2021年12月。自らマンションを破壊、それを台風のせいだと偽って保険金を詐取したとして千葉県船橋市のリフォーム会社「シエルト」の社長以下3人が逮捕された。
警視庁保安課によると供述や金融機関の口座の分析などから、同社は2018年から2019年にかけて同様の不正請求を70件以上繰り返し、保険会社から約2億円も詐取した疑いが持たれている。この事件では同年10月にも火災保険の請求を不法に代行したとして、3人のうち2人が弁護士法違反容疑で逮捕されている。
さらに2022年1月には福岡県警が損害保険金詐取容疑でリフォーム業者、自宅が損傷したとした会社員など5人を逮捕している。リフォーム業者が指南役となり、2011年から17年にかけて保険会社10数社から総額1億6000万円を詐取した疑いがあるという。
この件では2015〜2016年に損害保険会社3社と契約し、台風などで屋根やフェンスが損壊したと虚偽の申請をし、計約307万円をだまし取ったという容疑で指南をしたリフォーム事業者だけでなく、建物所有者も逮捕されている。昨年、今年と同様の逮捕が相次ぎ、しかも範囲も拡大しているのである。
近年、台風で被害を受けたとして損害保険を不当に請求する例があることがニュースなどで取り上げられるようになったが、自作自演による詐取、所有者までがぐるになっての詐取までが行われていたわけである。
これによって多くの人が自分たちが被災者になった時のためを考えて払ってきた保険料が、被害を受けてもいない誰かの懐に入っていたと考えると腹立たしい話である。現状を公益社団法人日本損害鑑定協会に聞いた。
2018年に潮目が変わった
話を伺った日本損害鑑定協会は損害保険会社から委託を受けて損害の鑑定に当たる事業者の団体。損害の現場を知り尽くした人たちの集まりというわけだが、彼らによると不当、過大と思われる請求自体は20年以上前から存在はしていたという。だが、その時点では局地的、散発的な現象だった。
ところが、7〜8年前からそれが全国的に行われるようになった。
「潮目が変わったと感じたのが2018年。この年は6月に大阪北部地震が起き、7月に西日本を中心にした豪雨、9月に近畿地方を中心に被害を出した台風21号があり、同月には北海道胆振東部地震もありました。
災害が相次いだ年で、損害保険会社は被害に遭われた方に一刻も早く保険金を届けようと迅速に保険金を支払いました。目の前に困っている被災者がいるのだからと厳しく精査するよりも早期の支払いをある程度優先したということです。
そこに付け込み、被災していないものを被災したとして請求したり、水増しした請求をする例が急増したのです。SNSでノウハウが拡散される時代でもあり、今ではセミナーと称してどうすれば本来保険金を請求できない経年劣化を被災と言って請求するか、請求額の水増し法などを指南する人たちもいるほどです」。
修理を前提にしないコンサル会社が主流に
当初は修理をする事業者が自分たちの仕事や工事額を増やすために一般消費者に損害保険利用を呼び掛ける例が多かったが、最近は修理を前提としないコンサルタイプの事業者が増加している。
「少し前までは申請を代行すると言っていましたが、その言い方だと冒頭に挙げたように不法とされることがあるため、最近では申請サポートという言い方をしている事業者が大半です」。
こうした事業者が狙うのは築20年以上などの住宅でかつきちんとメンテナンスされていないもの。建物は古くなれば屋根の瓦、化粧スレート、外壁や防水、雨樋その他もさまざまな箇所が経年で劣化する。そうした、普段は意識していない、見えにくい場所に損害があるとして、それを台風被害だと言って保険金を請求するのである。
「屋根の防水や外壁の塗装は10〜15年で劣化しますし、それ以外でも20年も経てば老朽化はあって当たり前。たとえば屋根材の化粧スレート(カラーベスト、コロニアルといった商品名でよばれることも多い)がちょっと欠けている、色が変わっている、防水性能が落ちているなどに目をつけて『これなら保険金が出ます、この近所の方はみんな請求しています、もったいないですよ』と勧誘するのが手です」。
しかも最近では一部どこかで支払ってもらえれば儲けものと考えるのか、家中の至るところの傷みを列挙してくる例が増えているという。
また、どこかで災害が起きるとそれに乗じた請求が増える。災害後には保険の請求が増えるため、そのタイミングで請求をすれば過大、不当な請求が見逃されやすくなると考えているのだろう。
「千葉県が台風で被害を受けた後には山梨県、神奈川県などその台風では被害の無かった地域からの請求が増えましたし、熱海の土石流で被害が発生した後にも増えました」。
他人の不幸を利用する火事場泥棒というわけである。
