国にはあちこちにインテリアに詳しい地元のショップ、コーディネーターがいるはずなので、そうした人たちと組んで改修に取り組むのが良いと思います。最近では地元の工務店、職人さんなどが仕事が無いと困っている例を聞きますし、若い子でDIYを手がける人も増えています。探せば身近にそういう人がいるはずです」。
ちなみにデコールの場合、現場で改修のプランを立てたり、施工を行っているのはアルバイトの主婦、ママさんたち。毎日一定の時間オフィスにいなくてはいけないような勤務は難しい人達だが、改修はそれに比べれば自由度が高く、働きやすい。
「たまたま、職業訓練校で内装の勉強をした人が一人入ってくれ、そうしたら次々にそこで学んだ人達が入ってくれました。きちんと基礎知識があり、そこに仕事を通じて技術力、提案力もついてきており、今では得難い戦力。
これから部屋を借りようとする若い人達と年代的に近いこともあって、彼らに好まれるテイストが分かっているのもありがたいところ。現場でのご近所への挨拶もソフトでトラブルなく進みます」。
もうひとつ、目利きができる管理会社とのパートナーシップも大事。どの部屋をどう改修するかのジャッジはリベストが行うと書いたが、そこが肝である。部屋の中だけではなく、周囲の競合物件を意識、その部屋の地域での競争力を判断した上でのジャッジでなければ無駄が生じることもあるためだ。
若い人達に確実に届くインテリアも大事だが、それと同様にどの程度の競争力を付加すれば決まる物件になるかを見抜く目も大事なのである。不動産会社の力量が問われると言っても良い。
そのため、パートナーとして選ぶなら管理を行っている、つまり物件をよく知っている不動産会社が良いと思う。物件を、地域を知らなければその物件の競争力を見抜けないこともありえるからである。
吉祥寺界隈で改修が行われた部屋はすでに50数部屋に及んでおり、インテリアに関心のある若い人たちの間ではリベストに行けば、デコールに行けば他にない物件に巡り合えることは知られつつある。
ただ、せっかくDIYできる部屋だというのに、今の段階では契約時に貰えるデコールの10%オフクーポンで店まで来て小物を買う程度までに留まっている人が多いのが次の課題。
実際にDIYする人が増え、そういうことがしたいなら吉祥寺だよねというのが知られるようになれば、地域に新しい価値が生まれていくことになる。もし、そうなれば今まで他の土地にはなかった価値だけに、吉祥寺がより面白くなることになりそうである。
健美家編集部(協力:中川寛子(なかがわひろこ))