コロナの感染流行状況下にあって、一冊の本が出版されていたことに気づき、関心をひかれた。「和室学」という書籍だ。昨今の若い人の住意識の中で「和室」のニーズが希薄になっている、という認識があったので意外の感を持ったのだ。
一方で、海外から見た日本ブランドの象徴となりつつあるという動向も踏まえ、これからの住環境デザインの中で「和室」というものがどういう価値づけになるのか考えるなかで、かつての住環境からの学び方を考えたい。

書籍「和室学」に至る流れ
コロナの感染流行下において、オリンピックが一年延期となった2020年の後半に、一冊の書籍が出版された。「和室学」というシンプルなタイトルの書籍だ。
なりたちは日本建築学会におけるワーキンググループで議論されてきたそれまでの活動を総括したものとなっており、建築史、生活史、住宅史、産業史の観点から、11名の論が集められている。
筆者の設計の中でも、住宅系で「和室」が要望されるケースが約半分、近年のプランニングでも和室というより畳コーナー、畳ルームなどとされることが多く、「住宅には和室がなければ」というのは時代として過ぎつつあるのかなという認識になりかけていたので、本書の出現には少し驚かされたところがある。

この書籍に先行する動きとして、文化庁、農水省、林野庁、経産省、国交省、観光庁などが連携をして、2013年ごろから「和の住まい推進関連施策群」が実施されている。
こちらは政策であり、産業と文化の双方にまたがる事業行動としてある種のポリシーが背景にある動きであろうと思われるが、その行動を誘発する潜在的な要請の存在は認識したほうがいいだろう。

すなわち、グローバルなかたちに流されていく生活や国家像を踏みとどまらせるために住まいの「和風」を通じて独自性を保ちたい、というメッセージだ。
そのイメージステイタスを政策で実現できるのか、は議論のあるところだが、少なくともその根底にある、「グローバルでない和風」に存在意義があるのか、という問いから新たな住環境への視点が見出せるだろう、というのが書籍「和室学」のメッセージだった。
「和室学」が示す和室像
この書籍「和室学」では以下の10章で「和室」の側面を照らしている
第1章 和室とは何か―近現代人にとってその空間と意味 服部岑生
第2章 和室の起源と性格 藤田盟児
第3章 近世和室の豊饒な世界 小沢朝江
第4章 茶の湯と和室 桐浴邦夫
第5章 唯一無二の畳 平井ゆか
第6章 明治維新以後の和室 内田青蔵
第7章 モダニズム建築の和室 上西 明
第8章 和室の現象学−いま「和室」はどうなっているか? 鈴木義弘
第9章 日本人の暮らし方と和室 岡絵理子
第10章 和室の世界遺産的な価値 稲葉信子
編著者のベースが建築「学会」であるため、事実と検証をベースとして緩いところのない文章ばかりであるが、決して知識がなければ読めないという書き方ではなく、むしろそれらの事実に親しむための導入として書かれたものばかりだ。
一気に読むには少々大部の書籍だが、章ごとが個別の冊子としてなるべく気軽に好きなところから読み始めるのが良いだろう。
全体として流れをみると、2,3、4章は建築史的な「和室」の一般的認識をおさらいするものであり、大学の一般教養ぐらいの知識を持つことができる。
5章は、畳の存在=和室という概念をつくってきたその「畳」という部材、部位について掘り下げた箇所だ。6、7、8、9章では「和室」がそれ以外の「ふつうの室」ではない「和」室として名付けられ、立ち上がってきた近代以降現代にいたる自立と消滅のプロセスを見ることができる。
そして1,10章では、まさに今の「和室」の位置とそれがどういった可能性を未来に持ちうるのか、の提議が行われている。
日本人が忘れ去ろうとしている「和室」という空間の、歴史的な成り立ちとまた忘却の現在にいたる背景、そしてグローバル化の中での海外からの逆評価の兆しなどまでを一冊にまとめているので、読み終わるとこの分量も仕方がないと感じられる。
そして、そこからどうするのか?が本書のもっとも言いたいことなのだ。
生活空間である住宅は、「今現在」必要なものだけでつくられてよいのか?
必要を満たすと同時に、文化を乗せるものでもあるのではないのか?という問いかけは現代の人々すべてに対して課せられた問題提起だろう。

ポストコロナの「和室学」へ
コロナ禍状況において、住まいへの意識、特に内部空間への意識が高まったという。不動産の立地の価値を追いかけるように、そこでどのような空間に暮らすことができるのかも評価され求められている時代となっていくのだろう。
現代の住居が必要性に応じて個別に機能を追加していったつぎはぎのような段階にとどまっているのに対してこの書籍で見てきたように「和室」は、日本の風土への応答、家族や暮らし方への応答が、住宅を形作る床、壁、天井、開口部、間取りなどが総合されたかたちで結実した点において、ある種進化の先端にある。形式化された古いものとしてみるのではなく、そこに込められた知恵と理由を読み解くことで、成り立ちを理解すれば、未来に向けて新たな要件を組み込んだ、さらに総合的にステップアップした「和室」がこれからも生まれうると感じている。
そういった、住まいの知恵の積み重ねこそが、世界的に評価される「和室」なのではないか。
コロナ前から、知り合いの木造の工務店が台湾へ仕事に出かける、という話を聞いていた。当時から台湾、中国の富裕層の一つのステイタスとして、日本式の住宅のニーズがある、日本でも手掛けることのできない大きな和風住宅が望まれている、という話を聞いていた。しかも表面だけ真似をすることは現地の建設会社でもできるが、そうではなく日本の職人に建ててもらう、ということが本当の価値として評価されていた。
国内の不動産に海外からの投資が行われることは円高その他の経済的な動向からすでに珍しくない。その中で期待される価値の一つに「和風」がランクアップしてくることも十分に考えられるとすれば、むしろわれわれこそがその「和風」「和室」に対して価値を認めてリードしていくべきなのではないか。
単なるスタイルではない本質において考えてこそ、これからの時代における価値となるのではないだろうか。
執筆:
(しんぼり まなぶ)