江戸川区西葛西の駅から歩いて10分ほどの住宅街に同じ建築設計事務所が手掛けた建物が2棟、並んで建っている。
1棟は2000年に建てられた賃貸住宅。もう1棟は2018年に建てられた、1階にベーカリーとカフェ、2階にコワーキングスペースと建築事務所、3〜4階に賃貸住宅が入った複合施設で、この建物と2棟間にある空間が地域で人気を集め、それが築20年超の物件の家賃を押し上げた。どんなことが起きているのか、現地をご紹介しよう。
雰囲気の違う2棟が並ぶ
江戸川区西葛西は1979年の東京メトロ東西線西葛西駅の開業以降、住宅地として発展してきたまちだ。都心への交通利便性は高く、まちは整然と作られており、住むために必要な公園や公共施設、スーパーその他は揃っている。ただ、その分人工的で楽しみに欠けるところもある。

そんな西葛西の、駅から10分ほどの住宅地に2棟のコンクリート造の建物が並んで建っている。オーナーである駒田建築設計事務所の駒田剛司氏、駒田由香氏が独立後に最初に建てたのが2000年築の「西葛西APARTMENTS」。通りから見ると右側にある建物でこちらは全戸賃貸住宅(そのうち、一戸は後日改装されてシェアキッチン、レンタルスペースとなっている)。
もう1棟の新しい建物は2018年に建築された「西葛西APARTMENTS-2」。こちらは1階にカフェ、ベーカリー、2階にコワーキングスペース、建築設計事務所が入り、3〜4階には単身者向けからファミリー向けまでの6戸の賃貸住宅が入る。
面白いのは2棟の雰囲気が全く異なるものであること。2000年築の西葛西APARTMENTSは住宅オンリーでもあり、建てた当時はまだまちづくりに多くの人の意識がいっていなかった時代でもあって窓は大きいが半透明の窓も多く、いささか閉鎖的な印象。

ところが、2018年築の西葛西APARTMENTS-2はそれとは対照的に窓が大きく、明るくて開放的。2棟の間に設けられたウッドデッキの「7丁目PLACE」にはテーブルや椅子が置かれており、入ってもいいんだよと呼びかけられているような気すらする。
社会の変化を反映、複合的な用途の建物に
2棟の違いはこの20年ほどの社会の変化を反映したもの。2000年前後はいわゆるデザイナーズ賃貸が流行っていた時期で、住宅は住宅、オフィスはオフィスとビルディングタイプがかっちり決められた中で建築家はどう作るか、使うかで知恵を絞っていたと剛司氏。
ところが、2011年の東日本大震災がきっかけとなり、それまでの社会や暮らし方、働き方その他を見直す動きが出始め、今に続いている。
それまでコミュニティ、人との繋がりに無関心だった人達も含め、人間関係に目が行くようになり、職住が離れた暮らしに不安を抱く人も出始めた。小商いなどという言葉が再考、書籍などが出るようになったのもこの頃。最近は小商い、仕事ができる住宅が少しずつではあるものの出てきているにはそうした背景があるのだ。
西葛西APARTMENTS-2はそうした変化を受けて企画された。これまでのこの地域に無かった働く、商う、集まる、暮らすという機能を備えた複合施設で、地域を変える、地域で小さな経済を回す建物と意図されている。
ただ、金融機関の人たちの中には駅から5分以内でないと単身者向け賃貸、店舗は成り立たない、コワーキングスペースも成立しないのではという声もあったそうだ。
あらかじめテナントを誘致

もちろん、そんな人達ばかりではなく、お二人は無事に融資を受けて計画を進めるわけだが、それにあたり、リスクを軽減するためにまずは1階のテナントを誘致した。気軽に入ってもらえる、地域に愛される店舗ということで目をつけたのは地元で3年ほど営業している人気のベーカリー『gonno bakery market』。
いきなり移転しませんかと誘われて、店主は最初かなり引いていたそうだが、すでに実績のある建築事務所でもあり、ホームページや作品が掲載されている雑誌などを見ておかしな話でないことを理解。もともと、店主は駅近でないテラス席を作れるような緑のあるゆったいしとした空間で店をやりたかったとのことで移転が決まった。

