西日暮里駅は1971年に東京メトロ千代田線との乗換えのために昭和に入ってから作られた駅。山手線各駅の中でもあまり印象が強くないのは元々まちがあったわけでもない場所に鉄道の要請から作られた駅だからである。
だが、その西日暮里駅が変わり始めている。駅前の目立つ場所でここ2年ほど空いていたビルに2019年12月11日、新しい感覚の複合施設「西日暮里スクランブル」がオープン。
チェーン店や年齢のいった男性向けの店舗が中心の街並みに慣れた人々がこの建物の前で不思議そうに立ち止まり、覗きこむ風景が見られるようになったのである。そのうちの何人かは建物に入ってもいく。
視認性の高い立地を利用、西日暮里のリブランディングを
立地しているのは山手線と道灌山通りが交差する角。地域の幹線道路・尾久橋通りからも近く、目立つ位置にある。元々はファストフード店、酒屋が入っていたが、諸事情により退店。その後JR東日本が高架の耐震補強することになり、しばらく空いていたのだが、工事完了後、「普通のテナントとは違う面白いものにしたい、借りてもらえませんか?」と話があったとHAGI STUDIOの宮崎晃吉氏。
ただ貸すだけであれば、駅前の一等地である、借りたいというテナントはいくらでもあるはずだが、それではつまらないと担当者は考えた。しかも、ちょうど、JR東日本は「東京感動線」というブランドで山手線を起点とした様々なプロジェクトを展開しており、その一環としたいとのこと。であればマイナーな駅のほうが価値アップ、変化は目に見えると宮崎氏は提案。同時期にJR東日本は西日暮里駅全体を個性化していくというプロジェクトを企画しており、宮崎氏がその具体化に携わることになった。
取壊し予定の建物を上手に活用
ところで、この建物活用にはひとつ、制限があった。後半で詳述するが、西日暮里駅の脇、西日暮里スクランブルと道灌山通りを挟んだ反対側では大規模な再開発が予定されている。
再開発エリアと駅をペデストリアンデッキで繋ぐ計画もあり、その影響で当該建物はいずれ取り壊される。そのため、期間の制約は掛けられる費用の制約でもある。それをクリアするためにはあの手、この手を考える必要がある。
谷中の古いアパートを改装した最小文化複合施設HAGISOで一躍注目を浴びた宮崎氏は建築だけに留まらず、飲食、宿泊、アートと幅広い分野で仕事をしている。建物を改装するだけではなく、運営までも手掛けられるわけで、西日暮里スクランブルではそれが生きた。
1階77㎡、2階43㎡というコンパクトな空間に、1階・6店舗、2階に立飲みの「NIGHT KIOSK」の計7店舗が入る西日暮里スクランブルだが、そのうち、1階の八百屋・TAYORI MARKET、カレースタンド・SPICESH(スパイセッシュ)、80人で運営する本屋さん・西日暮里BOOK APARTMENTと2階がHAGI STUDIOの運営なのである。
同社としてはテナントを入れるよりも収益を挙げられるし、新しい業態にトライするというチャレンジもできる。改装する時点でどんな業種が使うかが分かっていれば無駄な改修をしなくても済む。八百屋の商品をカレースタンドでトッピングに使えば無駄を出さずにも済む。よく考えられた店舗構成というわけである。
無駄を省いた作りに学ぶ点多数
それ以外でも無駄を省いた作りにはいくつもヒントがある。特に2階のNIGHT KIOSKは個性的でもあり、面白い。たとえば立飲み時のテーブル、ちょっと腰かけられる椅子の類はビールの箱を積み重ねた上に板を置いただけと安上がりな作り。ただ、売りが150種のクラフトビールが楽しめるとなっており、チープ一辺倒ではない。
冷蔵ケースに並べられたビールは北千住にあるクラフトビールにこだわる酒屋から入れてもらっており、商品はその時々で変わる。と聞けば、ちょくちょく来ようかと思う人もいるだろうし、自分でケースから出してきて勘定するという人件費の無駄を省くシステムもじっくり眺められるチャンスと喜んで受け入れられる。スタッフと客、客同士の会話のきっかけにもなるだろう。
また、窓に貼られた来店者がお勧めする西日暮里の店舗情報も気になるところ。この店を媒介にまちの他の店に関心を持つようになれば、その人にとっての西日暮里が広がる。JR東日本がテーマとする沿線価値向上にも繋がるはずだ。
2階に限らず、建物そのものの、最低限の手の入れ方もセンスが良い。内装に関してはスケルトンにして塗装をしただけというが、そこに今を感じる掲示があるとないでは雰囲気は異なって来る。費用をかけない改修ほど難しいのである。
それ以外の店舗は精神障害のある人が働く就労継続支援事業所で作られた雑貨が置かれたかっぱの手しごとギフト屋さん・LABO753、北海道釧路の牧場で作られた製品を扱うぐるぐるジェラート、革製品の修理を手掛ける革マルシェの3店。駅前に集まりがちなチェーン店とは一線を画す店舗ばかりである。
いつもと違う店が数店あるだけまちの見え方が変わり、変化を面白がる人がいると考えると、駅前の作り方にもう少し注意が払われれば、まち自体の印象も変わるのではないかと思った。
また、現在改修工事中の西日暮里駅構内にも地域との連携を意図したスペースが作られている。「えきラボniri」と名付けられたコンコース内のイベントスペースで、宮崎氏が運営管理を委託されている。社交ダンスその他の教室などに使われており、使っていない時には隣にあるコーヒーショップの客席に。JR東日本としてはまちの活動をここに持ってくることで、駅を通じてまちの魅力を見える化する意図があるという。
確かにたいていのまちではそこに住む人の姿、顔が見えておらず、どこのまちも同じに見える。が、そこにリアルな姿があったら親近感、興味の持ち方は変わって来るはず。面白い試みである。
再開発は1000戸の住宅に商業、ホールを予定
さて、最後に「(仮称)西日暮里駅前地区第一種市街地再開発事業」について。駅の建設経緯からも分かるように何もないところにできた駅西日暮里周辺には利便性の高さから単身者向けのマンションが多く建てられてきた。だが、どうやら、再開発でその辺りは変わりそうである。
2019年11月末から縦覧が行われていた再開発事業に関わる環境影響評価書案からすると、建設されるのは地上47階、高さ約180mの住宅棟と地上11階、高さ約75mの商業・ホール棟の2棟。住宅は約1000戸。ペデストリアンデッキで山手線駅、日暮里舎人ライナーの西日暮里駅に接続される予定で、駅前の交通広場なども整備される。これまで顔のなかった駅だけに雰囲気は大きく変わるはずだ。
廃校になった中学校跡地(旧道灌山中学校)の活用方法からスタート、2007年度から広域的なまちづくりを検討してきたもので、2022年度に着工、竣工は2026年度予定。まだしばらく先ではあるが、交通利便性が高い割にはあまり注目されてこなかったまちだけに今後の変化は大きくなりそうだ。
山手線沿線で手頃な駅は鶯谷、日暮里、西日暮里
ちなみに2020年2月に発表されたリクルート住まいカンパニーのプレスリリースに「北側にある駅がオトク!? 山手線で中古マンションの価格相場が安い駅ランキング 2020年版」(SUUMOジャーナル調査)というものがあった。
タイトル通り、中古マンションが安くで買える駅のランキングなのだが、安い順に並べると鶯谷、日暮里、西日暮里。このエリア全体が現状は認識としても、価格としても凹んでいることが分かる。だが、投資は凹んでいる場所を見つけることから始まる。注目したいエリアである。
健美家編集部(協力:中川寛子)