一戸建、アパート、マンションなどに火災保険を掛ける場合に、保険金額の目安となる「再調達価額」は、新築時の建築費が不明であっても「新築費単価法」によって容易に算出することができる。
一方、分譲マンションなどの「区分所有物件」においては、この再調達価額はどうなるのだろうか。前述の独立した建物とは違い、客観的な価額の目安がつかみにくいのではないだろうか。
今回は、この価額の決定が難しい「区分所有物件」の評価について解説したいと思う。
・近年値上り率が顕著な分譲マンション
賃貸不動産投資の対象としても人気の高い、分譲マンションなどの「区分所有物件」。土地付きのアパートやマンションと違い、比較的手軽に、そして手ごろな価格で購入できる。しかも維持管理に手間もかからないことから、ビギナーを中心に人気の投資物件となっていた。
しかしながら大都市圏を中心に、近年分譲マンションの販売価格は新築・中古を問わず価格の高騰が著しい。全国的に公示地価をはるかに超える上昇率であり、しばらく歯止めがかかる気配がない。この傾向は火災保険の保険金額にどのように影響するのだろうか。
・分譲マンションは共有部分と専有部分によって構成されている
分譲マンションの販売価格には、建物の建築費だけではなく、その敷地の地価や居室ごとの特徴(間取り、眺望、陽当りなど)、そして人気やブランドなどの市場価値が反映されている。つまり、同じ地域内、同じマンション内でも価格にはばらつきがあるのだ。
ところが、火災保険で補償されるのはあくまでも損害を受けた「建物の復旧費」であり、前述のような地価や各戸の付加価値等は一切加味されない。それでは区分所有物件に火災保険を掛ける場合、建物はどのように評価されるのだろうか。
分譲マンションは、共有部分と各戸の専有部分とで構成されている。分譲マンション全体に占める共有部分の割合は、通常50〜70%(上塗基準の場合)といわれているので、「新築費単価法」による標準的な1uあたりの建設費に専有延床面積を乗じ、専有部分の割合(30〜50%)に縮小した金額を評価額としてる。
保険会社によっては、予め分譲マンションの専有部分の1uあたり単価を設定済みの場合もあるので、代理店には必ず区分所有物件であることを伝えた上で評価額を算出してもらう必要がある。
(共有部分と専有部分の境界基準)
国土交通省が作成した管理規約の標準モデルでは、「上塗基準」が採用されていることから、現在ほとんどのマンションの管理規約で「上塗基準」が採用されている。
そのため火災保険でも上塗基準に基づいた床面積で評価を行なっているが、希に「壁芯基準」を採用している管理規約もあるので、実態に合わせて評価を使い分ける必要がある。
・実勢価格と大きく乖離する火災保険の「建物評価額」
前述のとおり、分譲マンションの建物評価額は、区分所有の内法(うちのり)部分に対してのものなので、実際には共有部分であるコンクリートより内側の内装・造作費用、および付帯設備費用程度で復旧が可能ということになる。
保険会社では、都道府県ごとに標準的な1uあたりの建築費を定めており、最も高い東京都でも158千円/u程度だ。ところが東京都の中古マンション価格の平均相場は9470千円/u(令和3年)と非常に高く、実際の購入価格と比較すると、それがいかに過小な金額なのかということが判るだろう。
・マンション全体が全焼した場合の家賃収入損失リスク
火災などによって分譲マンション全体が復旧不能な状態(全焼)になった場合、区分所有者にも全損として火災保険金額の満額(+臨時費用等)が支払われる。
マンション全体の再建築費用の大半は、通常管理組合の火災保険で賄われるため、区分所有者の負担はそれほど高額にはならないと思われるが、再建計画がまとまるまでにはかなりの時間を要するはずだ。
一般的に再建築の決定には多くの区分所有者の賛成決議が必要になる。さらに解体から再建築までの期間を考えても、再び賃貸可能な状態に戻るまでに数年はかかるだろう。
しかもその間は売却することも極めて困難だ。当然その間の家賃収入は長期間途絶えてしまうため、マンション全体が全焼した場合の家賃損失リスクはきわめて高いということがいえる。備えを万全にと考えるのであれば、火災保険金額は可能な限り高めに設定し、合わせて家賃収入補償保険も契約しておく必要があるだろう。
・原状回復費用が全額補償されない被害事故も
分譲マンションでは、専有部分のみが全損となる事故も起き得る。フラッシュオーバー火災やガス爆発がその代表的な例だが、共有部分や他人が所有する専有部分からの漏水事故でもその可能性は大いにある。
室内が水浸しになってしまう程の給排水からの大量な漏水が発生した場合、コンクリートで囲まれた構造になっている専有部分は、水の逃げ場が比較的少ないため被害が拡大する可能性が高い。そのため付属設備も被害を受けやすく、損害額が跳ね上がってしまうこともあるのだ。
このケースでは当然加害者(管理組合または他の区分所有者)が加入している保険会社に賠償請求を行なうが、賠償金の算定基準は「時価」なので、築古のマンションになればなるほど請求額のすべてが賠償されるとは限らない。
復旧費を充足できない場合に不足分を補填できるのが火災保険だが、火災保険金額が賠償額より低かった場合、不足分を補填することができなくなってしまう。
また、火災保険では損害額が保険金額を超える場合には「全損」※認定となり、保険金額の満額が支払われるが、通常加害者側の保険会社が提示する賠償金は、この火災保険金額を上回ることはなく、同じく「全損」として火災保険金額以下で賠償金を決定する。これは、
火災保険金額 > 建物の時価額 ≧ 法律上の賠償額
の原則に則った考え方で、原状回復費用が時価を上回ったとしても、賠償額は全損時の建物の時価額が限度となってしまうのだ。
特に家主の火災保険会社と加害者が加入している保険会社が偶然同じだった場合には、情報が共有されるためこのような決定がなされる可能性が高い(火災保険契約によって被害者自身が建物の価値を承認していると見なされる)。
よって火災保険金額の設定は慎重に考えるべきだ。分譲マンション価格や建築費、設備費が高騰している現状を鑑みれば、仕様のクオリティーが高い物件ほど火災保険金額は高めに、既存契約は火災保険金額の増額を検討する必要があることに留意しておくべきである。
※焼失または損壊した部分の床面積が専有延床面積の80%以上となった場合も「全損」となる。
執筆:
(さいとうしんじ)