趣味やライフスタイルによってターゲットを絞ったコンセプト型の賃貸住宅が目につくようになってきた。他にないという物件ということで差別化しやすいのはもちろん、同じ趣味嗜好を持つ入居者同士であれば物件内でコミュニティが生まれやすいことに加え、同じ趣味を持つ同士の情報ネットワークを利用すれば情報を拡散しやすい。
今回、ご紹介するサイクリスト専用コンセプトマンション「LUBRICANT ARAKAWABASE」(以下、ルブリカント)ではそれ以上に新たなメリットもあるという。まずは同物件を見ていこう。
荒川近くという見えにくいメリットを活かす
東京メトロ東西線南砂町駅から歩いて13分。駅から向かうとトピレックプラザというイオンやドイト、ラウンドワンなどが入った大型複合商業施設があり、ルブリカントが立地するのはそれを越した葛西橋通り沿い。
南砂町という駅自体が今ひとつマイナーであり、さらに駅から13分はそれほど便利とは言い難い。近くに商業施設は充実しているものの、この立地を活かすにはどうすれば良いか。
その答えがサイクリスト専用というコンセプトである。長谷工不動産でコンセプト企画部門コンセプト企画部というまさにこうした物件を手がけるセクションに所属する谷野真太郎氏は通常の駅からの距離、周囲の利便性だけでは気づかなかっただろうこの立地に大きなメリットがあるという。
「社内にロードバイク歴10年以上というベテランがおり、ここが荒川のすぐ近くであることに気づいたのです。荒川は自転車乗りにとってはよく知られた場所で、河口から武蔵丘陵森林公園までの約90kmを走ることができるのです」(ただし、自転車専用道路ではなく自転車歩行者専用道路。下流は災害時緊急道路)。
実際、見学にお邪魔した際にも物件の前を走っていくロードバイクを多く見かけたが、好きな人にとっては住んで楽しい場所。この立地を生かさない手はないと同物件はサイクリスト専用というコンセプトで作りこまれることになったのである。
サイクリストにとっては荒川に加えて、大手町など都心にもさほど遠くないという点もメリットだ。最近は自転車通勤をする人が増えているが、南砂町など東西線沿線は中央線や東急線など西側の沿線に比べてはるかに都心に近いのである。
ところで、この時点では谷野氏はサイクリストではない。そこで自転車に詳しいビジネスパートナーと一緒に物件を作りこんでいくこととし、選んだのは枻出版社の雑誌「BiCYCLE CLUB」。物件の監修に加わってもらったほか、様々なメーカーや関係者などを紹介してもらったそうだ。
玄関、廊下、住戸ドアなど各所に細かい配慮
さて、物件である。葛西橋通りに面しては左右に入口があり、右手は通常の入居者が入るエントランス。ロードバイクに乗る人はペダルに足を固定させるため、爪のようなもの(ビンディングと呼ばれる)のある靴を履いている。
それでマンション内を歩くと歩きにくいだけでなく、床に傷をつけてしまうため、ここではそれを防ぎ、かつ滑りにくい床材が中央に設置されている。また、自転車で来た来客が自転車を掛けるためのサイクルスタンドが用意されている。
「ロードレーサー用の衣類は非常にシンプルにできており、ポケットは腰にある程度。その状態で自転車を押して帰って来ることを想定、鍵をポケットに入れたままで開錠できるようハンズフリーオートロックを採用しました」。
さらにエレベーターの奥行は自転車を載せられるものにし、共用廊下、各住戸の玄関ドアなども自転車を入れやすいように広めに作られている。さらに住戸内には室内に自転車を飾って置けるように2台分のサイクルラックが用意されている。ラックには同物件のロゴが入っているなど細かいところまで凝った作りである。また、見た目としても壁に自転車を分解したイラストがあったり、荒川のツーリングで立ち寄りたい場所を記した地図があったりと自転車好きならわくわくしそうである。
トレーニング、チューニングその他豊富な共有部
建物左側のもうひとつのエントランスは共有部への入り口。このスペースを利用して入居者以外の参加者も集めてのイベントなどが開催されるため、その時のみこちらを開けるのだという。内部は2層になっており、1階にはトレーニングスペース、各種の工具が用意されたチューニングスペースとなっている。
ここでは契約している木場の自転車「吉田ルーム」オーナーがサイクルコンシェルジュとして毎週平日の夜に機材の点検などに来ており、予約制のワークショップや各種講習会、相談なども行われている。ロードバイクは道具も技術も一般的な自転車とは大きく異なっており、専門家が関わっていることは安心感に繋がるのだそうだ。
