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サラリーマンの街「新橋」、駅前再開発の行方。

都市計画・再開発(地域情報)/東京 ニュース

2021/02/27 配信

“新橋”といえば、サラリーマンの街。駅前のSL広場前では、TV局の取材クルーがインタビューするシーンでもお馴染みだ。

新橋は会社帰りに気軽に立ち寄れる、安くて美味しいお店が魅力だ。古き良き昭和の時代のたたずまいも感じられる。そんな新橋の街が、大規模再開発で変わろうとしている。

新橋駅西口のSL広場。日本で最初の鉄道が出来た駅。平日の夕方には、この前での待ち合わせ、イベントなどで、たくさんのサラリーマンで賑わう。
新橋駅西口のSL広場。日本で最初の鉄道が出来た駅。平日の夕方には、この前での待ち合わせ、イベントなどで、たくさんのサラリーマンで賑わう。

■新橋駅の歴史

1872年(明治5年)、日本で初めての鉄道が、新橋(のちの汐留駅)と横浜(現在の桜木町)間で開業。現在の新橋駅は2代目で、1914年(大正3年)に開設。だが関東大震災で煉瓦造りの駅舎は消失。1945年の空襲では、新橋駅西口の大半が焼失した。

戦後、不法占拠の露店が立ち並んでいたが、そこに長屋形式の「新生マーケット」という木造2階建てのマーケットが設立された。新橋駅の東側には「狸小路」という飲み屋街があったが、1966年(昭和41年)「新橋駅前ビル」が、1971年(昭和46年)新橋駅西口に「ニュー新橋ビル」が竣工し、現在に至っている。

だがどちらのビルもすでに竣工から50年以上が経過し、耐震性が問題となっている。

新橋駅西口のニュー新橋ビル。1971年竣工。飲食店からマッサージ、チケットショップなど様々な業種のお店があり、サラリーマンのワンダーランドかもしれない。
新橋駅西口のニュー新橋ビル。1971年竣工。飲食店からマッサージ、チケットショップなど様々な業種のお店があり、サラリーマンのワンダーランドかもしれない。

■新橋駅のポテンシャル

新橋駅は東日本旅客鉄道、東京メトロ、都営地下鉄、ゆりかもめが乗り入れており、1日の乗降者数は約100万人(コロナ前)の巨大ターミナルだ。

周囲にはオフィス街の虎ノ門、汐留。そしてグローバルな商業エリアでもある銀座に隣接。会社帰りや買い物帰りにたくさんの人たちが集まってくるロケーションだ。だが周辺の東京駅、汐留、虎ノ門、浜松町が、大規模再開発でどんどん新しくなっていく中、新橋駅前の再開発はなかなか進まず、駅前の整備では取り残された状況になっている。

JR線、東京メトロ、都営地下鉄、ゆりかもめなどが乗り入れ、バスのロータリー、地下駐車場もある新橋駅東口。
JR線、東京メトロ、都営地下鉄、ゆりかもめなどが乗り入れ、バスのロータリー、地下駐車場もある新橋駅東口。

■新橋駅前再開発はどうなる?

新橋駅の東口では“新橋駅東口再開発協議会”、西口では“新橋駅西口市街地再開発準備組合”が設立され、地権者間での調整が進められている。

新橋駅東口地区再開発は昨年、三井不動産(株)を事業協力者として選定し、事業協力者協定が締結された。

今後の協議においては東京都及び港区との協議に加え、新橋駅西口地区再開発準備組合との協議も積極的に行い新橋駅周辺地区全体が活性化するような再開発となるように取り組んでいく予定。

東口の再開発地域については、「新橋」駅と線路、外堀通り、第一京浜という、3つの線で囲まれた三角地帯が検討されている。2022年には解体、着工する計画ではあったが、現時点でのスケジュールは未定だ。

東口の新橋駅前ビル。背後には汐留の高層ビルが。
東口の新橋駅前ビル。背後には汐留の高層ビルが。

新橋駅前ビルの開発検討区域。外堀通りと第一京浜とJRの三角地帯となる。
新橋駅前ビルの開発検討区域。外堀通りと第一京浜とJRの三角地帯となる。

新橋駅西口の再開発の対象区域は、「SL広場」「ニュー新橋ビル」「新橋3丁目・4丁目エリア」が対象で、南北400m、面積3haを再開発し、30階建て前後、高さ120-130mのビル2棟以上を建設する方針。

再開発は野村不動産とNTT都市開発。2023年の完成。ビルには店舗やオフィス、住居などが入る予定だが、こちらも詳細な時期は未定だ。ニュー新橋ビルの建て替えが進まなかったのは、1棟の建物を区分した部分ごとに所有する「区分所有ビル」であるため、約320人いる区分所有者の合意形成が難しかったからだ。

区分所有法では、区分所有建物の建て替えを決議するには区分所有者の5分の4以上の賛成が必要と定めており、このハードルをクリアするのがかなり困難な状況だ。

だが東口、西口で再開発が進められることになれば、街の雰囲気も大きく変わることが予想される。再開発により新橋の街はどう変わるのだろうか?

