センベロのまちから若い女性も集うまちへ。最近、賑わう赤羽の隣にある東京メトロ南北線の駅、赤羽岩淵をご存じだろうか。
江戸時代には五街道のひとつ、日光街道の脇往還として栄えた日光御成道の宿場町であり、その当時は寒村だった赤羽を凌ぐ賑わいのあった場所である。過去と現在の地図を比べて見られる今昔マップでみると明治の早い時代には岩淵本宿のほうが赤羽よりもはるかに民家が密集、そもそも地域全体が岩淵町となっている。

ところが、明治18年に赤羽駅が誕生、交通の利便性が逆転する。さらに赤羽の武蔵野台地上に軍の施設が立地、赤羽が軍都として栄える一方で岩淵宿は徐々に寂れていく。その状況は平成3年に赤羽岩淵駅ができてもさほど変わらないままだったのだが、この2〜3年で変化が起き始めている。
3棟の空き家改修で人が集まり始めた

きっかけになったのは2016年に行われた『リノベーションスクール@都電・東京』。同スクールでは実在の遊休不動産に対して
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