神奈川県座間市の事件の現場はアパートであり、
大家さんも管理会社も存在する
2017年10月30日に、行方不明となっていた女性を探す過程で発覚し、翌日までになんと9遺体がアパートのクーラーボックスから発見されたという恐怖の事件である『座間9遺体事件』。
2020年11月26日に白石被告に対して、検察側から死刑が求刑され、12月15日に求刑どおり死刑が言い渡された。
平成最後の凶悪事件であり、被害者には心からご冥福を祈りたい。
さて、この事件の舞台となったのは、「アパート」である。
当然、大家さんも存在し、管理会社も存在する。収益物件に投資する人にとって、「もし自分の所有する物件で凶悪事件が起ったらどうしたらいいのか」「どうすればそんな事にならずに住むのか」は、重大ないくつかの示唆に富んでいる。この事件を振り返りながら、教訓として学ぶべき点を考察する。
防衛策1
「発生してから考えるのではなく、発生する前に考える」。
すべての世の中の事件は、他人事ではない。
自分の物件で起ったら、どうするかの教訓として、日頃からニュースを見る

座間市で
家賃2万円のアパートという不思議
事件発生時に「アパートで惨劇」という事で報道された際に、多くの人は違和感を覚えた。そんな事件があったのに、隣の部屋にはまだ人が住んでいたのだ。アパートは2階建てで全12戸。
「殺人事件が起ったのですが、まだ住んでいるのですか?」というマスコミのインタビューに、近隣住民の中には「え? 出て行かないといけないんですか。困ったな」という違和感のある発言が飛び出した。
神奈川県座間市のそのアパートは家賃2万円。周辺相場は、平均賃料5.1万円。坪賃料5,581円の立地である。相場賃料よりも極端に低い賃料であった。
防衛策2
「掘り出し物には、訳がある」。
相場より家賃が安い物件には、
「安い理由」が必ずある。借りるにしても収益物件として買うにしても。
当該物件は、
そもそも、事故物件であった
ニュースを聞き、報道で住所が出たため、当時不動産ポータルサイトに検索したところ、売買向けのサイトに4500万円ほどで売りに出されていた(すぐに削除された)。
「もう、事件の一報で売りに出したのか」と思われがちであるが、そうではない。備考欄に「特記事項あり」。
そう、実は事件よりも数年前に1階の部屋で入居者が病死しており、おそらくは孤独死であったと思われるが、心理的瑕疵物件となって売りに出されていたのである。

防衛策3
「事故が事故を呼ぶ」。
最初に「孤独死」があり、事故物件となっていた。
家賃を下げ、入居審査のハードルを下げると、さらなるリスクが高まる
オーナーは、事件の前から
売り抜けるつもりであった。
経済的に困窮し、生活保護を申請すると憲法25条の理念に基づき、国が最低限度の保障を行ってくれる。そして家賃も支給される。
当該エリアは現在4万1,000円が家賃補助の上限である。それよりも安い、破格の2万円として設定しているのは、数年前の心理的瑕疵があったこの物件を「満室にして売ってしまいたい」という思いからであったかもしれない。
2万円で住人が満室であれば、全12戸で、2万×12戸=月額24万円の家賃収入。24万×12ヶ月=年間288万円。表面利回りは、288万円÷4500万円=6.4%。
満室にして売り抜けたいと考えたのではないだろうか。
防衛策4
「出口戦略にリスクあり」。
利回りだけで投資を考えると思わぬリスクが。
売却するためだけに、無理して満室とするとリスクが高まる
■入居時の状況
このアパートに、後に大事件を起こす白石死刑囚が入居したのは、同年8月22日。当時は無職であり、かつ、その前に行っていたスカウトの仕事で逮捕され、執行猶予付きの有罪判決が確定していた。
内覧時には1人目の被害者となる女性とアパート室内を内覧。無職であったこともあり、この女性が一緒に不動産仲介会社には出向いている。
生活保護を受給する前提であったとしても、「口座がからっぽでは部屋をお貸しできない」という条件があったため、女性に51万円を振り込ませている。
供述によると、入居翌日に最初の事件が発生している。ほんとうに痛ましい話である。この女性を探しに訪ねた別の男性も、後に事件の発覚を恐れた白石死刑囚により殺害されている。
さて、あなたの物件で運悪く、病死・孤独死が発生し心理的瑕疵物件となったらどうするか。
考えたくは無いことであるが、人はいつか亡くなる。そして、学校や会社、あるいは友人関係など、その人と会わない事を不審に思って訪ねてくる人がいないと、長期にわたって、その死が発覚しない。いわゆる孤独死である。
あなたの所有物件でももしかしたら発生するかもしれない。
少額短期保険会社の家財保険(孤独死特約付き)に加入している被保険者のうち、2015 年 4 月〜2019年 3月までの調査によると、3,392件の事例が存在する。少ないと言えば少ないが、4年間で3000人の大家さんは、そうしたケースに遭遇しいる。
こうしたケースに備えた「保険」サービスもあるので、是非とも検討しておくべきだ。
防衛策5
「災難に遭う前に保険」。
4年間で3000件の賃貸物件での孤独死。
めったに起らなくとも、保険などでリスク軽減を
孤独死が発見されるまでの平均期間は17日間。
1ヶ月以上は、17%。

