RENT(貸す)を逆にした「TNER」(以下トナー)という、人を食ったような物件名の賃貸複合ビルが2020年4月、仙台に登場した。場所は仙台市青葉区、地下鉄南北線北四番丁駅から歩いて3分。駅に近い、オフィス街の一画である。
建物は1981年築、つまり築39年の10階建て。市内にはこうした築古ビルが多くあり、いずれもこれからをどうするかを模索するタイミングにある。
建替え、売却、そのまま使い続けるなど、道はいくつかあるが、2年前に同ビルを購入した株式会社エコラが選んだのはリノベーションの上、使い続けるというもの。しかも、これまでにない貸し方にすることで単に見た目を新しくする以上の付加価値を付けようと意図したものである。
南北に細長い建物は中央に階段、トイレなどの共用部を挟んで1フロアが南北に別れる形になっており、それぞれの広さは25坪(82.5㎡)ずつ。一部に既存の入居者がいたり、まだ工事中の住戸があったりするが、方向は明確。簡単に一言でいえば、借りたスペースを貸すことが可能な賃貸物件である。
これまで一般的な賃貸借契約では、最初から転貸を目的としたサブリース契約でなければ転貸は禁止されていた。一方で毎月必ず払わなくてはいけない賃借料はそれが住宅であれ、オフィスであれ、大きな負担である。その負担を少しでも軽減、借りやすくし、それによって起業や副業を可能にするのがトナーの仕組みだ。
借りたオフィスを他社に貸す
それがもっとも分かりやすいのが3階、4階にあるオフィススペース。ここにはフリーデスク、オフィス、固定デスクの3種類があり、うち、フリーデスクは自分が使う場所が固定されていないため、対象ではないが、それ以外の空間は自分で借りたものを他社、他人に貸すことができるようになっている。
たとえばオフィス。4~10人用と様々な広さがあり、中にはシャワー、バス、トイレ、バルコニーの付いたタイプもあるのだが、いずれも貸すことを想定、ひとつのオフィスの中に分けて使える空間が作られている。その空間自体は会議室として考えて4人分くらいのスペースで、あまり大きくはないが、逆に個人にも貸しやすい広さでもある。
写真は3階の貸せるオフィス部分。共用廊下に面した1室がガラス貼りになっており、その部分を貸すことができる。使用方法としては会議室やポップアップストア、ギャラリー、教室、美容系のサロンなどなど。許認可が要るような業態は難しいかもしれないが、それ以外なら多種考えられる。
もちろん、外の人に貸すだけではなく、週末の副業として自社、自分で使うという手もある。自社の商品を展示販売するのはもちろん、商品によってはそれを使った実演などもあるかもしれないし、全く別の事業を展開しても。3階にはこうしたオフィスが4室あり、広さは20~30㎡ほど。賃料は7~8万円(共益費、水道料のみ込み。税別。以下同)となっている。
4階にも同様の使い方ができる、より広いオフィスが2室ある。こちらは43㎡ほどと広めでキッチン、トイレにシャワーブースも付いており、SOHOとして居住しながら仕事もという使い方ができるタイプ。外に貸しだす以外、週末だけ本業とは異なるビジネスを試してみるという手もあろう。4階2室は貸し出せるスペ―スとそれ以外にそれぞれ別に出入り口があるので、自分が使っている時にも貸せるようになってもいる。
3階、4階にある1~2人用の固定デスクも貸し出し可能。オフィスとしては平日しか使わない人なら週末を他の人に貸すことで家賃を下げられるというわけである。こちらの賃料は1人席で3万5000円、2人席で4万5000円などとなっており、うまく貸し出せれば支払い負担は大きく減る。
セキュリティには今後の課題も
貸し方には2種類ある。ひとつは1社で借りて、それをもう1社とシェアするというやり方で、シェアオフィスを再度シェアするといえば分かりやすいだろう。最大3法人までで借りることができるので、一人でやっている小規模な会社が3社で借りるという手もあれば、週に1日程度しかオフィスは使わない会社などと組む、曜日や午前・午後で分けて使える相手と組むなど、やり方は多々考えられる。このやり方の場合、最初に借りた会社が他の会社の家賃を決めることができる。
