
幡ヶ谷駅から歩いて3分。1988年に建築された地下1階、地上5階建ての賃貸マンションが再生された。リノベーションと聞くと建物に手を入れることを想像するが、この物件LEAF COURT PLUS(リーフコートプラス。以下リーフコート。荒井商店)が取り入れたのは緑。
しかも、森と言ってよいほどの圧倒的な緑で初めて館内に入った人は息を呑むほど。新築オフィスビルでは一般的になってきている緑の導入だが、賃貸住宅でここまでの規模の導入は初めてではなかろうか。
サービスアパートメントからコンセプト型賃貸マンションへ
リーフコートは長らくマンスリーマンションとして運営されてきた。
京王新線で新宿から2駅目、近くに新国立劇場があることからビジネスマンに加え、劇場関係者の滞在も多かったのだが、コロナ禍で来日する関係者が激減、2020年から稼働率が低下してきたため、既存の居住者に対して立ち退き協議を行い、約10カ月間をかけてフルリノベーション工事を実施し、一般賃貸マンションとして再生させた。
大きな特徴は延床面積の3割ほどを占めるという共用部分のリノベーション。地下にあった食堂をワークスペースや会議室に変えるなど、言葉だけで聞くとありがちがなリノベーションのように思えるが、その手法が面白い。
建築的な改装はもちろんあるのだが、そこに加えて植物を使った空間を作っており、たぶん、日本の賃貸住宅の改装で緑をこれだけ中心に据えてものは珍しいと思う。
エントランスを入ると目の前に森!

具体的に見ていこう。建物内に入ってまず目につくのが中庭。建物は中庭を中心に住戸が配されており、中庭自体は竣工当初からあったもの。だが、今も奥側にあるエゴノキがぽつんと植えられているだけで、使える中庭というわけではなく、ただ鑑賞空間があるというだけだった。もちろん、そこで寛ぐことなどできもしなかった。
だが、改装された中庭は緑に包まれたラウンジになっており、エントランスから見るとまるで森。圧倒的なボリュームの緑が用意されており、一瞬、どこに入ってきたかと思うほどで、ラウンジに座ると都心のマンション内とは思えない。

見上げると中庭を囲む廊下部分にも植栽が施されており、今はまだそれほどのボリュームではないが、今後時間が経てば緑が頭上を覆うようになっていくはず。

総合デザイン監修として携わったスタジオテラの石井秀幸氏によると、リーフコートが建っているのは斜面の窪地で、建物はその原地形を生かして設計されているとのこと。
そこに今回は緑を入れることでGreen Cave(緑の谷)を作ったという。中庭はその言葉通りの空間で、立体的で奥行きのある緑の効果からか実に落ち着く。
地下階は主にワークスペースに
続いて大きな改装が行われたのは地下階。元々は食堂、ランドリーなどがある共用部として使われており、今回も用途としては共用部であるが、使い方は大きく変えられた。通勤フリーの在宅勤務のための働く場とされたのである。




階下に降りていくと手前の半分にはいくつかに仕切られた個室的な空間がある。会議、打ち合わせなどに使えるサイズの違う個室が2室、マシンが置かれたフィットネスルームとそれに向かい合うストレッチコーナー、そしてセミオープンながら一人になれる空間。


その奥に広がるワークスペースの手前にはテーブルを囲んで利用者の会話の場となるような空間が作られている。テーブルの前に広がるのは半地下になった中庭の緑。温室の中にいるような感じである。
ワークスペースはテーブルを中心に段差があり、上段はテーブルの前に植栽。下段は植栽を背にドライエリアの緑をガラス越しに見る形になっており、どこに座しても緑を目にすることができる。
特に上段のテーブルのすぐ先に緑は実に新鮮。これまでこれほど緑が近い仕事場は見たことがない。座ると他のモノが見えず、仕事に集中できそうである。
1階には入居者専用カフェも
1階、エントランスを入った左手には入居者専用のカフェも作られた。以前は管理人室だったスペースを利用、カウンターのあるスペースと奥まったテーブル席が設けられており、コーヒーや軽食が提供される予定という(有料)。
他のスペースほどではないが、こちらにも緑が置かれており、特にテーブルのあるスペースは隠れ家的で落ち着く空間になっている。
室内もリノベーションされている。以前は地下のランドリーを利用してもらう想定で、各室に洗濯機置き場がなかったため、それを増設するなど水回りも変更されている。間取りはすべてワンルームで専有面積は25.05㎡~35.84㎡まで。

モデルルームを見せていただいたが、コンパクトなキッチン、オープンで可動式、使い勝手の良さそうな収納と工夫はいろいろ。室内干し用のハンガーラックもシンプルでスタイリッシュだった。
賃料は11万5000円から18万円(共益費は賃料に含む)。礼金、敷金は各1カ月、更新料は新賃料の1カ月分。法人契約可能で、SOHOは応相談。仕事する環境もあり、立地も良しと考えると住居プラス仕事場という選択をする人が多そうである。
バイオフィリックデザインという新しい視点
内覧会では地下階では植物の生育に必要な光をLED利用などで照射する工夫、植物と人間に最適な湿度や空調の風が植物に当たらないようにする風環境の模索などが語られ、これだけの植栽を用意することはもちろん、生育環境を整えることには費用、手間がかかるだろうことが推察できた。
しかし、それでもこれだけの緑を導入する。その背景にはバイオフィリックデザインという考え方がある。
これは非常に簡単に言うと人間は本能的に自然との繋がりを求めるというバイオフィリア理論を都市設計、オフィス設計などのインテリア分野に取り入れたもの。必ずしも緑だけではないが、自然を感じられるオフィスのほうが、人は幸福に働けるし、生産性も向上すると言われているのである。

実際、近年の新築ビルは以前と比べ、明らかに緑が豊富である。分かりやすいのは虎ノ門エリアのビル群だろう。虎ノ門ヒルズ森タワーを始め、ステーションタワー、レジデンシャルタワーはいずれも緑が豊富で、周辺での開発も同様。開発が進むにつれて周辺での緑のボリュームが増している感があるほどである。
これは建物の緑化を進めることで労働意欲や学習意欲、創造力が刺激される、ビジネス競争力や差別化に繋がる、ビジネスチャンス、集客力が高まる、暮らしやすさ、居心地の良さが生まれるなど多数のメリットが期待されるため。国土交通省都市局公園緑地・景観課の「緑による建物の魅力アップガイド」にはそうしたメリット、事例が多数紹介されている。
だが、コスト、手間の問題からか、賃貸住宅ではそこまで植栽に注目する例は少ない。リーフコートの場合には80戸という規模、ある程度の賃料帯の物件であることから可能になったことと推察するが、今後の競争力を考えると植栽という手は十分ありうる。
特にワークスペースなどを設け、建物内で仕事もすると想定した物件の場には、どれだけ快適に時間を過ごせる空間を作るかはポイント。ただ、空間を作っておけばよいでは差別化にはなりにくい。
コロナ禍で近所の公園を訪れる人が増えたこと、郊外に目を向ける人が増えたことは空間の広さに加え、自然を求める人が増えたということでもあろう。それを意識することは今後の物件作りに大事なことではなかろうか。
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健美家編集部(協力:
(なかがわひろこ))