夜逃げの認定は難しい。昨今、ライフラインが止まっていても、賃借人は普通に住んでいる。
お水は買える時代だし、カセットコンロもある。アウトドア用のランタンもあるので、支障なく生活ができてしまうのだ。そのためライフラインが止まっている=夜逃げと思って、部屋の中に入るのは非常に危険な行為だと認識して欲しい。
仮に賃借人が家賃を払っていても、解約通知を出したまま連絡がつかなくなったとしても、賃借人側が「この部屋をもう使いません」と占有を明け渡さない限り、中に立ち入ることは住居不法侵入と認定されてしまう可能性がある。
この状態で合法的に入れるのは、安否確認等で警察と、強制執行での執行官のみであることを知っていて欲しい。
安否確認で立ち入るとき
警察立ち会いで中に入る場合には、可能な限り家主側も同行して欲しい。とは言え、あくまでも警察だけ勝手に入られても……というスタンスで、状況を把握するためなので、決して出しゃばってはいけない。
ガシガシ入ってしまうと、警察に「外で待っていてください」と出されてしまい、せっかくのチャンスを失ってしまう。
せっかくのチャンスとは……大きなふたつのポイントを知る絶好の、且つ唯一のタイミングだからだ。
ひとつ目は、いつまで賃借人が部屋を使用しているのかどうか。
中に入れたら、警察官の後ろで、すかさず日付の分かるものを探そう。たとえば部屋に置かれているマンガの発行年月日や、食べ物の賞味期限が見つけやすいだろう。
直近の日付を確認したら、まだ夜逃げと断定できない。しかし数か月前の日付しか見つけられなければ、かなりの高確率でいなくなった可能性が高いので、訴訟提起のタイミングだ。
ふたつ目は、賃借人以外の者が部屋に立ち入っているかどうか。
もし賃借人以外の名前を見つけたら、名前をフルネームで覚えること。そしてその賃借人以外の人が住んでいるのか、そうでないかを確認しよう。
恋文は届かないだろうが、郵便物の宛名がどうなっているか、別人の名前が確認できる物がどれだけあるかチェックしよう。光熱費の請求書等、誰の名義で契約したのかはとても重要なことである。
明け渡しの手続きでいちばん重要なのは、誰に対して訴訟を提起するかだ。明け渡しの判決は被告になった人にしか効力がないため、もし別人が部屋を占有している場合、その者も被告に入れない限り追い出すことはできない。
だからこそ誰が部屋を使用しているのか知ることは、とても重要なことなのだ。今は成りすましで、契約者=占有者とは言い切れないことも多い。
幸運にも部屋に立ち入れたならば、決死の覚悟で日付と占有者のチェックをしよう。
危ない夜逃げのパターン
夜逃げには、ただ単に家賃が払えず逃げてしまったオーソドックスなパターンと、後ろでヤミ金等の怖い人たちが知恵をつけているパターンと大きくはふたつある。
特に注意を要するのが、言うまでもなく後者の方だ。
家主が訴訟手続きをせずに次の賃借人に貸した頃、強面の兄ちゃんたちがやってくる。要は明け渡しはまだしていないのに、なぜ新たな賃貸借契約を締結したのかという訳だ。
それを理由に賃借人からではなく、家主からお金を巻き上げようというのが、彼らの狙いだ。
このような場合、部屋は比較的きれいでゴミだけが残されているというのが一般的。
部屋にゴミしかなければ、家主は安易に捨ててしまうだろう。そこが彼らの思う壺。その中に、世界でひとつしかない大切な物が入っていたのにと、信じられない損害賠償を求めてくる。
確かに法的には、占有の明け渡しの前に部屋に立ち入ることは違法。さらにお宝を処分してしまったとなれば、法的には家主の立場は非常に悪い。
こんな場合には、かならず動画でゴミの袋の中も撮っておこう。そして生ごみ以外は、しばらく保管しておいてもいいかもしれない。とにかく相手がかみついてきた場合に、「そうじゃないよね」と言い返せるエビデンスを必ず残しておこう。
最近の夜逃げは、質の悪いものが多い。安易に考えず、速やかに専門家に相談した方が安心だ。
太田垣章子(おおたがき あやこ)
【プロフィール】
司法書士・章(あや)司法書士事務所代表
平成14年から主に家主側の訴訟代理人として、悪質賃借人の追い出しを延2000件以上解決してきた賃貸トラブルのエキスパート。徹底した現場主義で、早期解決のためにトラブルある物件には必ず足を運んできた。現場で鍛えられた着眼点から、賃貸トラブルの解決を導く救世主でもある。著書に「賃貸トラブルを防ぐ・解決する安心ガイド」(日本実業出版社)がある。