山がちで平坦な土地の少ない日本では人口が急増した戦後以降、山を削り、谷を埋めて居住可能地を増やしてきた。
それ自体は必然だったが、問題は昭和37年に宅地造成等規制法が施行されるまでの造成にはかなりいい加減な施工が少なからずあり、それで良しとする事業者が今に至るまで根絶されていないということ。さらに近年は元々の施工に難があった造成地が老朽化することで危険が増大してもいる。
記憶に新しいところでは2021年6月に大阪市西成区の住宅地で高台の擁壁が崩落、擁壁沿いに建っていた住宅が次々と倒壊した事故がある。
崩壊したのは空積み擁壁(名称は統一されていない)などと呼ばれる、石やコンクリートブロックを積み上げて間にモルタルなどを充填していない簡易的なものだが、このタイプの擁壁は前述の宅造法以前では一般的なもの。モルタルなどで隙間を充填した練り積み擁壁が標準になったのは宅造法以降なのである。
空積み擁壁では2017年8月に沖縄県でも崩壊事故が起こり、3人が死傷するなど、他にも事故が起きている。危ない擁壁のひとつと考えて良いだろう。
所有者が崩落の責任を問われることも
擁壁の崩壊では自分が所有する不動産が損害を受ける、入居者が被害に遭うなどの可能性のほか、所有していた不動産が他人に損害を与えてしまう可能性もありうる。
2020年2月に起きた神奈川県逗子市のマンション敷地斜面の崩壊では下の市道を歩いていた女子生徒が死亡しており、女子生徒の両親らはマンションの区分所有者と管理組合、管理業務の委託を受けていた管理会社を相手に約1億2000万円の損害賠償を求めて提訴している。
つまり、危険な擁壁を所有することは様々な面で所有者に不利をもたらすケースがあり得るわけである。できることなら事前に危険を察知できるよう、擁壁の見方を学んでおきたい。
宅地防災ページに参考資料多数
参考になるのは国土交通省の宅地防災というコーナーにあるパンフレット類。ここにどういう擁壁が危険で、どこをチェックすれば良いかがまとめられている。この中に「我が家の擁壁チェックシート(案)」というPDFがあるので、これを参考に注意すべき擁壁の種類、チェックポイントを簡単に見ていこう。
危険な擁壁を見分けるためには2段階で考えるのが現実的だ。第一段階ではそもそも擁壁として不適なものを知り、そうしたものはできるだけ避けるようにすること。第二段階は適切な方法で施工されていたとしても劣化が進んいるものをやはり避けるようにすることである。
そもそも不適な擁壁もある
まず、そもそも擁壁として不適なものとして前述のチェックシートは以下の4種類を挙げている。西成でも崩落した空石積み擁壁、増積み擁壁、2段擁壁、張出し床板付き擁壁である。
幸いにしてというのもなんだが、これらは見た目で比較的分かりやすい。特に注意したいのはブロックを利用したもの。そもそも、コンクリートブロックは土を支えるものではなく、擁壁としてはあり得ないはず。特に古いコンクリートブロックは塀でも擁壁でも危険が多いので注意が必要である。
また、これ以外にも注意したい擁壁がある。ひとつは大谷石を利用したもの。昭和40年代くらいまでは塀などにも使われており、今でも古い住宅街ではしばしば見かけるが、経年で劣化、脆くなる石である。
よく見ると孕みだしていたり、劣化して薄くなっていたりする部分があり、そこに力がかかる危険は見てお分かりいただけよう。
素材ではガンタ積みと呼ばれる古いコンクリートや煉瓦等の廃材を利用したものにも注意したい。形、強度が異なる廃材を組み合わせて積み、間を埋めることもしていないのである。見た目には歴史を感じるが、情緒では災害は防げない。
もうひとつ、公的には指摘されていないが、少しずつ違う形式の擁壁を寄せ集めたタイプにも不安がある。一度作ったものが壊れ、補強し、継ぎ足しという形で作ってきたのだろうが、それぞれに強度は違うはず。そこに建物が乗り、さらに地震などで強い力が加わるとしたら、弱いところに負担がかかることになる。大丈夫か、不安である。
安全な工法でも施工に問題、劣化することも
次に安全な擁壁だが、擁壁の設置に関する技術的基準として宅地造成等規制法施行令第6条は「鉄筋コンクリート造、無筋コンクリート造又は間知石練積み造その他の練積み造のものとすること」と定めている。
コンクリート造の2種類は工法の違いによるもので、間知石積みは主にコンクリートで作られたブロックを積んでその隙間をモルタルなどで埋めたものと考えれば良いだろう。
これらの擁壁でまずチェックすべきは施工に問題が無かったかという点。分かりやすいのは水抜き穴。水抜き穴は擁壁背後に水が溜まり、擁壁に過大な重みがかからないようにするためのもので、3㎡あたりに内径75mmの穴が1か所以上設置されていなければならない。それがないとしたら、そもそも、その時点でおかしいと思おう。
また、その水抜き穴から常に水がしみ出して湿っていたり、苔が生えているのは内部の地下水位が上がっているなど、擁壁の劣化が進んでいる可能性がある。さらに泥水が出ているとしたら、擁壁の裏で泥の流出を止めるはずの設備が機能していないと思われ、内部の土が緩んでいる危険がある。
水平垂直にはいつも敏感に
擁壁の劣化にも注意したい。ひび割れはもちろん、全体が倒れかかってきていたり、真ん中あたりが孕みだしているなど水平垂直を意識してみれば分かる。縦、横、斜めや出隅にクラックが入っていたり、ずれが生じている場合も要注意。
チェックシートではクラックの幅などにも着目、細かいチェック法を指南しているので擁壁のある現場では参考にして欲しい。コンクリートや石の表面に白くなっている部分がある場合には背面にひびが入っている可能性がある。
また、一軒だけでなく、宅地全体を見るチェックポイントもあるので、そちらも参考にししていただき、早めに危険を察知できるようにしたい。
健美家編集部(協力:中川寛子)