蒲田駅前・蒲田西口商店街のサンライズアーケードに面した細長い土地に2022年12月にビルが新築された。1階、2階に店舗、3階、4階に各2戸、計4戸の賃貸住宅が入っているのだが、この住戸が面白い。普通はデメリットになりそうな室内の段差、凸凹が逆に魅力になっているのだ。
段差だらけの建物をどう使うか
建物は蒲田西口商店街のアーケードとその反対側の蒲田駅前通り、この2つの通りに面した細長い土地に建っている。交通利便性、生活利便性ともに高い立地だが、背の高いアーケードがある側、ない側では建物に求められる要件が異なる。住戸の目の前にアーケードがあるとしたら、それに配慮が必要になる。
そこで、アーケード側の住戸は景観と採光条件が良いアーケード上に来るようにするため、極端な高天井の階高設定とし、蒲田駅前通り側の住戸は経済的でコンパクトな階高設定とした。
当然、住戸内に高さのずれが生じるが、建築家としては「それらのずれが住空間に『多様な居場所を作る段差』と『豊かな高天井に浮遊するフレーム』を生み出す」ことを意図したという。
一般に段差は使いにくいと嫌われる。ところが創造系不動産が企画、収支計画その他、建築家・武田清明建築設計事務所が設計にあたったコトブキヤビルヂングはその段差を逆手に取り、物件の魅力にしてしまった。段差があるから面白い部屋になっているのである。
しかも、それ以外にもさまざまな配慮があり、両隣のビルに挟まれ、一般的には一日中暗くなりそうな部屋が時間帯によっては非常に明るく、開放的。どんな工夫があるかを見ていきたい。
段差がそれぞれ小さな居場所となる作り
住戸は2タイプある。ひとつは蒲田駅前通りに面した39.69㎡の1SDK。住戸中央に玄関があり、正面がバルコニー。玄関から右にバスルーム、洗面、トイレなどの水回りがあり、反対の左側がロフトのある居室部分だ。
玄関から右の居室部分は通りに面して一段低くなったリビング的な空間。その反対、左側にはリビングから一段高くなったところにDKがあり、キッチンは一番奥の壁際に用意されている。
玄関からリビング、リビングからダイニングとそれぞれに段差があり、リビング部分には壁際、窓際にも段差。文章で読むと段差ばかりと邪魔に感じるかもしれないが、壁際の段差はちょうど座りやすい高さになっており、内覧会時にはラグ(他の部屋ではクッションも)が置かれ、見学に来た人達は自然にそこに座っていた。段差は邪魔ものではなく、まるで小さな居場所のような感覚でとらえられていたのである。
コンクリートが剥きだしになっている段差以外に木の下駄を履かせ、板を渡してある段差も作られている。それによってコンクリートと板の間に隙間ができているのだが、これがちょっとした収納に使えそうで面白い作りである。
DKの上部はロフトになっており、約3.5畳、5.88㎡ある。階段はなく、梯子をかけて登るようになっており、ロフト以外の梁も梯子を利用すれば上部が使える。部屋のあちこちにある梁に植物やスピーカーなどを置けるわけで、床面積以上に使える空間があるというわけである。
モノを置く場が多数あるというだけでなく、最近のように家の中で仕事をするなどこれまでにない機能が求められる状況下にあっては部屋の中に高さの違う、気分が変わるスペースがあることは暮らしに選択肢を与え、豊かにしてくれるはずだ。
また、コンクリートの壁、梁などにはPコン(コンクリートを打った跡の穴)があり、それを利用すればフックや棚板を取り付けたり、モノを吊るすなどと好きなように使える。壁、梁のあちこちにあるので、自由度は高い。Pコンの使い方を知っている人からするとこの物件はいろいろ使える、楽しみな部屋と見えるはずだ。
無駄を余白に見せるマジック
もうひとつのタイプは商店街のアーケードに面した1SLDK、60.20㎡。入ると細長い廊下があり、その先にやはり、段差で仕切られた居室、LDKが続く。バス、トイレは廊下の右側にまとまっている。居室上部には7㎡ほどのロフトも設けられている。
この部屋も段差だらけで、壁際には梁、柱が出ているのだが、邪魔にならないどころか、リビングの壁際はベンチ、居室の脇の壁際は立って使えるデスクとして家具感覚で使えるようになっている。