もうひとつのやり方は貸し出せるとされる空間を貸し出すというもの。自分で貸出先を見つけてきても、管理者に貸す意思があることを表明して、今後用意されることになる掲示板などで募集するという手も。この場合には料金が決められており、2時間で500円。
いずれの場合にも誰に貸すかは事前に管理者の承諾を得ておく必要がある。不特定多数の、管理者にも誰だか分からない人がオフィスを借りるとなると、セキュリティ上の問題が生ずるからである。貸出スペースを一時的に借りる人でも基本、会員として登録、身元を確認することになるそうだ。
スペースの開閉については当初はレセプションで鍵のやりとりが必要だが、いずれはネット上で可能にしていくという。この辺りの使い勝手はセキュリティとの兼ね合いでまだ試行錯誤というところのようだ。
あらかじめ営業可の住宅も
5階以上は住宅となっているが、ここも最初から営業は可能となっている。一般の賃貸住宅の自室内で営業をしようとすると管理会社、管理組合に許可を得る必要が出てくるが、物件によっては不可とされてしまうこともある。
だが、トナーの場合にはあらかじめ、営業しても良いことが分かっているので無駄がない。駅に近く、分かりやすい立地であることを考えると教室、サロンなどニーズは十分ありそう。
間取りは1LDK、2LDKの2種類で賃料はそれぞれ8万円、9万円。周辺の中古住宅の相場からすると1万円以上、高めに設定されており、これからの反応が気になるところだ。
住宅にオフィスが付いてくる仕組みが人気
また、住宅には階下のフリーデスクを利用できる権利も付加されている。住宅を借りると簡易ながらもオフィスが付いてくるわけで、この仕組みは4年前に同社が始めたシェアオフィス「THE 6」以降、非常な人気を呼んでいる。
起業、副業をしたくとも住宅とオフィスの2軒を借りるのは負担が大きい。だが、この仕組みなら多少住宅が高めでもオフィスがあれば全体では安くつく。しかも、同社のフリーデスクなら法人登録ができる。トナー、「THE 6」に加え、新宿にある12SHINJUKUと3カ所のシェアオフィスのフリーデスクが利用できる点もポイントだ。
そのため、「THE 6」は東京を始め首都圏からも内覧申込みが来ているほどで開業以降満室が続いている。そこで借りられない人が新たにできたトナーを見に来ているそうで、住宅+オフィスというセットは今後、あり得るはずだ。
菓子製造可のレンタルキッチンは希少
オフィス以外の設備についても触れておこう。2階にはレンタルキッチン、ミーティングルームにオンラインミーティング用の個室がある。
まず、レンタルキッチンだが、菓子製造、飲食店営業ができる2つのキッチンがあり、テイクアウト、その場でのイートイン、販売ができるようになっている。キッチンの前にはPARKと名付けられたカフェスペースもある。
意外だったのは菓子製造の許可が飲食とは異なり、2種類の許可が必要だったという点。そのためか、ニーズはあるにも関わらず、菓子製造ができるレンタルキッチンはこれまで仙台にはなかったのだとか。仙台ほどの規模でないなら、他の都市ではもっと少ないのかもしれない。
利用は1日(9時~18時)単位からで、夜間は1時間からで使える。料金は光熱費別で1日1万円、1週間で6万円(税別)など。副業として、いずれ独立するためのお試しなどとして利用を想定している。
レンタルキッチンの向かいには約30㎡のミーティングスペースがある。定員は30名。一般の人も利用でき、上のフロアでオフィスなどを借りている人なら割引が使える。
このフロアにはもうひとつ、オンラインミーティング用の個室も作られている。まだ、特別に用意しているシェアオフィスはそれほど多くないが、テレワークで声を出してのやりとりが一般的になれば、こうした空間も必要になろう。
また、3階には開閉することで広さを変えられるシェアキッチン、イベントスペース、ダイニングスペースも。こうした場で人を集めることで全体としても集客につなげようというわけである。
以上、仙台に誕生した新しい貸し方の賃貸複合施設を紹介した。同社ではこの秋にもまた、新たな仕組みでレジデンス中心の複合施設を建設予定という。変化する市場に合わせて物件も変わらなくてはという危機感からだと思うが、変化は仙台のみならず、全国で起きている。ぜひ、参考にしていただきたいところだ。
健美家編集部(協力:中川寛子)