ヘッジファンドの帝王と言われているレイ・ダリオの「現金は今のところ(短期的にという意味)、お宝だと思います」の言葉が、昨今の市場で物議を醸しています。
以前の「現金はゴミ」から考えると、全く逆の意味の発言ですから、驚かれた方も多かったのではないでしょうか。しかし、私からするとこれはごく当然の発言に見えます。
現在、USドル建てマネーマーケットファンドにお金を入れておけば、米国の政策金利である5.25%~5.50%にある程度近い金利が、投資家に入ってきます。
これならインフレには勝てないまでも、割高な株式やリフォーム代が嵩む不動産を買うより相対的には有利と言えるのは、自明の理のように考察出来るからです。
もちろん、現金は“長期で見れば”ゴミになることに変わりはありません。元のフビライカンが発行した銀兌換の紙幣から今の米国ドル、日本円に至るまで、洩れなく例外なく、あらゆる紙幣は100年で100分の1になる事は歴史を見れば明らかです。
もっと歴史を遡っても、例えば中国の後漢後期~三国時代には董卓による悪貨大量鋳造でのハイパーインフレが目につきます。穀物一石あたり、数十万銭に達したと史書に記されています。
これは第一次大戦後のドイツや最近のトルコ、ジンバブエみたいな状況に近い部分があるのかもしれません。今の日本に置き換えると、コメ5キロ袋が一つ50万円、みたいな感覚でしょうか。
董卓が呂布に殺害され群雄割拠の時代が長らく続いたものの、しつこいインフレの影響も色濃く残るという情勢下、劉備玄徳が建国した蜀漢では実務官僚である劉巴の献策を容れて、今でいう黒田日銀総裁の政策に似た貨幣戦略を進めました。そして一旦は、好景気の到来とインフレの制御に成功しています。
これは新たに鋳造する貨幣を金融緩和によって大量にマーケットに出す代わりに、国家がその流通を保証し、国営の市場を設け物品を買い取り、加えて税収の確保も図っていくようなものであったと推測しています。言い換えれば、インフレターゲット政策みたいなものでしょう。
これも当初は上手くいったのですが、蜀漢が滅亡した時の降伏文書によると、「国家在庫として金銀が各々二千斤しか残っていない」という状況が記されています。この金銀が各々二千斤は、一富豪の家庭財産程度のものでしかなく、国家としては財政破綻していると言っても過言ではありません。
結局は人類の歴史を長めに顧みても、ゴールドを除く貨幣や紙幣は全ていずれかの段階で無価値になっていくし、どんな政策を行なってもそれは止められない、という人為の限界が垣間見えてきます。
だからこそ、レイ・ダリオの「現金はゴミだ」発言は、不滅の真理として一世を風靡したのだと思われます。
■なぜ今、現金を推している?
その彼がなぜ、短期的には現金を推しているのか。私は以理由として以下のような推察をしています。
1)早ければ来年に景気後退が迫ってきている
→景気後退になると、リスク資産価格は下落
2)景気後退中に、また紙幣が大量に発行される
→超短期では国民の生活が救われる
3)インフレが再度加速し、紙幣価値が薄まる
→コモディティ全般が高値になるかもしれない
4)ゴールドの価値が高まる
→紙切れより、永遠に価値がある資産の方が良い
こんな将来が見えているからこその「現金はお宝」発言が生まれたのではないでしょうか。
上記のうち、1の状況下では株式や不動産、場合によってはコモディティの価格も下落していきます。中国の不動産の暴落や、米国の商業不動産の壊滅という今の状況を見れば、指標としての景気後退に先行している事が理解しやすいと思います。
景気後退というタイミングで、下落した資産を買っていく。それまでは現金(マネーマーケットファンド)を厚目にしておく。これがレイ・ダリオの真意なのでは、と私は自分なりに分析しているのです。
■日銀が金利を上げる可能性
「米国人ならドルが主体だからドル建てMMFで良いけど、日本人の場合は円が主体です。円建てMMFに入れても金利が付かない。日本人にとって日本円は相変わらずゴミなのでは?」と言われそうです。