木の下駄を履かせた上に板を載せたスペースはこの部屋にも多数あり、それがいずれも使い勝手の良さそうな収納に見える。洗面所壁際の空間は他の場所よりも高さがあるので、タオル収納に向きそうだし、デスク的に使えそうな板の下には書類を入れたら便利そう。
あちこちにある凸凹がいずれも使えそうに見える、無駄ではなく、余白と思わせるのはある種、マジック。不利な条件がある土地に建てる物件はこうしたマジックが使える人に依頼したほうが良いのかもしれない。
両側にビル。それでも窓を設けた理由
もうひとつ、なるほどと思ったのはアーケード側の、両側に隣のビルが迫った壁面に窓を設けた設計。普通だと窓を開けても壁だからということで窓は作らないことが多いはず。だが、そこにあえて窓を設けてある。
眺望はもちろん得られない。だが、建築家はビルの隙間を「光庭」ととらえ、わずかな光や風を取り込むための環境装置とした。それに隣が壁ということは窓を開け放していても他人の視線が気になることはないので、専有部が隣の外壁まで拡張できる。その意味では都会であればあえて壁がある面に窓を作るという選択は十分にありなのかもしれない。
また、1SLDKタイプは3階、4階にそれぞれあるのだが、3階はちょうどアーケードの高さと同じくらいになっており、4階はアーケードの屋根を見下ろす位置。明るさ、眺望という面では4階が有利なわけだが、3階は三方に他人の目がないと考えると、違う意味でのメリットでもある。モノは考え方次第である。
収益物件では大事な予算のメリハリも
最初に不利な条件があることを聞いた上での見学だったため、段差をどうカバーしたのかという観点で室内を見てしまったが、率直なところ、その説明がない見学だとしたら段差は気にならなかったのではなかろうか。それほどに上手に段差が使われ、逆に物件の特徴、メリットになっている物件だった。
また、全体を見て思ったのは費用のかけ方のバランスの良さ。躯体、配管を室内に出さずに済む換気扇の採用、オリジナル照明その他、掛けるべきところには費用をかけているはずだが、収納部、木部などには比較的安価な材料を使っている。
収益物件であることを考えるとどこに費用をかけて、どこは抑えるという計算は非常に大事だと思うが、この物件では不動産コンサルタントとして創造系不動産が入っており、そのあたりがきちんと計算されているのだろう。
細かい工夫、オリジナリティにも魅力
個人的にはキッチン脇に設けられた2面から利用できる収納、垂直に立ち上がる照明が気になった。前者はリビング側から見るとガラス扉の見せる収納になっており、背面、キッチン側は木の扉の隠す収納。キッチン側は内部にコンセントがあるので炊飯器など必要ではあるが、見せておきたくないものがしまえる仕組みということだろう。
垂直に立ち上がる照明は何か所かに設けられており、管の先に電球が光っている(と書くと実にそっけない)もので、この物件のために作られたオリジナルとか。どんなものであれ、他にない、この場のために作られたものは人を惹きつける。あえてそうしたものを作るという手があっても良いのではなかろうか。
相場よりやや高めで早期の契約を促す
さて、気になるのは賃料。1SDKは14万円(共益費1万円)、1SLDKは19万8000円(共益費1万2000円)で敷金、礼金は各1カ月。
ライフルホームズで同じ広さ、駅からの距離、築年数のバス・トイレ別その他の条件を合わせて検索してみるとほぼ相場並みということになった。ただ、これは数字上のことで、実際にそうした物件をと検索してみると条件にあう部屋はない。駅に近い新築でこれだけの広さの物件はほぼないということだろう。
1階の店舗は住戸内覧会時にはすでに不動産会社が営業を始めており、人気の高い立地であることが分かる。住戸についても2023年1月半ば時点で住宅全戸に申込が入っており、順調。やはり特徴のある物件は決まりやすいのだ。
ちなみに武田氏の事務所ホームページ内にはこの建物についての武田氏の考え方が記されており、写真も豊富。他の物件も含めて一見の価値ありである。
個人的には内覧会時のモノの置き方にも目を惹かれた。ファミリー、カップル向けのややスィートなステージングはよく見かけるが、シンプルで力強いタイプは意外に見ない。石のブックスタンドは思わず欲しいと思ったほどである。
健美家編集部(協力:中川寛子(なかがわひろこ))