賃貸住宅フェアで行われた新市場に関するセミナーのうち、このところ、認知度急上昇中なのが軒先ビジネス。セミナーのタイトルも「一坪からでも収益になる。コストゼロで始めるスペースシェア事業」と刺激的である。満席の上に立見も出るほどだった人気セミナーの様子をお伝えしよう。
軒先株式会社の西浦明子氏が軒先ビジネスを思いついたのは7年前。非常に個人的な経験が発想の原点だったという。それは出産後にネットショップを始めようと思った時のこと。とりあえず、短期のアンテナショップを作り、反応を見たいと考えたものの、既存の貸店舗は高いし、空きも少ない。それにそもそも、短期貸しの不動産情報はどこも扱ってはいない。
あまりお金を掛けずにモノを売ろうと思ったら、自宅のガレージを使う、フリマに参加するくらいしかない状況だったというが、街中を見渡してみると使われていないスペースはたくさんある。そのうちの、机ひとつ分でも使える場所があればモノを売れるのに。
その経験が「誰かにとって価値のないものも、他の誰かにとってはそれは宝物」との気づきに繋がり、起業。結果、遊休地活用、スペースシェアのパイオニアへの道に繋がったというわけである。
■キーワードはデッドスペース、アイドルタイム、短期貸し
では、ここでいう軒先ビジネスとはどのようなものか。西浦氏によると「今まで収益化の対象になかったスペースを1日、1週間単位で「貸す人」と「使う人」をマッチングするというものだという。
具体的にはビルの軒先、自宅駐車場、屋上などといったデッドスペース、月極駐車場や空地、空き店舗のアイドルタイムなどといった分散する不稼働スペースと多様なニーズをマッチングするもの。
ビジネスの柱は2本。ひとつは軒先を貸すことで誰でも、1日からでも店などを開けるようにする軒先ビジネスで、もうひとつは外出前にあらかじめ駐車場を予約できる軒先パーキングである。
まず、軒先ビジネスだが、対象となるスペースは空き店舗、オフィスビル空きスペース、店舗の駐車場、ギャラリー、屋上、マンションの空きスペースなど。
これをどういう人たちが使うかといえば、お弁当などの移動販売、物販催事、販促イベントなど。
移動販売はキッチンカーなどと呼ばれる小型車で弁当、コーヒーなどを売る形態で、店を構える場合と異なり、100~200万円程度の低予算で始められることから最近増えているそうだが、問題は場所の確保。道路上では販売できないため、どこか私有地に車を置かせてもらい、そこで販売することになるのだが、この場所探しが一大事。定期的に使える場所がなければ営業できないわけだから、ニーズは非常に高い。
実際、私の知り合いでもオフィス街に近い駐車場をこうしたキッチンカーに貸している例があり、そこでは日替わりで違う種類の弁当販売が行われている。利用する側からすると日替わりで楽しめることになり、オーナーとすると小さな車一台分が毎日稼いでくれることになる。軒先の利用で誰にとっても嬉しい結果が出ているわけだ。
物販催事は商店の軒先などを利用、既存の個人店、ネットショップなどが出店する例が多いそうで、休日の店頭が稼いでくれるなら、こんなにありがたいことはない。
また、販促は大手法人の利用が多いそうで、これは価格面のメリットから。一般的なイベントスペースは利用料金が高くつくことが多く、そうそう頻繁にあちこちで販促イベントを打つわけにはいかない。だが、軒先利用なら安価にあちこちの場所を試すことができ、反応が見られる。その点が評価されているようだ。
実際の利用例がいくつか紹介された。ひとつは四谷三丁目の、非常に立地は良いものの、売却予定があり、トイレ、水道が使えなくなっている建物の1階部分。こうした物件は短期だからと放置、閉鎖されてしまう例が多いが、ここでは売却までの9カ月間、寝具・衣料品の物販が行われ、その売り上げ、なんと400万円。1円も売り上げが上がらないどころか、経費が掛かって赤字になってしまう期間にそれだけの収益を上げたわけだ。
商店街の中のクリーニング店店頭の例もあった。ここでは定休日だけ店頭を貸し、月に3万円以上を稼いでいるとか。また、自由が丘の建替え予定のマンションは空きスペース3カ所を着工前のぎりぎりまで貸し、月に87万5000円を稼いだ。いずれも投資なしで、貸すだけで、それだけの額を稼いでくれている。
こうした事例が認知されるようになってきた結果、現在の登録ユーザー数は4000、リピート率は80%にも及んでいるとか。登録スペース数も2500ほどとなっており、大手ドラッグストアや飲食店の駐車場の登録も増えているという。