性善説が狙われている
こうした手口が分かっているなら、保険金支払いに対して損害を復旧する義務を課す、時間が経った災害には時効を適用するなどの手を打てば良いのにと素人は思うが、それはできないという。
「損害保険に限らず、保険はある意味相互扶助。被害に遭った人をみんなで助けるという趣旨で設計されており、性善説に立っています。復旧義務がないのは保険金は被害に対して出るものであるため。また、被災後、その家に住まないという選択をする人がいるかもしれませんし、すぐには復旧できない事情があるかもしれません。
それを考えると必ず復旧しなさいというのは難しいこと。時効も本来は3年と定められていますが、現在、それをなかなか援用していないのは時効を適用することで救われなくなる人が出ないように、保険会社は配慮している面があるのではないかと思います」。
自動車保険では自動車事故が起き、保険金を請求すると保険料が高くなる等級制度が取り入れられているが、事故、災害を対象とする火災保険では保険料は比較的安く設定されており、復旧義務はなく、等級制度もない。そのあたりがすべて狙われているのである。
「損害保険は使っても自動車保険のように等級が上がって保険料が高くなることはありません。それを悪用、同じ損害を理由に何度も請求がある例すらあります」。
上がり続ける保険料を無駄に使われたくない
弱者保護をまずは迅速に払うべきという考えの下にある損害保険ではあるものの、災害大国日本ではこのところ、火災保険料は上がり続けている。
2021年6月に損害保険会社各社でつくる損害保険料率算出機構は個人向けの住宅総合保険の保険料の目安となる参考純率を全国平均で10.9%引き上げることを発表しているが、2022年度にはそれに基づいて火災保険料の値上げが行われる。
また、2022年中には参考純率が適用され契約が可能な保険の契約期間が現行の最長10年から最長5年へと短くなることにもなっている。それにより、長期契約による割引が少なくなるだけでなく、保険料改定の影響を受けやすくもなるのである。
さらに今後発生すると言われる地震のリスクなどを考えると、大事な保険料が本来支払われるべき被災者ではない人たちに支払われ続けるのは納得がいかない。
「災害から時間が経つと不正が増えるなど、どのような場合に不当と思われる請求が多いのかなど情報は蓄積されており、現場の鑑定人は不当が疑われるケースには厳しく鑑定に当たるようになっています。繰り返し、不当と思われる請求を行っている会社も分かっており、今後は以前ほど旨味が無くなっていくはずです。
同時に不当な請求に加担しないよう、広く啓発活動も行っています。自作自演で逮捕されるケースが出たように、今後は悪質なものについては刑事罰も含め、さまざまな対処が行われていくのではないかと思います」。
損害保険会社でも不当、過大と思われる請求を情報共有するなど対策は打たれつつある。逮捕者が出たことで、犯罪であるという認識も広まるのではなかろうか。
手数料は30〜50%と高額
ところで、話を伺って不思議に思ったことがある。普通にビジネスをしている人なら飛び込みで来た営業マンの話を鵜呑みにしてその場で契約に至ることはそれほどないはず。ましてや、投資家であればさまざまな場面で相見積を取る人も多いだろう。それなのに、どうして損害保険の請求にはすぐに乗ってしまう人がいるのだろう。
「『一般の人が保険を請求してもなかなかおりない、でもコンサルが入るとおりやすくなる』と説得するのです。また、損害保険会社は保険金を払いたがらない、鑑定人はそれに加担していると保険会社、鑑定人などを仮想敵にするやり方もよく聞きます」。
こうした説明をする人はあなたをカモにしようとしているのかもしれない。
そして、これらの疑問以上に不思議に思うのは過大、不当な保険金請求に関わる手数料はおりた保険金額の30〜40%、時には50%と高額であるという点。100万円の保険金が下りても、そのうちの半分も持っていかれてしまうのである。弁護士その他の士業の手数料から考えても高くはないだろうか?
「保険の請求は彼らが言うほど難しいものではありません。実際、火災や災害に遭った人は代理人に頼んだりせず、直接自分で連絡しています。加入した時の代理店あるいは保険会社に一本電話をすれば済む話で、自分でやれること。自分でやればそうした高額の手数料を払う必要はありません」。
電話一本で済むことに保険金の3割、4割を持っていかれる。それこそが不当、過大ではないか。損得の目利きができるはずの投資家が犯罪のリスクすらある、詐欺まがいの手に乗ってどうする。保険金がおりるかもしれないと思ったら自分で電話すれば良いのである。
健美家編集部(協力:中川寛子)