福祉×賃貸というと、高齢者向けやシングルマザー向けの賃貸など、昨今では特に「社会的意義」の高さを感じつつも、「収益性」は期待できないような気がしていないだろうか?
そんな考えが大きく変わるようなシンポジウムが開催された。11月30日(水) 住宅改良開発公社主催の「あしたの賃貸プロジェクト 第3回シンポジウム」がオンラインで開催され、賃貸オーナーをはじめ、1200名以上が視聴した。
たとえば空室だらけの学生向け賃貸アパートを、高齢者と若者が共生できる賃貸にして成功した事例や、築古物件などを住宅困窮者に貸し出す事業の事例などが紹介された。
コロナに異常気象、物価上昇も重なり、
多様な理由から、住まい困る人が増加している
シンポジウムは、まず東京大学大学院工学系研究科 建築学専攻 大月 敏雄 教授の【基調講演】「不動産×福祉で拡がる賃貸住宅の可能性」から始まった。これまでの日本の住宅政策の流れや課題とSDGsに向けてどのような取り組みが求められるのかが語られた。
2000年台から非正規雇用の人が増え、経済的なショックから急に住宅に困るケースが増えるようになり 外国人や障がい者など、多様な理由で住宅に困る人に対する議論が活発になってきた。
2020年以降はコロナが広がり、温暖化による気象の変化による災害が増え、物価上昇に悩まされる事態となり、「脱炭素」「防災」「新しい日常」に沿った住まいが求められるようになってきた。なかでも最も深刻な問題が「高齢化と空き家」であり、昨今ではコロナで地方移住者が増え、空き家を有効活用するケースも増えていることなどが語られた。
次に、一般財団法人 住宅改良開発公社 住まい・まち研究所長 松本 眞理氏から「入居者から見た賃貸住宅住み替え事情と住まいへの希望」をテーマに、2020年から、よりよい賃貸住宅のために何が必要かを考える「あしたの賃貸プロジェクト」を推進していることが語られた。
プロジェクトの一環である調査結果から、50代以上の男女でひとり暮らしが増え、住宅の基本性能(防音、遮音、断熱性、バリアフリーなどの確保)を求める声が想像以上に多かった。賃貸オーナーは改めて「住宅の基本性能」を見直したい。
空室だらけの学生アパートを高齢者と若者が共生でき、
医療や地域の賑わいの拠点として再生したケース
【事例講演】として、神奈川県藤沢市の学生向けアパートを高齢者と若者が共生できる賃貸住宅 「ノビシロハウス」として成功させた事例が紹介された。この物件のオーナーであり、介護事業者である株式会社あおいけあ 代表取締役 加藤 忠相 氏と、「ノビシロハウス」の運営者である、株式会社ノビシロ 代表取締役 鮎川 沙代 氏からノビシロハウスのオープンから今に至るまでの話がされた。
「ノビシロハウス」の詳細については、2021年のオープン当初に、健美家ニュースでも、ご紹介しているので、ぜひ参照してほしい。こちらは空室だらけの学生向けアパートをリノベーションし1階を高齢者に2階を若者向けの賃貸住宅に。さらに1棟新築し、訪問看護、在宅看護、診療機関ができる医療関係が入居し、看取りまで行うことができる施設となっている。本来ではコインランドリーやカフェが建築できない場所であるが、藤沢市と協議して、コインランドリーやカフェもある複合施設となっている。賃貸部分の家賃に加え、医療機関、カフェ、コインランドリーなどからの賃料も入り、安定した収益につながっているそうだ。
オーナーであり、介護業界のトップリーダーとしても知られる加藤氏は、「今後は医療介護職の人が汗をかいて、どうにもならない社会になってくる」と危惧し、「医療機関だけではなく、高齢者が長く、元気に暮らせるような賃貸住宅の必要性を訴えた。
ノビシロハウスを運営し、不動産仲介業も行う鮎川氏は、「年を取ることがもっと楽しみになるような社会になってほしい。ノビシロハウスのような高齢者が暮らせる賃貸住宅の数が足りないので、不動産仲介業者や地域、医療、介護事業者などと連携し、増やしていきたい」と語った。
福祉マインドで民間賃貸住宅市場の限界に挑む
最後は、テレビ番組などでもたびたび取り上げられている「Rennovater株式会社」代表取締役 松本 知之 氏による講演「誰でも住まうことができる賃貸住宅の限界に挑む」が行われた。
松本氏は、相続放棄などで、できるだけ安く住宅を譲り受け、住宅を借りにくい人に低価格で貸し出す事業を行っている。宅地建物取引業者であるため、他社の物件を紹介することもあるそうだが、現代の住宅市場では、家が余っているにもかかわらず、多様な理由で、賃貸市場で借りられない人がたくさんいるようだ。
「服役者や、精神疾患者や依存症患者で要配慮者と言われる人など、そもそも不動産屋さんに行くことすらできない人達がいます」
驚いたのは、これまですべての人を受け入れ、「家賃を下げてほしい」といわれれば、その要求を受け入れてきたことである。家賃を上げることは難しいため、事業を継続するには取得費用を下げることにこだわる。
松本氏は自営業の両親を持ち、家業を手伝っていた母が、仕事中に工場で手を失うケガを負い、障がいを持ったことや、父の会社が倒産し、親戚の家をてんてんとした過去を持つ。
「悲しそうな女性を見ると、母を思い、不安げな若者をみると自分の過去を思い出すことが、この事業の原点になっている。すべての人に安心できる住まいを提供したい。社会性と収益性を両立するビジネスモデルは両立できたと思うが、量も地域も足らない。空室で困っている賃貸物件のオーナーがいたら、どんどん相談してほしい」と松本氏。
賃貸業界では、オートロックがない物件や1階の部屋が防犯性から敬遠されがちだが、松本氏によると、高齢者にとってはむしろオートロックなしの物件や1階が好まれるそうだ。
想像していた以上に、福祉×賃貸の可能性を、大いに感じたシンポジウムであった。長引くコロナ禍や物価上昇に、高齢化で今後ますます住宅に困る人は増えていくのではないか。そうしたなかで、賃貸住宅に求められる役割も変わっていきそうだ。