というのは軒先ビジネスでは導入コストが一切かからない上、集客効果、賑わい演出効果も期待できるためだ。
たとえばドラッグストアの駐車場に八百屋が出店していたとしよう。すると、それを目当てに駐車場にやってくる人が増え、ついでにとドラッグストアで買い物をする人も出てくる。また、そうやって人が集まっているとなれば、ちょっと覗いてみようかという人も出てくる。駐車場が稼いでくれるだけではなく、本業にもプラスに働く可能性が高いのである。
といっても、不特定多数の知らない人に貸すのは不安だと思う人もいるだろうが、同社では事前登録制を取っており、飲食業であれば営業許可証を取得しているかどうかなどの確認が行われている。
また、1日単位での損害保険も適用できるため、万が一の際の補償も安心。さらに支払いは事前銀行振り込みあるいはクレジットカード決済となっており、未回収リスクもないとのこと。
もうひとつ、安心なのは賃借権を付与するのではなく、利用権を付与する仕組みになっていること。利用目的以外の目的で勝手に場所を使われる心配はないのだ。これは国土交通省から承認済だそうである。
■駐車場不足エリアで集中的に軒先パーキングを開発
もうひとつの柱は軒先をパーキングとして貸すというもの。具体的な場所としては月極駐車場、空地、賃貸アパートの駐車場、有人機械式駐車場、戸建住宅の駐車場、分譲マンションの駐車場のうちの使われていないスペース。
これらを掲載費用無料でネット上に登録、利用者がいた場合には手数料を差し引いた利用料が貸主に支払われるというもので、ターゲットはイベント、レジャー、観光などに車を利用する人達。
あらかじめ駐車場を予約して利用するので、コインパーキングのように行ってみなければ停められるかどうか分からない場合と違い、安心感があるのが特徴だ。コンサートやサッカーの試合などのように開始時間が決まっているケースを想定してみると、駐車場探しに時間を掛けなくても良いメリットはお分かりいただけよう。
西浦氏の話の中でなるほど!と思ったのは、東北で行われた人気グループのコンサートの例。車で来場しないようにと言われても、公共交通機関利用に不便な場所であれば車利用者は必ず多数出る。そのため、同社では事前に周辺の住宅街の駐車場をリクルーティング、通常であれば1日5000円というところを、1日2万円~2万5000円で貸した人が多かったという。この仕組みなら駐車場も時価で貸せるわけだ。
現在、コンサートや試合会場、観光名所など全国の対象施設、エリア80カ所以上の周辺を中心に軒先パーキングの開発を行っているそうで、もし、自宅がそうしたエリアにあれば貸出しを検討してみても良いかもしれない。
コインパーキングと違い、開発コストが不要というのもうれしいところ。コインパーキングの場合には50万円ほどの設備設置コストがかかり、回収には1年ほどかかるそうだが、軒先パーキングであれば、現在ある場所をそのまま貸せばよい。未舗装の空地でも大丈夫だ。
また、365日のうちの1日だけ、自分が使っていない日だけ貸す、月極駐車場の空いている区画だけ貸すなどということもでき、料金も1日単位で変えることができる。観光客が集まる祭りの日だけ高額で貸すなどということもあり得るわけだ。
現在、同社ではこの仕組みを利用しての他社との提携が進んでいるそうで、ルート案内の大手NAVI TIMEの駐車場検索ページに表示されたり、JAFの1800万人の会員向けサービスとして「駐車場シェアサービス」が登場していたり。サッカーチーム川崎フロンターレとの提携では後援会会員向けに駐車場の先行予約サービスも検討されているそうだ。
セミナーでは収益源としての軒先の魅力について語られたのだが、最後に西浦氏が指摘したシェアリングエコノミーの可能性にも触れておきたい。今後、人口が減る社会にあってはどんなに良い物件を作っても、街が寂れていては入居者は決まらない。「敷地に価値なし、エリアに価値あり」だからである。
そこでエリアに価値を付加する方法のひとつとして軒先利用は使えるのではないかというのである。シャッター商店街の軒先を使うことで、街中に賑わいが生まれる、新しいチャレンジをしてみようという人が生まれ、起業が増える。そうしたことが街に活気を与えるのではないか、そのために軒先は使えるのではないか。
加えていえば、渋滞は経済的に大きな損失をもたらす。それが解消されるだけでも、人口減少とともに縮小する日本経済にはプラスに働く。自分の収益プラス社会のためになると考えると、軒先利用には大きな意味があると言えるのではなかろうか。
健美家編集部(協力:中川寛子)