また、トレーニングに用いるのはサイクルトレーナーという、自分の自転車の車輪を外して固定、それを漕ぐという品で、機械自体はそれほど大きなものではないが、音、振動があるため、自室ではなかなか難しいこともあるのだとか。それが1階共有部にあれば、安心して利用できる。
共有部を抜けると洗車場、駐輪場がある。知らなかったのだが、自転車は意外に汚れるもので、自転車を大事にする人達は乗車後、きれいに洗車するのだとか。だが、これまではそうしたスペースがなく、困っていた人たちも多いのだとか。壁にあるフックに自転車を掛けて利用できるようになっており、至れり付くせりとはこのことである。
駐輪に関しては室内及び角住戸の場合は部屋前にも置けるようになっており、2~3台までは可能。1台何十万円もするような自転車をお持ちの方などは室内や住戸前など目の届く範囲に置くのが安心だが、もし、それ以外に普段の通勤や買い物用などの自転車があるなら外の駐輪場を利用する手もあるかもしれない。
2階は大型テレビを前にソファスペースが設けられており、入居者の寛ぎの場となる。テレビには各種の自転車レースが映し出されており、専門チャンネルを楽しむこともできるようになっている。
自転車関連の雑誌が置かれているほか、ストレッチ用のポールやマットなども。また、面白いのはフットマッサージャー。これで疲れを解すのだという。
25㎡超、南向きの工夫ある室内
共有部だけでもかなり充実しているが、それだけではない。部屋も魅力的である。専有面積は25㎡ほど。間取りは2タイプあり、いずれもモデルルームが作られている。まず、Aタイプは入って左右にキッチン、水回りが作られてあり、バルコニー側に居室。南向きのワイドスパン、明るい部屋で、居室部分で7.7畳大。賃料は10万2500円~で、別途管理費15,000円。
壁際に自転車用のサイクルラックがあるのだが、そこの壁が面白い。エマウォールといってキッチンのホーローパネルと同様の品で汚れに強く、マグネットが使える。実用性に加え、インテリア性もあるわけで、自転車+関連グッズで壁を彩るというような使い方ができる。
Aタイプは角住戸になっているため、玄関脇の共用廊下部分にも駐輪できるようになっている点もうれしいポイントだ。
また、床は玄関から壁際までとその奥を貼り分けてあり、見た目では土間と居室があるように見える。土間のように見える部分は塩ビシートを使っており、居室部分はフローリング。ちょっとした工夫で空間を分けられるわけだ。
細かいところではクローゼットの扉に設置された鏡。普通は外出前に自分の全身を映してチェックと思うだろうが、自転車乗りは違うことを考えるらしい。乗った時のポジションなどを確認するのだという。
もうひとつのBタイプは水回りの配置そのものは同じだが、洗面所との間の扉を外し、インテリアを全体にインダストリアル系のダークな感じにまとめたもの。キッチンの収納なども最低限に抑え、シンプルにまとめてある。
対象が限定されていれば異業種とのコラボも
いずれのモデルルームにも自転車関連の品が置かれているのだが、これらの多くはメーカーから提供された商品。自転車好きが見学に来る、借りることが分かっているため、そこに商品を置いてもらえればメーカーにとってもプラス。そのため、協力が得やすいわけである。
また、ルブリカントでは1階の共有スペースを使って様々なイベントを行うなどして入居を考えている人たちはもちろん、それ以外にも自転車好きの人たちに向けて各種の告知、イベントを行っているが、そこに多くのメーカーがコラボしている。
中にはその空間あるいは室内を撮影に貸して欲しい、自転車のイベントがある際に宿泊させて欲しいなどの声もあるとか。ジャンルが限定されていれば互いにメリットがあることは明確で、異業種とも組みやすくなるわけだ。
個人的には荒川を望む屋上にも心惹かれた。花火大会の日に入居者、関係者が集まって見物をしたが、非常に盛り上がったのだとか。同じ趣味の人たちが集まり、かつ楽しい場が作られていればコミュニティも生まれるはず。それがさらに同好の士を集めることになれば、PR要らずの物件に成長するのではなかろうか。
最後に物件名。なんだろうと思っていたら潤滑油のことなのだとか。この物件名だけで分かる人はピンとくるはず。ここでうまく行ったら、他のサイクリストたちが喜びそうな場にも展開していきたいと谷野氏。ここに関わるようになって自らも自転車を始めたそうで、そうした担当者の面白がり方もきっとこの物件をさらに魅力的にしていくに違いない。
健美家編集部(協力:中川寛子)