大阪といえばキタ、ミナミの両繁華街が知られている。キタは大阪駅から梅田界隈、ミナミは難波を中心にしたエリアで、では、どこから見て北、南か。それが分かると船場という地域の、大阪の歴史の中での位置づけが分かる。船場から見て北か、南か、元々はそれからきた俗称なのである。
船場は豊臣秀吉の時代から開発された大阪城から見て西にあたる、徳川幕府直轄地となって以降は大坂の中心地として発展してきた東西1km、南北2kmほどの地域。
元々は河川、人口の堀川に囲まれていたが、現在では北端にあたる土佐堀川、東端にある東横堀川を除いて埋め立てられている。
ちなみに東横堀川には各種街道の大阪の基点とされた高麗橋(東京の日本橋のような存在)や、架橋100年を越える現役橋である本町橋などが架かり、歴史を感じさせてくれる川である。江戸時代から繁栄してきた地域であり、現在も都市銀行や製薬会社、大手建設会社などの本社はあるものの、かつてに比べるといささか活気を失いつつあったことは否めない。
現在、この地域で地上48階建て、総戸数885戸という大阪でもトップクラスの規模を誇るタワーマンション「シティタワー大阪本町」を建設中の住友不
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