新橋駅西口の再開発検討区域。SL広場、ニュー新橋ビル、桜田公園のエリアに、30階建て以上の高層ビルが2棟以上建つ予定だ。
新橋駅西口の再開発検討区域。SL広場、ニュー新橋ビル、桜田公園のエリアに、30階建て以上の高層ビルが2棟以上建つ予定だ。
再開発対象エリアの桜田公園。
再開発対象エリアの桜田公園。

■「密の街」新橋(神戸一三支店長のインタビュー)

新橋の今昔について、1954年(昭和29年)SL広場の目の前に開設された、かんべ土地建物 神戸一三支店長にお話を伺った。

「新橋という街のキーワードは『狭さ』です。戦後の闇市から発展したという歴史もあり、狭い店舗がひしめきあい、日本橋等他のビジネス街と比べてもこの特徴は顕著です。そして、この街の主要な消費者であった団塊の世代のサラリーマンが、“狭い店で肩を寄せ合って飲むのが「新橋らしさ」である”という文化を造りだしていたと思います。」

「また新橋駅は都内でも有数の乗降客数を誇るターミナル駅であり、更に虎ノ門・日比谷通り周辺のオフィス街という広い商業背後地を持つことから、店舗集客力の高さも強みでした。”狭い”所で”沢山の人”が”集まって”飲むということ、すなわち『密』こそが新橋の魅力だったのです。」

⑧ニュー新橋
ニュー新橋ビルの飲食店街。狭い空間にたくさんの人たちが集まっている。

「過去、リーマンショック・東日本大震災等いくつかのピンチがありましたが、いつも最終的には『密』が新橋の店舗収益を支えてくれました。

また、主要顧客であった団塊の世代の大量退職による消費の落ち込みも心配しましたが、この『密』すなわち”新橋らしさ”が”日常”から”昭和へのあこがれ”に形を変えて若い世代に引き継がれ、消費のバトンタッチを概ね終えたように感じます。

コロナ前までは大きな落ち込みもなく、新橋は飲食店ニーズが強く慢性的な空き物件不足が続いていました。

しかしさすがに今回の新型コロナウイルス問題は、この『密』が仇になりました。新橋の物理的な『狭さ』を変えることは簡単にはできません。

このような中、ウィズコロナの時代を、ウィズ『狭さ』で乗り切るためには、”ウィルスに強い店づくり”、そしてその箱としての”ウィルスに強いビルづくり”を目指すべきではないかと考えています。

具体的には店舗内・ビル共用部等の抗菌化等による感染リスク低減をイメージしていますが、大事なのは、その安全性(もちろん完全とはいえませんが)を積極的に外部に情報発信していくことだと思います。

一つのビルのビルオーナーとテナントが一丸となって行動し、これが情報発信により他のビルに波及・連鎖していけば、最終的には”ウィルスに強い街新橋”ができるのではないかと考えています。これからはビルのオーナーと、テナントである飲食店オーナーの地道な感染防止対策努力とが、このピンチを乗り切る鍵になるかと思います。」
(かんべ土地建物では、“アンチウィルスシールド”というコーティング施工を推奨しています。ウイルスや菌を分解し無効化することで、ウィルス抗菌率99.99%以上、継続期間3年、暗い場所でも効果を発揮します。一般財団法人日本繊維製品品質技術センター検査済み)

■新橋の守り神“烏森神社”

SL広場からすぐ。平安時代に起源がさかのぼる烏森神社。朝早くからビジネスマンの参拝が途絶えない。出世や仕事の成功などのご利益があるという。この場所は、再開発のエリア外だ。

⑨烏森神社

(取材協力)
かんべ土地建物株式会社 1930年大井町に創業。新橋支店 神戸一三支店長

⑩神戸一三さん
新橋支店は1954年(昭和29年)開設。新橋駅西口SL広場前。
新橋では「K-16 ビル」を中心に計7棟のビルを所有しています。

⑪かんべ土地新橋支店

取材・文 和田野学

【プロフィール】(株)リクルートで住宅情報事業部、(株)リクルートスーモカンパニーで不動産広告事業に携わる。首都圏、関西、広島、九州エリアの営業、取材活動を通じて、多くの不動産デベロッパー、ハウスメーカー、地元不動産会社とのパイプを持つ。現在は会社経営。

※ 記事の内容は執筆時点での情報を基にしています。投資等のご判断は各個人の責任でお願いします。

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