2023年12月13日に旅館業法が改正・施行された。これによりホテル・旅館の購入者は事前の承認手続を経て旅館業の許可を引き継げるようになり、また旅館業の営業者は迷惑客の宿泊を拒否できるようになった。これらの改正により今まで以上に旅館業を運営しやすくなりそうだ。
旅館業法に詳しい専門家のもとには物件の売買に関する相談が増えている。そこで知っておきたい改正点と、新・旅館業法施行による業界の変化について、日本橋くるみ行政書士事務所 石井くるみ行政書士に話を聞いた。
改正の背景には、コロナ禍での旅館業界の苦境が
旅館業法が改正された背景には新型コロナウイルス感染症の流行により、旅館業が苦境を強いられたことが大きく影響している。
旅館やホテル側から宿泊者に対して感染防止対策への実効的な協力の求めを行うことができない、迷惑客についてスタッフが無制限に対応を強いられた場合には、感染防止対策をはじめ、本来提供すべきサービスが提供できないなどの意見が寄せられていた。
そこで旅館業法等の一部改正を行う法律が成立・施行された。主な改正点は次の4つ。
《旅館業法 改正点》
1. 宿泊拒否事由の追加
(ほかの宿泊者の迷惑になるような迷惑客を拒否できる)
2. 感染防止対策の充実
(特定感染症に対して、感染対策を要請できる)
3. 差別防止の更なる徹底等
(障害があり、サポートが必要な方など、みだりに宿泊を拒むことができない)
4. 事業譲渡に係る手続の整備
(売買によって、買い手は旅館業の許可の取り直しが不要に)
<参考:厚生労働省 旅館業法改正の概要>
上記の改正点のなかで投資家にとってメリットが大きいのが4つ目である。
旅館業の許可の承継が可能になる
「この事業譲渡に係る手続を行えば、旅館を営んでいる物件を売買する際に物件を取得した人は、旅館業の許可を取り直す必要がなくなります。クリーニング屋さんや公衆浴場など生活衛生に関する店舗についても同様の改正が行われました」
旅館業を始めたいと思っている側からすると物件取得後、すぐに運営を始められるメリットがある。売る側も順調に運営できているところほど高く売れる可能性があり、双方にメリットがありそうだ。もう1つ大きなポイントがある。
「改正前の旅館業法では、会社分割や合併といったM&Aにおいて旅館業の許可の承継が可能でしたが、あくまで法人が前提であり、個人だと許可の承継ができませんでした。
今回の改正で新設された事業譲渡の手続により、個人でも旅館業の許可の承継をできるようになったことは大きな変更点です」
すでに売りたい人からの相談が増加傾向に
特に今は旅館業が活況で、旅館業の許可物件が高く売れる可能性があることから、売りたい人からの相談が増えている。
「宿泊ニーズの強いエリアに所在する1軒屋の場合、賃貸住宅として月額10万程の家賃しか得られない場合でも、旅館業の許可を受けて宿泊施設として営業した場合、1泊で5万の宿泊料が見込めるようなケースがあります。
立地や広さ、駅からの距離など、さまざまな条件によりますが、宿泊ニーズの強い地域なら宿泊施設にしたほうが収益力は高まります。運営実績に基づいて取引価格を決めていくため、うまく運営できている宿泊施設ほど高く売れる可能性があります」
宿泊施設にする場合、毎日のようにチェックイン、チェックアウトの対応から掃除など何かと手間がかかる。
運営代行業者に依頼するにしてもコストがかかる。投資家のなかには物件を取得し、旅館業の許可を取ったうえで、運営には手を出さず、売ることで売却益を狙おうとするケースもあるのだろうか?
「実際にはオペレーションが始まっていない宿泊施設を売買することはまずありません。投資家としてはまずは宿泊料収入で投資を回収することを目指しますし、物件を売却するにも運営実績が重要となるためです。
運営して順調に儲けが出ると、売却せずに所有し続けるほうがいいと考える場合もあります。資産の入れ替えなど売りたい人の目的はさまざまです」
売買の際に注意すべきことは?
「保険所から事業譲渡の事前承認を受け、その後に事業譲渡の効力が発生すると、A→Bへと営業者が変わります。事業譲渡の効力発生後では保健所の承認を得られないため、この順序を間違えないことが重要です」
石井氏は新・旅館業法に関連して3回のセミナーを開催。すでに宿泊施設を運営しているプロやセミプロが多く参加した。セミナーでは、税制面も含めて利益を最大化するためには法人で売却するのがいいのか個人で売却するほうがいいのかなど、石井氏が法改正後に携わった事業譲渡の実例を交えながら解説した。
社員研修を行い、「カスハラ」と「差別」を区分けし対応を
今回の改正で1~3の改正点はひとくくりにして理解を深めていく必要がある。不当な差別はいけないが、迷惑客を拒むことができるという線引きが難しいからだ。
たとえば障害を持ち、宿泊時に従業員のサポートが必要な場合と、不当な要求をする迷惑客とでは切り分けて対応する必要がある。
感染対策に関しては、感染対策の協力を依頼できる特定感染症が下図のように定められた。病気の疑いがあれば、別室に待機し、体温はかってもらうなどの対策を依頼できる。それを宿泊者が断る場合などは宿泊を拒否できる。
「迷惑行為又は感染症を理由として宿泊を拒否したとしたら、その具体的な理由等を記録して保存することが義務付けられています」
「宿泊施設の従業員向けに社員研修を行うなどして、改正点について理解を深める必要がある」と石井氏。
こうしたことも宿泊業に投資を考えている場合は覚えておきたい。
※取材協力:日本橋くるみ行政書士事務所 石井くるみ行政書士
【プロフィール】
早稲田大学政治経済学部卒業後、(公財)消費者教育支援センター研究員、法律事務所勤務を経て日本橋くるみ行政書士事務所を開設。不動産・金融規制に関する知見を活かした新規事業開発のアドバイスを得意とし、国土交通省の有識者会議『不動産特定共同事業(FTK)の多様な活用手法検討会』の委員を務める。主な著書に『民泊のすべて』(2017年度日本不動産学会・著作賞を受賞)。旅館・ホテルの売買/M&Aに関する相談を多数受け付けている。