孤独死が発見されるまでには時間がかかる。時として、1ヶ月も経ってしまうということもあり、死因を調べるのも大変である。まず孤独死が発覚すると、死因を調べなければならない。
病死なのか自殺なのか他殺なのか。他殺であれば犯人を捕まえなければならない。そうアパートに警察がやってきて、調べなければならない。場合によっては聞き込みなども行うだろう。当然、近隣でも話題となり、心理的瑕疵は免れない。
孤独死が発生すると、「入居率の悪化」「家賃の下落」が起こり、売買価格も下がる
そして、同じ建物の住民が退去するかもしれない。次の募集時は重要事項説明義務があり、「この物件では孤独死があって」と説明しなければならない。家賃は2-3割下がるのが相場である。さあ、あなたならどうするか。
不幸にもあなたが所有する物件で孤独死が発生し、入居率が悪化し、家賃がどんどん下がっていく。そうなると「売ってしまいたい」と考えるかもしれない。
ならば「現況満室」のほうが売りやすい。あるいは、売らないと判断しても、「入居審査のバーは下げて、家賃を下げて、とにかく少しでも家賃を入れよう」と考えるかもしれない。
そうして、当該の犯人が最初の被害者を保証人として入居し、最初の被害者が発生。もはや当該物件を売るという選択肢もとれなくなってしまったのである。
仮に、最初の孤独死で
「駐車場にする」という判断をしていれば
では、ほかの選択肢はなかっただろうか。
仮に、最初の孤独死で退去が続いた段階で、どんどん出て行ってもらい、コインパーキングや月極駐車場にしていたらどうだろうか。実は、コインパーキングに告知義務は存在しない。
そして、凶悪犯が入居する事もなかった。時計を巻き戻して考えれば、そういう選択肢もあったかもしれない。コインランドリーにするなど、用途変更という手もあったのかもしれない。しかし、退去に応じない人がいれば立ち退き料など難しい問題も発生する。そう簡単では無かったかもしれない。
防衛策6
「用途変更など、対策は複数検討を」。
心理的瑕疵物件は、
家賃を下げる以外にも、コインパーキングにするなどの選択肢も検討を。
被害者の特定に
時間がかかった事件
さて、話を事件に戻そう。この事件の特殊性は、実は先に9人の遺体が発見され、「この遺体が誰なのか」の捜査が大変であった。犯人の白石死刑囚もSNSで出会ったため、本名などを知らなかったのである。
捜査は難航し、失踪者のデータと突き合わせ、ご家族のDNAとの鑑定などを進めた。
ここにひとつの教訓がある。仮に「防犯カメラがあれば」被害者の顔写真がわかりもっと早く被害者の特定に至ったはずである。そう、当該物件には「防犯カメラはなかった」のだ。

仮に、
防犯カメラをつけていれば
本論に関して、「防犯カメラをつけていれば、被害者が特定できた」という事を教訓としたいわけではない。被害者がわかっても凶悪犯罪は発生してしまったのでは、オーナーとしては納得がいかない。
しかし、ここで犯人の心理を考えてもらいたい。
スカウトの仕事で有罪となり、無職となった白石死刑囚は、最初の被害者と物件を見学して、自分が入れる物件を探している。そして、入居翌日には、最初の殺人事件に至っている。
もし、見学時、この物件に「防犯カメラがあり」「防犯カメラ監視中の看板」があったならば・・・。この物件を犯行現場としては考えなかったかもしれない。
分譲マンションにあって
賃貸アパートにない「防犯カメラ」
築10年以内の分譲マンションでは、9割の物件に防犯カメラが設置されている。賃貸用マンションでも、築年数10年以内の約半数が防犯カメラを設置されている。(プリンシプル住まい総研調べ)。ところが、賃貸アパートでの普及はまだまだ1-2割である。(プリンシプル住まい総研調べ)
防衛策7
「資産価値を守るための、設備強化」。
防犯カメラ設置は、
空室対策だけでなく、犯罪防止し、資産価値を守るための策でもある。
どうであろうか。収益物件のオーナーであるあなたは、孤独死が発生した物件に、防犯カメラをつけよう、と思うだろうか。というか、今、孤独死が発生していない状態でも、9割の大家さんは防犯カメラを付けてはいない。
空室対策としては、バストイレ別にする、エアコンを付ける、温水洗浄便座を付けるが王道だ。今なら、テレワークやオンライン授業も相まって、インターネット無料にするのが、常套手段である。
しかし、自らの物件での「事件」を防ぐためにも「防犯カメラの設置」をすべきではないだろうか。資産価値を守り、犯罪を抑止、入居者の安全安心を考えて投資をする。
執筆:上野 典行
【プロフィール】
プリンシプル住まい総研 所長1988年リクルート入社。
大学生の採用サイトであるリクルートナビを開発後、住宅情報タウンズ・住宅情報マンションズ編集長を歴任。現スーモも含めた商品・事業開発責任者に従事。 2008年より賃貸営業部長となり2011年12月同社を退職し、プリンシプル・コンサルティング・グループにて、2012年1月より現職。All Aboutガイド「賃貸」「土地活用」。日管協・研修副委員長。全国で、講演・執筆・企業コンサルティングを行っている。