世界的にも珍しい
電車が横切る世界遺産
近鉄奈良線に乗って大阪から奈良へ向かうと、大和西大寺駅を越えたあたりで、窓の外に広大な平原が広がる。1998年に「古都奈良の文化財」の一つとして世界遺産に登録された「平城宮跡」である。
世界遺産登録と同時期に線路のすぐ南側に朱雀門が、2010年には北側に第一次大極殿が復元され、現在は線路の両側に平城京のシンボルが並び立っている。
世界遺産のなかを横切る線路は世界でも稀で、歴史と現代が交錯するようなこの光景は、国内外の観光客をはじめ、地元の人々からも肯定的な意見が多いという。
奈良県が2010年に平城遷都1300年祭の平城宮跡会場やインターネットで募集したアンケートでも、「車窓から平城宮跡が見えることにより、奈良らしさを感じられる」(24.4%)、「特別史跡指定前から近鉄線は通っていたので違和感はない」(19.1%)、「大和西大寺駅と近鉄奈良駅とを直線で結び約5分で移動できるのは便利」(13.4%)などの現状を肯定する回答が6割以上を占めた。
踏切改良を求められ、
近鉄が県・市と移設協議へ
しかし2020年7月、国と奈良県、奈良市、近畿日本鉄道が合同会議を開き、近鉄奈良線の平城宮跡の南側への線路移設に向けた協議に入ることで合意した。
近鉄奈良線が建設された1914(大正3)年当時から、線路の予定地に平城宮跡があることは判明していた。そのため線路は平城宮跡を避けるように南へカーブして敷設されたが、1960年の調査で当初よりも平城宮跡が広大であることが判明する。
さらに世界遺産登録後、国土交通省・文化庁などによって平城宮跡の整備計画がまとめられ、一帯は国営公園になることが決定。このとき、線路が問題視された。
そうした景観上の問題以上に、線路の移設検討を余儀なくしたのが、2017年に改正された「踏切道改良促進法」である。
国土交通省は遮断時間が長い「開かずの踏切」などを「改良すべき踏切道」に指定し、改良対策を進めている。平城宮跡周辺にある4か所も2017年に指定を受け、近鉄と県、市は2020年度中に国から改良計画を提出することを求められていた。
県の計画によると、大和西大寺駅周辺を立体交差にするために駅を高架化。同駅から近鉄奈良駅までの線路を朱雀門の南に東西に走る大宮通りに移設する。
さらに県は近鉄側に朱雀大路駅(仮称)、新大宮駅、油阪駅(仮称)の3駅の新設を提案。今後、移設の実現に向け、協議を進めるとした。これにより、ラッシュ時には1時間のうち最大で約50分も遮断されているという「開かずの踏切」がなくなり、道路渋滞の緩和が図られる。
一方で線路の移設によって列車の運行所要時間が延びるのは避けられそうになく、近鉄側には旅客サービス水準が低下してしまうという懸念がある。
さらには1000億円を越えるともいわれる事業費をどこが負担するのかについても明確になっておらず、開業の時期も未定のままだ。実現に向けてまだまだ課題は山積みである。
観光客、通勤客、地元住民、
それぞれの目線から推移に注目
コロナ後の住みたい街として、関東では埼玉、関西では奈良が人気化するという見立てがある。
これまでは通勤の便がよく、繁華街や魅力的な商店街のある都心の街が人気だったが、コロナでリモートワークを導入する企業が増えたことで、街のイメージより「家賃と住みやすさ」を重視する人が増えた。
ここで重要なのが「通勤時間」である。生駒市などのベッドタウンから奈良市内に車で通勤する人にとって、同エリアの渋滞の解消は歓迎すべき事態だが、電車で奈良から大阪市内へ通勤する人にとっては、通勤時間が延びる結果になる。
観光客、通勤客、地元住民、さまざまな立場の人々がさまざまな思いで平城宮跡を見守っている。投資目線からも今後の推移に注目したい。
健美家編集部