また、着工前には既存の西葛西APARTMENTSの1階住戸1部屋をシェアキッチン、レンタルスペースやどり木に改装、飲食店、菓子製造の許可を取得した。1棟だけを地域に開くのではなく、2つの建物を繋げてもう1棟の1階スペースも利用しようというわけである。
そうした事前準備をした上で、2018年に西葛西APARTMENTS-2が竣工した。グッドデザイン賞2019ベスト100に選出されるなど評価は高い。
管理会社から家賃値上げの提案
もちろん、入居も順調に決まった。コワーキングスペース「FEoT」(FAR EAST of TOKYO)は定員30名。サイトだけで看板も出さない状態だが、それにも関わらず、コロナ前に満席となり、今もその状態が続いている。
利用者は自転車あるいはバスで通ってくるようなご近所の人達で、大手町の大手企業に勤務する人がテレワークの場として借りる、副業のために借りてここで登記もしている、子どもが学校に行っている時間だけ制作をしているなど、使い方は人それぞれ。
会社に行く人が使うものと想定すると駅近が便利と思うかもしれないが、自宅から通うと考えるとコワーキングスペースは住宅街にあるほうが使いやすいはずなのだ。
単身者向けからファミリー向けまでの6戸の賃貸住宅ももちろん埋まっている。
それに加えて、驚くべきは新しい建物ができたことで地域の価値が上がったとして、築20年超の西葛西APARTMENTSを管理する不動産会社から家賃値上げの提案があったことだ。
「その当時で築22年の建物で、これまでもずっと人気はありましたが、それでも空室が出来るとタイミングによっては2カ月くらいは空くこともありました。お隣ができてからは退去後、室内のクリーニングをしている間に次の入居者が決まるようになりました」と由香氏。隣に働く場、憩う場などができたことで地域の価値があがり、それが家賃を押し上げたのである。

ちなみにいくらくらい上がったかといえば「8万円のワンルームで3000円アップくらい」とのこと。上げても申し込みは多く、空室期間は短い。地域を育てていくことでそれが回り回って事業にプラスを生んだのだ。
内部で人、経済が循環し始めた
複数の異なる使い方ができる場があることで内部で人と場の循環も起きている。
取材にお邪魔した日にはコワーキングスペースを利用している人が7丁目PLACEで手作りのリースなどを販売していたが、居住者がシェアキッチンを利用したり、コワーキング利用者が7丁目PLACEで小商いをしたりという動きが出てきているのだ。

7丁目PLACEは住宅入居者、ベーカリー、カフェ、コワーキングスペース、シェアキッチン・レンタルスペースを使う人がすれ違うようにあえて動線を重ねて作られており、そこでこの施設を利用する人達はすれ違う。
顔見知りになる、挨拶を交わすなど緩い繋がりではあるが、それが仕事に繋がる、新しい人間関係に繋がるなどと広がっていけば場の魅力はさらに増す。コワーキングでは管理の一部を利用者に任せているそうだが、それができるのも信頼関係があるからだという。
地域の価値を挙げるのは小規模な物件?
ここで面白いと思ったのは小さな規模の物件だから、そうした信頼関係、人間関係を育みやすいという指摘。
「外から見ず知らずの人が入ってきて以前からあった人間関係が解体されると、人は身を守るために人間関係にルールを作ります。コワーキングスペースも同様で知らない人同士が使うという前提で考えると規約で細かく人の行動を縛ることになり、管理の手間が増えます」と剛司氏。

ところが、互いに信頼関係がある人達が一緒に使うとなれば、それほど細かくルールを決める必要はなくなる。
実際、FEoTがルールとして決めているのは3〜4項目程度とか。その代わり、利用申し込みがあった場合には必ず由香氏と面談し、以降も会えば挨拶するなど顔の見える関係を大事にしている。それがあっての日常的な管理を利用者に任せることができているのだ。
それが可能なのは30人定員という、比較的規模の小さいコワーキングだからと剛司氏。
「もし、これが100人、200人となると顔と名まえが一致しないことが増え、なかなか信頼関係に委ねきることはできなくなってきます。その意味ではほどほどのサイズであることは重要で、こうした規模の、信頼関係が成り立つ集合住宅がまちの中に増え、開かれていけば地域も変わるのではないでしょうか」(剛司氏)。
まちの普通の規模の賃貸住宅経営者にも地域を変えられる可能性があり、そうすることによって地域の価値が挙げられれば、何が起こるかは前述した通り。遠回りに見えるかもしれないが、地域の価値をあげることは家賃に反映するのである。
建物にもコスト削減の工夫が
最後に建築上の工夫について。自身が施主になって建てることから建物は合理的に、コスト削減を意識したそうで、その試みのひとつが躯体を1階〜4階まですべて同じサイズのグリッドで作ること。

「この建物の躯体は1階から4階まで階段室を除き、すべて3.2m×3.0mのグリッドで作り、型枠を使い回すことで型枠廃材を削減、工事の手間を軽減しました。躯体コンクリート以外をブロックや構造用合板で仕切ることにより、空間の可変性が担保できます。将来の変化を見据えて住戸内を簡単に仕切ったり、繋げたりができるようになっています」と剛司氏。

ひとつのグリッドの広さは5.8畳で3階の単身者用の住戸はグリッド3つ分、それより広めの部屋では5つ分などとなっているが、壁を撤去すればもっと広い部屋も狭い部屋も作れる。
地域のニーズや使い方が変化したら、それに合わせて広さが変えられるわけである。コワーキングスペース、建築事務所も同様の作りとなっており、社会の先行きが不透明な時代にはこうした可変性は意味があるはずである。
駒田夫妻は他にも小商いのスペースのある集合住宅を手掛けており、最近では桜上水の物件を記事で紹介した。こちらも早々に決まった人気の物件で、こうした建物へのニーズが高いことが分かるというものである。
健美家編集部(協力:中川寛子(なかがわひろこ))