前回、「夜逃げならぬ、昼逃げした入居者」の記事で紹介した女性大家「みかりん」さんの続編をお送りする。
家賃を滞納して逃げてしまった入居者の代わりに、家賃保証会社による代理弁済は続いた。
しかし、強制執行による明け渡しが済むまでは、大家といえども自分の物件に入ることができない。
大家みかりんさんは、家の中がどうなっているのかとても心配だった・・・。
保証会社から裁判の依頼を受けた法律事務所から、数か月後にやっと裁判予定日の連絡があった。
ある日、みかりんさんは合法的に自分の物件に入ることができる妙案を思いつく。そのきっかけは、ご近所さんからの通報だ。
入居者が昼逃げしたにも関わらず、物件の風呂場の電気がずっと点いているとの連絡があった。
みかりんさんが様子を見に行った時は、電気が点いたままとは思わなかったが、この通報を利用しようと思いついた。
近所の警察署に電話して、入居者と電話連絡がつかず、お風呂の電気がずっと点いたままだとご近所さんから連絡もあったことを伝えた。
そして、入居者さんが無事かどうか心配なので安否確認してほしいと相談。
すると、すぐに警察官が2人来てくれた。
状況説明し、警察官が見ている前で、みかりんさんが玄関の鍵を開けた。
警察官が扉を開けて中に入った。
みかりんさんが「私も入っていいですか?」と聞くと、家の中から腐った匂いがしてきた。
警察官たちの顔がにわかに緊迫した表情になった。
「外で少し待ってください」と警察官。
警察官たちは自分たちの靴にビニールカバーをつけ、1人は1階を、もう1人は2階を見に行った。
しばらく中を捜索し、死体はないとわかったため、警察官はみかりんさんにも入室させてくれた。
キッチンに入ると、小さなビニールに入った生ゴミのようなモノがあり、コバエが飛んでいた。これが臭いの原因だったのだろう。
通報のあった風呂場の電気は、点いていなかった。
ちなみに、「昼逃げ」した奥さんはキレイ好きだったそうだ。家賃が遅れていない頃、不具合箇所の確認のため、みかりんさんが家に入れてもらった事がある。
小さな子供に加え、猫も飼っていたが、2階ベランダに猫用スペースを作るなどキレイに住んでくれていたそうだ。
しかし、今回中に入ってみると、床や壁が結構汚れていた。その上、慌てて逃げていったためか、みかりんさんが入居前に設置したガスコンロや郵便ポスト等も無くなっている。自分たちのモノと勘違いして、持って逃げたようだ。
とりあえず中の状況も分かってほっとしたみかりんさん。警察官たちに御礼を言って、帰ってもらった。
しかし、安否確認してもらう時、小さなミスがあったという。
みかりんさんは当日、賃貸借契約書を持参するのを忘れたのだ。入居者の名前と電話番号はわかっていたが、本人や家族の年齢などを警察官に示す資料がなかった。
「もし今後同じようなことが起こったら、必ず契約書を持参しようと思いました(笑)」とみかりんさん。
コロナ禍で裁判が延期
強制執行にするまで時間がかかるかも?