上記の主因は、「日銀が金利を上げないから」という一点で説明が出来ます。適正な金利が付かない現状は、一般国民が本来なら得られる利益を抜かれ、大借金をしている事業者のみが助かっている、というのが本当でしょう。
例えば3,000万円を持っている定年退職者が、円建てMMFにそのお金を入れる事で年利3%弱付くなら、生活も多少ゆとりが出るでしょうし、子供や孫に学資援助を毎年する余裕も生まれてくる事でしょう。
もちろん、金利を上げれば不動産価格や株価はそれなりに下落し、円高に振れます。その影響に加え、銀行の含み損や国家財政における金利負担感も増大していくでしょう。
それによる景気後退や資産価格下落を恐れて、日銀は今まで利上げに動けなかったのです。その結果、ご存じのとおり、東京の不動産は高止まりしています。
「金利は今後も上がらないのでは?上げたら株価や不動産価格の下落が進行します。国はそれを許容できないでしょう」と業者から言われた事があります。しかし、金利を上げなければ今度は円安が止まらなくなり、ガソリン価格高騰や資材高に加え、人手不足の解消も出来なくなります。
円高の方が、外国人労働者は強い日本円を自国に送れるため、来日動機が強まります。一方、円安が進むと「そんな安い給料なら日本は嫌だ。ならば米国で働くよ」という事になりやすいのです。
「え、円安だからインバウンドも好調でしょう?それで潤っている業界も少なくないのでは」と知人から言われました。そこだけ見ればその通りですが、全国民から見るとやはり、円安の弊害の方が大きいでしょう。
食糧やガソリン、電気代等も含め諸物価高騰に呻吟している国民が日増しに増えている中、植田日銀総裁は読売新聞で「ゼロ金利解除を検討」と答えるなど、地ならしを始めています。
植田総裁はマクロ経済学者ですから、今の状況は持続可能ではない、マイナス金利解除後もイールドカーブコントロールを少しずつ緩和して、円安を食い止めたい、と言った思惑があるように思われます。
■自宅南側の土地を購入
ここから話は変わります。こんな経済状況下なのに、私は自宅の南側の隣地の購入に向けて交渉を進めています。10月初頭に契約予定です。
「今後の情勢が芳しくない中、投資を拡大するのですか?」と感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、どうしても必要に迫られて、やむを得ずに決めたことです。どういうことか説明します。
この隣地は叔父がクリニックを開院するため、土地建物総額1億円を投入し、平成15年に移転開業したものです。鉄筋コンクリートで大手ゼネコン施工、これは100年持つ建物だなあと当時の私は感じたものです。
しかし、この叔父が体調を崩して閉院する事になってしまったのです。実は半年以上前に、「お前、これを買わないか?」と土地建物の売却打診があったのですが、私は今後の景気後退やインフレを考えてお断りしました。
しかし、叔父が一般市場に出したところ、半年経っても売れず(駅からまあまあ近いし、東南角地で安い価格ではあったのですが)、買い取り業者に売らざるを得なくなってしまったことで状況が変わりました。
その買い取り業者が叔父の物件を買った後、建物を解体し始めたのです。
まだまだ使える築浅RCを壊すとは驚きました。それと同時に、ここに建売でも建てられたら…という心配が生じました。ベッタリと建物が建てば自宅の陽当たりがなくなってしまう可能性もあります。

実際の解体現場
それで、これは私が買い受けるしかない、とこのたび売買契約を締結する事になったのです。価格は3,000万円台前半。約1億の土地建物がこんなに安くなるのか、と無常を感じました。
買い取り業者はこれでも利益を取っているわけで、叔父の損失額は凄いものがあるなと複雑な思いでした。そんな経緯で気乗りしないまま契約を迎えますが、購入後は景気後退や日銀の利上げの状況も踏まえて、活用法を検討していくつもりです。
波乱の時代はこれからです。皆様も万一に備え、攻めだけでなく守りも視野に入れた投資生活を進められる事を願っております。