盛岡市と言えば、岩手県中部にある県庁所在地としても知られるエリアだ。2008年には中核市に指定され、盛岡城跡公園やもりおか啄木・賢治青春館、石割楼といった観光名所はたくさん。
盛岡冷麺やじゃじゃ?、わんこそばに代表される盛岡三大麺など、ご当地グルメにも事欠かない。岩手県の人口およそ125万人のうち、28.7万人は盛岡市に集中していて、2位の一関市(11.7万人)の倍以上を誇る規模だ。いま、そんな盛岡市の中心地で、ふたつの再開発事業が進められている。

市の中心市街地には都市機能が集積
県内や北東北の交流拠点都市の役割も
盛岡市の街づくりは、16世紀末の南部氏による盛岡城築城から始まり、江戸期には城下町として発展。1889年には市制施行して盛岡市が誕生し、その翌年には東北本線森岡駅が開業することに。
その後も、橋場線(現在の田沢湖線)や山田線なども開通し、1977年には東北自動車道が盛岡まで延び、1982年には東北新幹線(大宮駅−盛岡駅間)が開業し、いまは北東北の交流拠点としてしての役割も担っている。
市内には北上川、雫石川、中津川の清流が流れていて、盛岡駅から大通・菜園地区を経た盛岡城跡公園周辺、盛岡バスセンター(現在は再整備中)を結ぶ範囲が、市の中心市街地とされている。拠点エリアごとの特徴は次の通りだ。

出典:盛岡市「中心市街地活性化つながるまちづくりプラン」より
・盛岡駅周辺エリア
北東北の交通の結節点で盛岡の玄関口。盛岡駅西口地区や盛岡南地区のアクセスポイント
・大通・菜園エリア
商業集積地で、商店街と大型店が営業
・盛岡城跡公園周辺エリア
歴史や文化の情発信の核で、公共公益施設が集積している
・河南エリア
歴史的建造物が多い
歴史ある百貨店が閉店
跡地には新たな商業施設を再開発
ひとつめの再開発スポットは、中津川をはさんだ盛岡城跡公園の東側。もともとは地場系の百貨店「Nanak(ななっく)」があり、同施設は約1万9000uのフロアに生鮮食料品や衣料品、飲食、雑貨などのテナントが入居していた。
ところが、慢性的な赤字をはじめとする経営難、建物の維持コストの増大、耐震補強工事が必要といった理由から、19年6月をもって閉店。新たな複合施設を再整備する構想が示されていたが、1年後の今年6月になり、再開発の準備組合が発足するに至った。
主体となるのは、Nanakの土地と建物を取得したカガヤ不動産(盛岡市)などで、新たに3~4階建ての複合商業施設を整備する予定。施設名は「盛岡のど真ん中」の意味を込めて、「monaka(もなか)」と名付けている。
再開発の対象になるのは、Nanakの土地を含めた約6100uで、商業施設にはNanakの旧テナントや生鮮食品店、学習塾や美容室などのサービス業が入る予定で、マンションの建設も検討。防災拠点としても活用する予定だ。今後は建物の解体を進め、24年の開業を目指している。
もうひとつの再開発は、monakaと道路を挟んだエリア。ここには旧盛岡バスセンターがあったが、施設の老朽化に伴い、16年9月に営業を終えているが、地域公共交通網の維持、にぎわい創出を目的に、跡地でバスターミナルとテナントが入る施設が一体となった新たなバスセンターの整備が進められている。来年に開業する予定だ。

出典:盛岡バスセンターホームページ「整備事業計画書」より
これらの再開発プロジェクトは、同じ河南エリアで進められていて、完成した暁には、市の中心街で新たなにぎわいを生むスポットとして認知されるだろう。
また、盛岡バスセンターは、市中心部と周辺地域をバスでつなげ、周辺の生産物や観光情報が集まる「ローカルハブ」を目指すばかりか、仙台や東京からも人が集まることを活かし、二拠点生活や移住促進に向けた、人がつながるハブも目指すという。
岩手県にはいわて花巻空港があるものの、盛岡駅まではバスで45分の距離。それよりはダイレクトにアクセスできるバス路線は、新幹線と合わせて重宝されるだろう。monakaのような商業施設ができると、集客面でも相乗効果が期待できる。
盛岡市の人口は2000前の29万人超をピークに減少傾向が続いている。11~12年は東日本大震災による転入者増で人口は上向いたが、14年からは微減に転じた。出生数を死亡数が上回る自然減が大きい。
一方、市内には国立の岩手大学をはじめ、岩手医科大学、岩手保健医療大学など、高等教育機関の充実が目立つ。都市機能は充実しながらも自然環境は豊かで、子育て環境にもってこいの土地だ。
再開発を通じて魅力的な商業スポットが誕生し、新生バスセンターが北東北だけではなく首都圏などともつながっていくと、同市の良さはさらに知れ渡っていくだろう。
健美家編集部(協力:大正谷成晴)