心配事が減ったみかりんさんにとっては、あとは強制執行を待つばかり。
しかしコロナ禍の春頃は裁判自体の延期が続いており、執行が遅れるかもしれないと覚悟していた。ところが、みかりんさんの入居者の裁判は予定通り行われた。
ちなみに、この裁判は保証会社が起こしているので、大家は出廷する義務はない。
そして、弁護士事務所からの報告によると、裁判当日に元入居者は出廷せず、無事に「建物明け渡し」の判決が出た。判決正本が弁護士事務所に届いてから、強制執行の「申し立て」を行うそうだ。
それが認められると、執行官が現地に出向き、物件に催告書を張って、建物を明け渡すよう催告する。普通は、この催告書を貼るまでに1カ月かかる。
催告後1カ月程度経ってから、やっと強制執行が行われる。つまり、裁判で判決が出てから強制執行までに、2カ月ほどかかるということだ。
強制執行されるまでは保証会社からの代理納付が続き、執行されたら、みかりんさんは保証会社から原状回復費ももらってリフォームを発注するつもりだという。
しかし、事前に保証会社に確認したところ、持ち逃げされたポストやガスコンロは原状回復費には入らないと言われたそうだ。
「ガスコンロはリサイクル品で5,000円だったんですけどね。持っていかれて残念です(苦笑)」
裁判から待つこと1カ月。執行官が催告の張り紙をする日時が決まった。当日、みかりんさんが現場に立ち会うと、執行官1人と、荷物を運び出す業者さん4人が状況確認するために来ていた。
みかりんさんが玄関の鍵を開けると、執行官は家に入り、玄関内の壁に1枚催告書を貼った。もう1枚は玄関の上り口に置いた。
催告書には、〇月〇日までに任意に退去して建物を明け渡しなさい、と書いてあった。
ちなみに、催告は建物の外側に貼るものだと思い込んでいたが、どうも執行官によって流儀が違うようだ。
ご近所さんには見えないように、そして本人だけが見ることができる場所(つまり室内)に貼る、という気遣いをする執行官だった。
荷物を出す業者さんは、家の中に荷物があまりないのが残念だったようで、みかりんさんがジモティーで無料で貰ってきた立派な下駄箱がとても気になっていたようだ。
「これは私が設置したものなので、設備です!」とみかりんさん。
催告書を貼って室内を確認する作業はたった5分で終わった。
催告書を貼った後、執行官が自分のスケジュール帳を出して、強制執行する日程案を出してくれた。
みかりんさんは一番早い日を選び、見積もりに来た業者さんもその日でOKだったので、約1週間後に強制執行が行われることになった!
本来は、催告してから入居者が退去できるまで約1か月ほど待たなければいけないが、今回は入居者が既に住んでいないことが明白なので、早いスピードで事が進んだようだ。
めったにない機会なので、みかりんさんにお願いし、筆者も強制執行日に同行させてもらうことになった。
強制執行当日!業者さんが荷物を運び、あっという間に終了。
これで原状回復できると思いきや・・・(涙)
執行当日の朝10時。20分前に着くと既に執行官1人と業者さん4人が到着しており、執行開始時刻を待っていた。
みかりんさんが到着し、鍵を開けると、執行官が壁に貼った催告書をはがし、物件内部を見て回った。
元入居者が入室した跡もなく、特に変わりがなかったため、執行官が業者さんを中に入れた。業者さん4人は、元入居者が残していったガラクタをどんどん外に出していく。
押し入れの中に残された古いテレビなど、みかりんさんの設備かどうか確認して、古いソファーや2階ベランダに敷いていた猫用のマットなども外へ運び出す。
元入居者が設置した金属製の棚も、業者さんが工具を使って取り外していた。
持ち逃げされたと思われた郵便ポストは奥に捨てられていたが、ガスコンロはなかった。
入居者自身がつけたエアコン2台は外して、引っ越し先に持って行っていたようだ。
壁や床は子供の落書きや逃げた時についたキズや汚れが目立ち、原状回復費は結構かかりそうだった。荷物はすべて業者さんがトラックに積み込んだ。
荷物が少なかったため、強制執行は30分程で終わった。
執行官から、元入居者は玄関の鍵を持ったままなので鍵を替えておくように、とのアドバイスがあった。時々、強制執行後の様子を見に来る元入居者がいるらしい・・・。
これですべてが終了した。
ちなみに、強制執行後の荷物は一旦倉庫に1か月ほど保管するのが通常だが、業者さんに確認すると、今回は即廃棄処分で良いと執行官から指示があったようだ。
強制執行が終わり、みかりんさんはやっと原状回復のリフォーム発注できると喜んでいた。
ところが・・・。
保証会社から当日電話があり、強制執行が終わったので今日までの分の滞納家賃が振込みされること、そして原状回復費の請求には“元入居者の同意がいる”ことを告げられた。
つまり、逃げた入居者の同意が得られない今回の場合は、原状回復費用が出ないというオドロキの事実が判明した!
保証会社は家賃滞納が主な対応で、原状回復までは面倒見てくれないと考えていた方が良いのかもしれない。
最後は残念な結果になってしまったが、大家みかりんさんはこう話す。
「今回一番思ったことは、強制執行後じゃないと大家が自分の物件に入れないのは非常に困るということです。もし生ゴミが腐って、床が駄目になって、リフォーム代が嵩んだら、大家にとっては踏んだり蹴ったりです!
そして、もし室内で人が亡くなっていたら、どうするの?って。
それが不安だから、お巡りさんに一緒に中に入って貰って、安否確認をさせて貰いました。本当は、お巡りさんも忙しいから手を煩わしたく無かったのに…」
健美家編集部(取材協力:野原ともみ)