滞納、原状回復、自殺に備えよう
極度額の目安は家賃2〜3年分
売買、サービスなどについてのルールを決めた改正民法が2020年4月に施行される。不動産の賃貸借に関するルールも変わり、マンション、アパートなどの賃貸管理への影響も小さくない。
何がどう変わり、オーナーや投資家はどう対応すればいいのか、複数回にわたって、ことぶき法律事務所(東京都新宿区)の塚本智康弁護士に解説していただく。
初回は「個人根保証契約での極度額の定め」について。塚本弁護士は「オーナーにとってデメリットしかないでしょう」と厳しくみている。

「個人根保証契約」とは、一度、契約を結んだ後に何度も生まれる債務について、個人が保証人となり、保証責任を負う保証契約のことだ。改正民法ではこの契約について、保証の限度額(極度額)を設けなければ、無効になる、と定めている。
つまり、マンション、アパートなどの賃貸借契約で個人が借主の連帯保証人になる場合、家賃滞納といったトラブルをいくらまで保証するか金額を決めておかなければ、その保証契約は無効で、オーナーは保証人に損害賠償の請求などができない、ということだ。

塚本弁護士によると、極度額を設定する上で、想定しておくべき債務としては、主に
@家賃の滞納
A原状回復費用
B入居者の自殺に対する損害賠償請求
の3つ。ワンルームを想定した場合、それぞれについて、オーナーが保証人に請求できる限度額の目安がいくらくらいなのか、塚本弁護士は実務の例などを踏まえ、次のように分析する。
まず、@の滞納家賃は、「賃料の1年分」とする。入居者が家賃を払わず住み続けている間、オーナーは得られない賃料収入分の金額を払ってもらう必要があるが、塚本弁護士は、契約解除や提訴、退去に向けた強制執行といった手続きにかかる時間を考えると、「最低でも9カ月分は必要」と指摘する。
Aは、入居者が退去する際、部屋を元の状態に戻すための原状回復費用だ。塚本弁護士は「50万円〜200万円」と想定する。
通常は50万円程度ですむが、物件がゴミ屋敷になっていれば、散乱したモノやゴミの撤去などにお金や手間がかかり、「200万円程度は必要になる可能性があります」という。
Bは、入居者が自殺した場合の損害賠償請求。塚本弁護士によると、「若い人、しかも意外と、学生さんの自殺が多い」。請求額の目安は「賃料の2年分が目安」とする。
「自殺は告知事項にあたり、賃料を下げなければ次の入居者が決まらないので、その分の損害を請求できます。たとえば月10万円で貸せていたところだと、2年分の240万円まで請求できるというのが、裁判所の判決でのだいたいの基準になっています」
保証契約の極度額(限度額)は、@ABを踏まえて決める。単純に@ABの限度額を合計すればいいわけではない。
「滞納している人が必ず自殺するわけではありません。また、@ABを全部を足して高い極度額を設定しても、保証人になる人がいなくなるでしょう。大枠で賃料の2年分、可能なら3年分で設定すれば、実務的に問題が生じることはないと思います」

署名・押印なくても保証契約更新
実務上は通知文を送る形にも
ちなみに、改正民法では保証契約について、次のような問題も生じる。「賃貸借契約の更新のときに保証人から署名・押印をもらわなければ保証契約は更新されないのか」「更新のたびに極度額を決めなければ、無効になるのか」ということだ。
塚本さんは、「賃貸借契約は1回締結すると、借り主が『更新します』というと、貸主はこれを拒否することができず、自動的に契約が更新されていく。それに応じて、保証契約も署名・押印がなくても、更新されていくというのが判例の考え方です」とする。
一方、改正民法の施行前に極度額を定めず結んでいた保証契約の場合、改正後に更新時期がきても、実務上は、保証人に新しい契約書類を送って署名・押印を求める必要はなく、極度額も設定しなくていいと考えられる。
ただ、わざわざ署名・押印を求めて保証人に新しい契約書類を送った場合は、同時に極度額も決める必要がある、と解釈されるという。
「実務的には、更新の際、保証人に契約書類を送らず、『借り主との契約が更新されたので、引き続き保証人さんにも保証の責任を負ってもらう』と記した通知文を送るといった形になると思います」
個人の保証人は取りづらくなる?
保証会社を選ぶのがよりお勧め
以上のように、保証に関するルールはいろいろ変わる。オーナーは今後、どう対処していけばいいのだろうか。
塚本さんは「契約書に極度額が明示されることになると、個人の保証人を取りづらくなるのは間違いないと思います。結局、オーナーは、確実に保証してくれる保証会社を選ぶほうがいいのではないでしょうか」と話す。選ぶにあたっては、「信頼できる管理会社や、知識のあるオーナーに相談してから決めて欲しい」とする。
注意点もあり、たとえば「入居者の自殺に関しては、ほぼ例外なく免責になっているので注意が必要です」。自殺に備えた保険商品があるが、「大家さんからは『保険料が高い』という話も聞きます」。
その上で、塚本弁護士は「私がオーナーなら、保険をかけず、『保証会社一本』でいくかもしれません。自殺に関しては、『実際の損害と保険料の払込額はトントンだ』との声もあるので、起きてしまえば、かぶらなければならないリスクと承知しておくのです。あるいは物件によっては保証会社に頼むだけでなく、保険もかけたりと、形を変えるかもしれません」
どういった形が最適かは、オーナーそれぞれ事情によっても変わってくるだろう。改正民法は複雑だ。分からないことがあれば、迷わず塚本弁護士のような専門家に相談したい。
取材・文 小田切隆
【プロフィール】 経済ジャーナリスト。長年、政府機関や中央省庁、民間企業など、幅広い分野で取材に携わる。ニュースサイト「マネー現代」(講談社)、経済誌「月刊経理ウーマン」(研修出版)「近代セールス」(近代セールス社)などで記事を執筆・連載。