世田谷区の中でも最寄り駅からは遠く、歩くと約30分ほど。住宅を購入する、建設する人ならいざ知らず、一般的には利便性を重視することが多い賃貸層からするととても選ばれそうにない立地に面白い賃貸住宅が誕生した。
全13戸からなる新築賃貸住宅「(仮称)トカイナカヴィレッジ」(企画・リーシング・管理/トライクコンサルティング、NENGO)である。
この立地にありながら、2020年10月末の募集開始からわずか1カ月ほどで満室になった。それだけでも驚くべきことだが、この住宅には社会問題をも解決するすごい仕組みがあった。
住宅と店舗・オフィス兼用としても利用可能
「(仮称)トカイナカヴィレッジ(以下、トカイナカ)」と名付けられたプロジェクトの新築賃貸住宅は木造2階建の長屋タイプ11戸と戸建タイプ2戸からなる。長屋タイプは60㎡代前半から後半くらいの広さで賃料は15万円台~17万円ちょっと、戸建てタイプは約80㎡で賃料は20~21万円台。
戸建てと一部長屋住戸には駐車場がついているが、9戸の長屋には専用の駐車場はない(敷地内に3台分はあるため、希望があれば3人までは利用できる)。共益費は3000円。
徒歩30分ともなると相場はあってないようなものだが、一応、最寄り駅から徒歩20分までで80㎡で検索すると25万円前後となっており、それより10分ほど遠いことを考えると、戸建てタイプの賃料自体は相場並みと考えてもよかろう。
だが、普通でいえばバス便はあるものの、徒歩25分、30分といった物件がそれほど人気を集める例は多くはない。だが、同物件には他にない魅力が複数備わっている。
まず、もっとも大きかったのは自宅の一部を店舗、オフィスなどに使って良いという条件である。トカイナカが立地するのは周囲には畑も残る第一種低層住居専用地域(以下、一種低層住専)。
低層住居を建てることを目的とした、もっとも法規制の厳しい地域だが、住宅の一部を店舗、オフィスなどとの兼用住宅として使うことはできる。それを利用したわけである。しかも商店街などによくある、1階は店舗で2階は住戸を明確に分ける店舗併用住宅ではなく、はっきり分けない兼用住宅というカテゴリーになるのだという。
問い合わせてきた人のうちの実に8割がこの条件に関心を持っていたそうで、どれだけ仕事場兼住居のニーズが高いかがよく分かる。
と聞くとコロナ禍でのテレワークの結果と考える人もいるだろうが、この傾向は東日本大震災以降から散見されており、ここへ来て、より一般的になってきたもの。自宅から遠い場所で働くより、自宅近く、なんなら自宅で働きたいという層が少なからずいるのである。
実際、同物件ではとりあえず副業、トライアルとして始めてみていずれ本業にしていきたいという意向の方も含めると、飲食、サロン等を開く予定が4戸、オフィスとして使う予定が4戸となっているという。
中にはすでに固定客の多いサロンを営業しており、場所がどこになっても顧客は来てくれるはずだからという選択も。かつては多くの店が視認性の良い場所に店を構え、一見客を相手にするという営業方法をとっていたが、今は異なるやり方で繁盛する店も増えてきているのである。
共有の中庭など規模も魅力
また、ここでの営業を考えて問い合わせしてきた人たちには13戸とまとまった戸数があることに加え、共有の中庭も魅力的だったようだ。何もない地域にぽつんと1軒では地域へのインパクトは持てないが、数軒がまとまって立地、中庭を利用してイベントを開催するなどすればその存在感は大きくなる。
これについてトライクコンサルティングの藤田弘之氏は隣接する敷地に建つ、元々は同じ大家が所有していた集合住宅との連動も考えているという。
「ファミリー向け10戸の集合住宅で、DIY可、クリエイティブ系の住民が多く、コミュニティを大事にしている方々がお住まいです。今後はトカイナカの住民と集合住宅の方々で敷地を一体化して使う、ワークショップを開くなども考えています」。
同物件が13戸、既存集合住宅が10戸で入居者の数はそれ以上になる。それだけの人たちが交流を始めれば面白いイベントもできようし、地域も変わるはずである。
間取りの自由さ、DIY可も特徴
通常の賃貸住宅は建物が出来上がってから入居者募集が始まるが、同物件の場合、先に入居者を集め、間取り、内装等をその人たちの希望に合わせて作るというやり方を取っている。コーポラティブ方式である。
どの住戸も1階には土間スペースがあるのだが、それをどこまで拡張するか、床はどこまで貼るかなどに始まり、キッチンや洗面等の住宅設備機器や内装仕上げのカスタマイズが可能で、間仕切り壁、建具も同様。また、DIYで自分で手を加えることもできる。普通なら家を買わないとできないことが、ここでは賃貸なのに可能なのである。
面白いことに普通だと室内だけがカスタマイズの対象だが、ここでは敷地内の植栽その他もみんなでワークショップなどで考えていくことになっており、関与できる範囲が広い。自分で考えて行動したい人なら楽しいはずである。
それ以外ではペット可、専用庭付という条件を魅力に感じた人もいたそうで、利便性という条件に代わる、それ以上の魅力を付加できれば遠い場所でも十分、人気物件を作ることはできるわけである。
一種低層住専、生産緑地2022年問題の解決としても有効
住む人にとっていくつもの魅力がある同物件だが、土地所有者、地域にとってもこのやり方には大きなメリットがある。まずひとつは、駅から遠く、規制の厳しい一種低層住専の活用方法として有効だという点である。
ここ何年も利便性が優先されてきたことから、駅から遠い一種低層住専エリアは若い人に選ばれにくくなってきており、高齢化、人口減少などが目につく衰退を感じる地域も出てきている。
そこに一般的な賃貸住宅を建てても埋めることは難しく、では、売ってしまおうと分譲住宅を建てたとしても、よほどにブランド力がある土地でなければ販売もままならない。
だが、同物件のような形であれば、まだ世の中にほとんどない種類の住宅であることから入居希望者が集まることが期待できるし、賃貸でもそこで商売をするとなれば長く住んでもらえることも期待できる。
加えて、これまで店のなかった住宅街に店ができれば住んでいる人たちの利便性の向上にも寄与する。駅からは遠くても面白い地域になれば、そこに住みたいと考える人も出てくるかもしれない。まちを変えるきっかけとなりうる可能性があるのだ。
生産緑地2022年問題に対しても同じような期待ができる。トカイナカのある世田谷区も農地の多い自治体のひとつだが、どこも利便性は高くはなく、そのまま安易に賃貸住宅を建てても空き家を増やすだけ。であればまとまった土地を活かして地域に寄与するやり方を考えてみても良いはずである。
健美家編集部(協力:中川寛子)